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ゴスフォード・パーク

2003年02月10日 | か行 外国映画
1930年代、恐慌も沈静化し、そろそろイギリスに残った慇懃な貴族達も最後の一呼吸をついていた頃。次の第二次世界大戦がはじまるまでのわずかに残った平和な時間だった。『ゴスフォード・パーク』と呼ばれるカントリーハウスに次々と集まってきた貴族達。ホストはマッコール卿夫妻。主人は自己中の横暴無礼な資産家。妻は暇を持て余し、ゴシップに耳をそばだてていた。

夫人の伯母のミス・トレンサム、マッコール卿に仕送りを止められそうになっており、戦々恐々としていた。夫人の二人の妹夫婦。それぞれ、経済的に苦境に立たされており、卿の支援をなんとか手に入れようとしていた。さらに俳優にアメリカ人の映画プロデューサー、集まってくる人々にそれぞれの思惑があった。

彼らだけではおさまらない。彼らにはそれぞれの使用人がついており、彼らに人格はなかった。呼ばれる名前は主人の名。ミス・トレンサムの新しいメイドのメアリーはそんな世界に戸惑いを感じながらもなぜか興味深かった。

この貴族達の中で異色なのがアメリカ人の映画プロデューサー。キジ撃ちに来たというのに肉は食べないという。アメリカ人だからといって一笑に付す彼ら。今度の映画の内容がイギリスの貴族達の生活を撮ったものだという。どうやら貴族の生活のリサーチのきたらしい。そして、映画で想定していた殺人事件が実際に起こってしまう。屋敷の中にいる誰しもが容疑者。

登場人物が何人になるのか、数えていてはいないが、次々と現れるキャストをあえて説明しているわけではないのに、なぜか性格までわかっていってしまう。キャストの配置とその演出の妙が冴える。優雅に見えて窮々としている貴族の生活、たっぷりいやみを込めて、豪華に描いている。使用人を屁とも思わないでいながら、彼らがいなければ着替え一つ出来ない貴族達。そしてそのことを十二分に知っている使用人達。その精神状態まで手に取るようにわかってしまう面白さ。

たくさん登場する人物のそれぞれの思惑を描き、見事に交錯させる、一体アルトマンの頭の中はどうなっているのだろう。かつて見せたようなあくまでも人間の哀しさを描き、あくまでシニカルに、救いはどこ?といった渇いた映画ではない。かといって人情たっぷりというものではなく、さめた目で見据えてはいるが、ほんのり温かみを感じさせる。70過ぎてからのアルトマン、好きだなあ。冴え渡ってる。

とにかく、光っているのがマギー・スミスとヘレン・ミレン。こういう映画では女優陣が光る。男優で光る!と感じたのは少ないが、マギー・スミスの天然のカマトトぶりは見事。古きよき時代を描くと共に、イギリスの陋習を笑い、アメリカの青さを描いている。贅沢な役者陣を縦横無尽に動かし、次々と場面を展開させていく。同時進行で違う場面を展開させていく映画もあまたあるが、これほど何の違和感もなく、ぴったりおさめている映画もない。さすが。

「ゴスフォード・パーク」

原題「Gosford Park」 
監督 ロバート・アルトマン 
出演 マギー・スミス エミリ・ワトソン ヘレン・ミレン ジェレミー・ノーザム クリスティン=スコット=トーマス 2001年 アメリカ作品

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