つづりかた教室

自分の生きている足跡を残してみようかなあ!

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小・中学生へのレクチャーコンサート

2006-11-29 | Weblog
昨日は下北沢成徳高校のミモザホールで北沢中の生徒と、北沢小、東大原小の高学年を対象に竹内英仁さんのピアノコンサートがありました。
彼は北沢中学校の卒業生で、在学中に体育館で狂言の鑑賞会があり、プロの役者さんの解説と芸の披露に深く感動し、自分も大人になったら子どもたちに感動を与えたいとの夢を持ったそうです。
数年前からその夢を実現することができるようになり、この秋からは毎年、世田谷区5校にレクチャーコンサートを開催することが決まりました。
10月18日の梅が丘中学校をかわきりに、深沢、守山、千歳、の各学校の演奏会が終わり、最後のステージが下北沢成徳のミモザホールでした。


高校バレー全国大会で優勝したり、全日本女子バレーボールの選手の母校で有名な下北沢成徳高校は創立70周年を迎え、校舎が新しくなり正面玄関ホールには華やかにクリスマスツリーが飾られていました。

3校の生徒たちが指定された席に着き、地域の社会福祉協議会の高齢部会の方たちや、青少年地区委員、保護者にも呼びかけられ、ホールは満席になりました。
ピアニストの竹内さんは子どもたちの席を回り何か話しかけています。特に北沢中学校の後輩たちにはとても親しみを感じているようでした。

北沢中学校の生徒たちの手作りプログラムを手にして、竹内英仁さんは作曲者のことや時にはピアノを弾きながら曲の解説をして、モーツアルトの曲2曲、ショパンの曲3曲の演奏を始めました。

最後の「英雄ポロネーズ」の情熱的な演奏に鳴り止まぬ感動の拍手が響き、
アンコール曲の「乙女の祈り」が優しくホールを包みました。
小学生も中学生も大人たちも彼のお話と演奏が心に深く響いたことと思います。

質問コーナーで「ピアノを止めたいことがありましたか」に彼は「ありました」と答え留学中に「弾いても弾いても上手にならず、朝、目覚めると生きていたのか」と思えるような日が続いたことを話してくれました。
先生の「好きで始めたのだから、今はいやでもまた、弾きたくなる時が来るでしょう」の言葉に励まされて続けられ、今はみんなに聴いてもらえる喜びを感じていると答えていました。

私はこの会話になぜか涙が滲んできました。苦しんでいる若き芸術家の卵に同情の涙なのでしょうか…
演奏できる彼の喜びに感動しての涙なのでしょうか…
ホールの出口で子どもたちを見送って彼のレクチャーコンサートの幕が閉じられました。

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幼稚園でのコンサート

2006-11-24 | Weblog
先日、北沢4丁目の育成幼稚園でピアノのコンサートが開催されました。
前にこのブログで紹介したピアニストの竹内秀仁さんhttp://www011.upp.so-net.ne.jp/AA-take/index.htmlはこの幼稚園を卒園され、彼からの申し出で実現されたコンサートです。

たいがいのコンサート会場は客席が埋まって、開演時間に演奏者がステージ上に現れますが、この会場は逆です。正装した演奏者が年少さんから並んで入場してくる子どもたちを待っていて、にこやかにしゃがんで話しかけて、仲良くなっていきます。
いつもはお部屋の隅に置いてあるピアノが正面に調律されて置いてあります。

「ねぇ、ねぇ、僕も小さい時、この幼稚園に毎日通っていたんだよ」
「へーぇ」 「ほんとう?」
「あそこにいらっしゃる方が僕の先生だったのよ」
「ふうーん」
かっての担任の先生は静岡からこのコンサートにいらして下さっていました。

「先生がピアノを弾いていると、僕はピアノに寄りかかって、じいっと聴いていたの。そしたら先生がトルコ行進曲という曲を教えてくれたの。
それで園長先生が僕のママにピアノを習わしたらって言って下さって、
おかげで僕はいろいろな人にピアノを聴いてもらえる人になれたの。
今日は皆に聴いてもらうね。最初は幼稚園の時、先生に教えていただいたトルコ行進曲を弾きますね」


園児たちは真剣にお話しを聞き、集中してトルコ行進曲を聴きました。
旋律に合わせて体をゆすったり、リズムに合わせて手拍子を打って、体中に音楽がしみこんでいくようすが伝わってきました。
モーツアルトやショパンの話。ヨーロッパの国々のお話しを交えながら、「きらきら星変奏曲」や「ポロネーズ」などの曲を聴き、アンコール曲は彼がいつも弾く「乙女の祈り」で締めくくられました。

質問コーナーでは「幼稚園の時は何組みだったの?」「どうしてこんなに早く弾けるの?」そして、次から次に手を挙げて、どうしてピアノが弾けるのかと、どの子もどの子も同じ質問が続きました。
きっと初めてのクラシックコンサートの演奏に驚嘆したのだと思います。

可愛い園児代表から素敵な花束を贈られ、彼からは自分の芽を見つけてくださり、コンサートを開催してくださった感謝の花束を園長先生に贈られました。
体も才能も大きく育った、かっての園児と抱き合う園長先生が小さく見えて、思わず涙が溢れてしまいました。

彼は園児に音楽を届けただけでなく、いろいろな人との出会いの大切さや、風や木の葉の動きや、日の光の輝きもピアノで表現するのに大切なこと。そして、何でもいいから、好きなもの、得意なものを見つけるのがいちばん大切なことだと園児に話してくださいました。
きっと、この心は園児たちに伝わったことと思います。
私も心の洗われた一日をいただきました。感謝です。
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プリティ

2006-11-06 | Weblog
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プリティはこの夏に10歳になりました。7歳を過ぎての高年齢出産を体験して、だいぶ体力を落としてしまいました。
当時の私たち家族はプリティの子孫が欲しくて、産めるかが大問題でした。
獣医さんは可能性がないわけではないけど難しいとの見解。
難しいと言われると何とか産んで欲しいの気持ちが高まるもので、妊娠した時は大喜び!
帝王切開で5匹の可愛い子犬を手に入れた時は天にも昇る気持ちでした。
それと引き換えにプリティの体力が衰えることには気がつきませんでした。
健気に母乳で5匹の子を育て、すっかり母親の貫禄も付いたプリティ。
それから3年近くの歳月が流れ、プリティは周囲の10歳犬に比べると老いが進んでいる気がします。
パグ犬特有の黒い部分が白くなり、目も見えにくくなって、中央の前歯が抜けてしまい、他の歯もぐらぐらしている気配。
こんなプリティが2週間位前に最悪な状態になり、別れの時を迎える覚悟をしました。
下痢、嘔吐が続き、腎臓の機能がパンク状態で毒素が体中を回っているとのこと。
連日点滴を打っても食欲がなくなり、体を横たえていても眠られず、荒い息づかいで痛々しい。
獣医さんは無理に食べさせても吐くだけだからと諦めの宣告。
そこで私はどうせだめならこの世の別れにプリティの好物を与えることを思いつき、林檎をおろしてあげてみると、口当たりがよいのかぴちゃぴちゃと食べ、もっととせがんでくれたのです。
消化のよい白身魚に林檎のおろしたのを合えたのが食べられるようになって、危機を脱出できました。
まだまだ、長生きしてもらいたい!

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