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夫婦愛について。

2018-05-13 | 
 5月13日 日曜日

 こんばんは。 酒好きの思想家です。


母の日ですから、「夫婦愛とは何ぞや」 を考えてみます。

なぜかと言うと、いつまでも子供ではいられないからです。

母の日が幼児性であってはお花畑だからです。


妻は母であり夫婦であり家族なのだから、

その絆である夫婦愛が明確でなければ形だけの母の日になるように、

運命の 「赤い糸」 が何よりも重要です。

いかなる夫婦関係であっても、

一人が問題を起こして、もう一人が解決するその役回りの中で、

共通する夫婦愛の概念が明確でなければ夫婦関係は簡単に壊れてしまう悲しい現実の中で、

どちらが正しいとかどちらが間違っているのかではなく、

お互いが夫婦愛について意見を交換しなければ長続きしないものだから、

夫が考える愛と妻が考える愛とをブレンドしてオリジナルな夫婦愛の概念を創り出せれば傑作だ。

夫婦愛とは、社会や上司から与えられるものではなく、

求めているうちは、永遠に手に入らない優れモノであるから、

怠け者やバカの頭の中には夫婦愛の概念が無いことになる。

怠け者夫婦や馬鹿者夫婦では必ず自滅する。幸せにはなれないのだ。

実際、現実が厳しければ厳しいほどに夫婦愛が強固になるが、

現実逃避をして安易な環境に満足していては、出生率にも影響してくる。

ほったらかしにしていては自己破滅的な脳であるから、

夫婦愛の概念を理由付けることが重要である。

そうしなければ脳はすぐに被害妄想や疑心暗鬼に囚われ、夫婦関係がぎくしゃくする。

重要なのは、夫婦愛を明確にすることだ。具体的には

愛とは脳の交換能力であり、夫婦愛である 「赤い糸」 とは 「交換ノート」 である。

私たちの愛とは交換ノートで見つけられ、得られるものである。

なぜなら、

男女の意思の疎通は、話をするだけでは相手を理解するのが難しく伝わりにくく、

交換ノートの記録によって初めて目に触れ思いさせられるからである。

夫婦の問題の多くは、出会ってから今日までの記憶喪失にある。初心喪失状態だ。

そこに役立つのが交換ノートである。交換ノートとは脳への扉だからだ。

言葉ではなかなか言えないことでも、夫婦のすれ違いや考え方の違いは交換ノートが役に立つ。

それは自己主張ではなく、妥協でもなく、同情でもない。

優れた脳を持つ人間にしか知ることの出来ない英知でありウィン・ウィンであり夫婦愛である。

その夫婦愛は二人の記憶の連続による、本当の意味での絆になり、

二人だけの大切な秘密の思い出であり、一体感なのである。

誰も真似することが出来ない、他に類のない二人だけの愛の物語なのである。

その物語の思い出こそが 「赤い糸」 なのだからだ。

仮に、夫婦喧嘩がバーチャルゲームならば、交換ノートはロールプレイングといえる。

夫婦喧嘩は一瞬だが、物語は一生である。

セックスにストーリーが無ければ、それは愛ではなくコミュニケーションとなり三日で飽きる。


全ては神のお導きであり、運命には逆らえないのだから、

嫌々始めた交換ノートの苦痛もやがて快楽に変わるように苦痛と快楽は表裏一体なのだから、

夫婦愛とは二度と経験できない失望や悲哀こそ、純粋なものであって、

セックスだけの夫婦愛では論文は書けない。

夫婦による運命や宿命とは交換ノートを始めなければ 「ああ、無常」 だ。

なぜなら、あなたはあなたの記録を今この瞬間に残さなければ夫婦であっても

あなたの存在価値に気づかないし、誰もあなたのことが解らないからである。

セックスだけの夫婦愛は回数でも良いかもしれないが、

精神的な愛の奥深さは物語に記録されるラブレターにある。

性欲愛と感情愛だけの良き思い出では、後で苦痛を倍にするから、

理性愛である、隣人愛や夫婦愛が友愛であり人間愛である。



つまり、夫婦愛とは、交換ノートであり、「赤い糸」 なのです。




ここで思い出した一曲。

♬~♬「たての糸はあなた、よこの糸は私。」 ♬~♬

♬~♬「織りなす布は、いつか誰かの、傷を拭うかもしれない。」 ♬~♬



   つづく。


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