『憲法くん』座高円寺公演のアフタートーク・ゲストに、安田純平さん(ジャーナリスト)が登壇されます。
12月6日(金)夜7時の回です。
安田さんは三年を越える拘束ののち、一年ちょっと前に解放されたわけだが、日本政府によって取り上げられたパスポートを、まだ戻されていない。
安田さんは、先日『なにもおきない』を観劇してくださった。
写真は、終演後、奥行き九十センチ、低いところは三尺もないその狭いステージに、上がってみたさいのもの。拘束中は高さ一メートル・幅一メートルのところに数ヶ月閉じ込められていたこともあり、いろいろと思い出されたのかもしれないけれど、安田さん、笑顔です。(照明は暗くて見えにくいのが申し訳ないです)
安田さんは埼玉県出身。一橋大学社会学部卒。1997年信濃毎日新聞入社、松本本社配属。2002年3月、休暇をとりアフガニスタン取材、同年4月、文化部に異動、同年12月に休暇をとりイラク取材、2003年1月に信濃毎日新聞社を退社、フリーに。同年2月からイラクに滞在しナジャフ県、バグダード、サマーワなどを取材。
2004年4月14日、先に拘束された高遠菜穗子さんら日本人3名の消息と米軍による虐殺の真相を掴むため、ファルージャに向かう途中、地元にあった武装集団の検問に引っかかり、渡辺修孝さんとともに拘束された。当時はイラクを米軍が包囲している状況。ジャーナリストの取材だとわかり、スパイ容疑が晴れ、3日後には解放された。
小西誠さんと共に、渡辺修孝さんの活動を支援していた私は、帰国報告集会を開催した側だったが、そのさい安田さんと初めて会っている。そのときの渡辺・安田両氏の体験を「戦場イラクからのメール」という短編劇にした(『私たちの戦争』という劇の中の一篇として、全国公演した。一昨年は〈非戦を選ぶ演劇人の会〉のピースリーディングの中で再演した)。
安田さんはその後、2005年1月、スマトラ島沖地震で被災したアチェを取材。同年、ヨルダン、シリア、イラクを取材。内戦状態で取材が困難となったイラクに入国して取材するため、2007年、基地建設現場や民間軍事会社事務所などイラク軍関連施設で料理人として働きながら取材をし、『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』を記す。ジャーナリストとして、本当にしっかりと、独自の地位を築いていた。
2015年6月21日のブログ・ツイッターを最後に、消息を絶ち、2018年10月に武装勢力から解放される。帰国したのは同25日。ちょうど一年と一週間になる。
以下は、四年前の私のブログです。
https://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/68fb836fa15f7ec333b3bae78a4e506b
戯曲「戦場イラクからのメール」も、ブログで公開している。
戯曲 戦場イラクからのメール(上)
http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/bd0127b9a06a997db8c33ffa872471dc
戯曲 戦場イラクからのメール(下)
http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/350b77c2de2123d58e6f0d8bff7accd7
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『憲法くん』舞台化、始動。
あの、松元ヒロさんの『憲法くん』が、ほんとうに、演劇になるのです。
11月29日(金)から、座・高円寺。伊丹、名古屋、岡山でも上演します。
こんにちは、憲法くんです。
わたしは、一九四七年五月三日に生まれました。
わたしは、国の力を制限するための、「国民から国への命令書」です。
へんなうわさを耳にしたんですけど、ほんとうですか。
わたしがリストラされるかもしれない、というはなし。
「現実にあわないからだよ」、というひとがいます。
でも、理想と現実が違っていたら、ふつうは、現実を理想に近づけるように、努力するものではありませんか。
でも、わたしをどうするかは、みなさんが決めることです。
わたしは、みなさんのわたし、なんですから。
わたしを、みなさんに、託しましたよ。
http://rinkogun.com/Kenpo-Kun_Tokyo.html