Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

シビウ演劇祭、そして帰国

2015-06-27 | Weblog
もどってきて一週間になるが、帰国報告がまだだった。

写真は、シビウ演劇祭の、『屋根裏』上演当日朝の別会場でのカンファレンス(記者会見)のもよう。
今回のシビウ演劇祭参加について、何かにつけて応援してくれ、この日も通訳をしてくれた野田学さん、私、通訳のデュボアさん、『屋根裏』をシビウに招いた張本人の演劇祭の若手重鎮オクタビアン。かつてオクタビアンは梅ヶ丘まで来てくれたのだ。

シビウには日本人が大勢だった。批評家諸氏はもはや常連らしい。ボランティアスタッフも日本から十五名。とてもよくしてくださった。そのうちの一人が息子と大学の同学年・同学科だったのには驚いた。

扇田拓也さんが来ていて、手提げ鞄の中に偲ばせていた故・扇田昭彦氏の遺影を見せてくれる。扇田氏はシビウ演劇祭をいつも楽しんでおられたという。

『屋根裏』上演じたいは、会場他にかなり厳しい条件もあったが、なんとか終了。みなもとごろう氏によると、観客の皆さんはそうとう熱心に見てくれていたという。
会場のゴングシアターは昨年に野村萬斎さんの『マクベス』も上演されたところ。

『スカパン』の串田和美さんがお元気だったのが嬉しい。上演じたいも串田和美ショウとして楽しめた。ひさびさ馬渕英俚可さんとも異国で再会を喜ぶ。彼女とラティガン作『ウインズロゥ・ボーイ』をやってからもう10年になるのか。『スカパン』組と『屋根裏』組はシビウ←→ブカレスト・オデオン座を逆の順序で交代に上演する不思議な巡り合わせ。

帰国直前、東谷くんが、入れ代わりにシビウ入りした笈田ヨシさんに会いにいったそうで、間接的に笈田さんから思いがけないメッセージをいただき感激する。

各所から今後の海外公演の話もいただく。

帰国、成田でツアー本隊は解散、後は事後処理の各自別行動をとった。私はその日はいったん帰宅しすぐに芸団協で会議、そのまま秋の作品のための取材等。溜まっていた雑務を消化しつつ、翌日夜は八十年代に編集事務所でお世話になった西やん先輩の結婚パーティー。さらに翌日は映画のアフタートーク出演、西田シャトナーさん一人芝居等。翌日もべったり劇団事務所で雑務、夜は吉祥寺で『新・冒険王』を観てソン・ギウン君らと話。翌日は国際交流基金との打ち合わせ、『明治の柩』千秋楽になんとか顔を出し、劇作家協会の戯曲セミナー講師を終えて、何を思ったか高円寺から歩いて帰る。セミナーは研修課の個別指導もする。翌日は劇団ミーティング。今後の仕事の準備が六本ぶんくらいになっている。とにかく時差ぼけになっている暇もないままいろいろこなしながらメルヴィル学会の準備も並行してきた。仕上げなければならない原稿を抱えてなのでブログを書くのにも遠慮があったというわけだ。昨日はとにかくメルヴィル学会の基調講演をやり遂げ一安心。これを終えるまではどうにも落ち着かなかった。夜っぴて中津留くん日澤くんと長話して、なんだかやっと日本の日常に戻ってきたのだなあ、と思いつつ来週のフィリピン行きの用意も進める。
今回の『屋根裏』ツアー、日本にいることと海外にいることにこんなに落差を感じない渡欧は初めてではなかったかと思う。何かがたいへんだったのかもしれないし、自分なりに新しい視点で物事を見はじめているのかもしれない。
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