堺北民主商工会

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日本の証明

2008年02月08日 09時21分55秒 | 世間の話
 300年以上も前から今なお、その存在をアピールしている茅葺き屋根の家。世界遺産となっている岐阜県白川郷には113棟の合掌造りと呼ばれる茅葺きの家が建ち並ぶ。この合掌造りは江戸時代後期から明治の初めにかけて建てられた茅葺き家で屋根がちょうど人が手を合わせたような形をしている事から、そのように呼ばれている。茅葺き家の特徴の1つである屋根裏の広い構造は古く養蚕業を営んでいたからでもある。
 茅葺き屋根は寄棟造りが広く一般的であるが近畿地方では入母屋造りが多い。茅とは葉が細長く屋根を葺くのに適した「すすき」や「ちがや」等を言い、これらの他に「稲藁」も屋根葺きの材料に使われた。茅は高温多湿な日本の気候に優れており、葉に含まれている油が水を弾く防水の役目を果たす。また茅は音を吸収するため外からの防音の役割をして家の中は静かで、しかも、草を材料にしているので風通しが良く、夏は涼しい。
 正に日本人の暮らしに適している家屋と言える。
茅葺き屋根のてっぺんの部分を芝棟と言うが月日を重ねるに連れ、そこに草が生い茂る。中には木々でさえ生える芝棟もある。この芝棟は反り上がった屋根を繋ぎ支える箇所であり、茅葺き作業では1番重要な仕上げの部分でもある。だから棟は昔から家の顔と言われて来た。一般的には棟を竹で編んだ竹簀巻きが多いが山間部の家は木を交差して作る置千木、また花魁の髪型をなぞったような笄棟も有名である。
 筑波山の麓、茨城県石岡市にも100棟を超える茅葺き家がある。茅葺き屋根の棟の両端をキリビキと言うが、ここにはその地方・地方の風習になぞらえた文字が刻み込まれている。石岡市のキリビキには「龍」や「水」の1文字が目に付く。昔から龍は海の中や地中、天空に住み、雲や雨を自在に操り、水を呼ぶと言われ火災避けを意図してキリトビに龍が刻み込まれた。茅葺き家にとっては火事が1番、怖いからだ。その他、松竹梅などもキリトビには印されている。
 また、茅葺き家は屋根裏にも特徴がある。茅の重さは屋根の大きさにもよるが概ね、数トンにもなる。この屋根を「さす組み」で受け止める。さす組みには屋根裏の横方向に真竹が使われる。竹は柔軟で強度がある。縦方向には丸太が使われ、ヒノキや松が用いられる。この真竹と丸太を縦横に網の目に結び括って行く。結びには縄が使われ「いぼ結び」と言う独特の方法で仕上げていく。この方法で結んだ「さす組み」は針金よりも頑丈になると言う。そして囲炉裏で燻らす生木の煙に含まれる有機化合物がいぼ結びの結び目を更に強くする。しかも、煤が茅に付着して防虫剤の効果も果たす。
 時代の変化と共に、新しい様式を取り入れる事も必要だが、このように茅葺き屋根の建物は日本古来の生活様式にマッチングした家屋と言える。そして、その時代やその地方の人間社会の生活模様がそこに映し出されてくる。ここには日本の歴史と伝統が脈々と流れ、日本の風土に息づいている。茅葺き屋根は日本が日本である事の証明を見事にしていると言えよう。
 世界に誇れる日本の財産…例えば、「日本国憲法9条」も茅葺き屋根のように大切にしていかなければならない!

民商の魅力

2008年02月07日 11時31分50秒 | 活動紹介
民商では、確定申告の時期になり、申告相談が増えています。

民商の魅力は、同業者や異業種など集まって商売の話など
交流ができたくさんの事を身につけられる事です。

確定申告書の書き方や税金の相談、融資の相談など、
さまざま内容で困っている方は、どうぞ気軽に民商まで
お問い合わせ下さい。

又、全国各地の民商で取り組みを紹介した、
全国商工新聞なども、一ヶ月400円で発行していますので
読んでみたい方はこちらからぜひどうぞ!!
   ↓
http://www.zenshoren.or.jp/shoukai/koudoku.html


                            事務局:い


後遺症認定に際しての注意事項

2008年02月06日 16時08分35秒 | 法律相談
堺北民商の顧問をしていただいている、堺総合法律事務所の協力で法律相談のQ&Aを掲載します。今日のテーマは「後遺症認定に際しての注意事項」です。

Q 後遺症とは何ですか。

A 労災事故や交通事故により負傷して、治療をしても症状が変わらない時「症状固定」といい、残存した症状を「後遺症」といいます。

Q 加害者の保険会社は早く後遺症診断書を持ってくるように急がせますが。

A 事故から症状固定までの期間が長引くと慰謝料、休業損害や治療費などの損害額が増えるので、損害額を低く抑えるために保険会社は早く治療を終わらせようとするからです。症状固定の時期は保険会社のペースで決めることではなく、被害者が医師と相談してこれ以上治療を必要としないと判断して決めるべきものです。

Q 後遺症の内容によって損害額はどうなりますか。

A 労災、交通事故の場合、後遺症は症状の程度により14級までに分けられており、等級により損害額が大きく異なります。したがって、査定事務所や労基署によって等級の認定がされるのですが、後遺症等級を被害の実態にそって正しく認定させることが示談に際して大切なポイントになります。

Q どこを注意すればよいですか。

A 診断書に後遺症の内容をできるだけ詳細に具体的に記載してもらうこと、弁護士など専門家に相談して等級に関する意見を提出してプッシュすること、等級認定が妥当でない時は異議申立をすることなどして、等級をできるだけ高くすることが示談を有利にします。保険会社に後遺症診断書を渡して保険会社ペースで認定をさせないことが肝心です。
後遺症認定は難しい判断を要することが多いので、症状固定が近づいたところで、弁護士などに相談して対応すると失敗がないと思います。 

堺総合法律事務所 弁護士 平山正和

(堺北民商の会員さんはこちらへの法律相談は無料となります。【案件に着手してもらう場合は費用が発生します】相談には事前に予約が必要ですのでまずは民商まで連絡を)

JR阪和線の秘密

2008年02月05日 13時26分22秒 | 経営対策部
堺北民商のすぐ側を走り、堺と和歌山や大阪を繋ぐJR阪和線。
普段何気なく生活の中にあるので見過ごしがちなのですが、この路線の堺の区間には非常に不合理で違和感のある部分があります。
どの区間かといいますと正に民商事務所のすぐ横!
「堺市駅」~「百舌鳥駅」の区間なのです。今日はそんな阪和線のホントかウソかは知らないが、今も語られるヒミツを書いてみたいと思います。

実は阪和線はこの区間だけ線路が掘り下げられて地面より下を走るようになっているのです。
言うなれば両側が土手の中を走るような感じです。
この辺の地形を考えても南海高野線とのクロスする部分は別にして、これだけの長い区間を掘り下げる合理的な理由がありません。
では何故こんな線路の敷設をしたのでしょう?
http://maps.google.co.jp/maps?f=q&hl=ja&geocode=&q=%E4%B8%89%E5%9B%BD%E3%83%B6%E4%B8%98%E9%A7%85&ie=UTF8&ll=34.56563,135.492861&spn=0.016963,0.028925&t=h&z=15&om=0
上のリンクにある航空写真を見て欲しいのですが、この阪和線の脇には大仙古墳(仁徳天皇陵)があるので、天皇陵と同じ目線で電車が走るのは不敬にあたるとして、地面より下を走っているのでした。

参考に・・当時の憲法である大日本帝国憲法を掲載しておきます。
第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ

ちなみにこの憲法では僕らは国民では無く、臣民。
つまり全員天皇の家来です。
家来が天皇陵を横目でみて電車に乗るなんてとんでもない!
って思った人が居たのか居ないのか?

大日本帝国憲法の当時の社会をストレートにあらわすこのお話、皆さんは信じます?

事務局:つ



堺北民商会長推薦の一作「母べえ」

2008年02月04日 12時57分40秒 | 世間の話
先日、堺北民商の石谷会長とお話しした時の事です。(会長は毎日のように民商に来られます)
「今日、映画を観てきたんや!良い映画やった~」
と偉く感激のご様子でしたので、何の映画を観たのかを聞いて見ますと・・

山田洋次監督 吉永小百合主演
「母べえ」

を観て来られたとの事
あらすじを教えていただきました。

文学者である夫・滋(坂東三津五郎)と娘との家族で幸せに質素に暮らしていた野上佳代(吉永小百合)。
1940年のある日、夫が治安維持法違反の容疑で逮捕されてしまいます。
悲しみに暮れながらも、滋の元教え子ら周りのの人々などに支えられながら、二人の娘とともに力強く生きていこうと決意します。
しかし、年が明けても夫は帰してもらえず、日本は東南アジアを侵略、そしてアメリカとの戦争に突入してゆくのでした。

会長曰く
「自分の考えを貫く事の難しさと素晴らしさと考えさせてくれる映画だった」
との事で、大変オススメとの事。


事務局「つ」も近々観にいく予定です。

事務局:つ

堺北民商ニュース「memory」バックナンバー更新しました

2008年02月02日 11時38分03秒 | 活動紹介
堺北民商ニュース「memory」のバックナンバーを誰でも見る事が出来るように下記リンクより公開しております。1月30日号まで更新しましたので、ご覧下さい。
http://minsyo.web.fc2.com/index.html
↑上記リンクから2006年、2007年、2008年と分けて置いていますので、ご自由にご覧下さい。

事務局:つ


ノン市場経済

2008年02月01日 11時44分12秒 | 世間の話
 60歳以上の高齢者が50%以上を占め、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になった集落を限界集落と呼ぶ。現在、全国に7878ヶ所存在し、その中で今後10年以内に消滅するだろうと言われるのが実に423にも上る。
 兵庫県の村岡地区は平成11年に日本棚田100景に選ばれた素晴らしい景観を有していた。ところがその後、限界集落となり今は棚田には雑草がうっそうと生い茂り、見る影も無い荒地と化してしまった。僅かに2~3枚の棚田は畑となり年老いた住民が自給用の農作物を栽培している。しかし、その作物も収穫間近になると近くの山から出没する鹿や猪に食い荒らされ全滅する有様だ。
 村岡地区はひと昔前、130世帯の全てで牛を飼育していた。棚田の雑草を刈り取り、その草を牛の飼料とする。そして、牛糞は棚田の畑の肥料となる。と言うように食物連環が出来、生活環境がうまく機能していた。しかし、限界集落となった今は僅かに1軒だけが牛を飼っているに過ぎない。
 農村集落が次から次へと消えていく。
 何故、このような現象が起こるのだろうか?
どうする事も出来ない自然の成り行きなのか?
 決してそうではない!
 農業をいかに育成するか。農村の暮らしと環境をどう守っていくか。生活と経済の連関をどう進めていくか。…このような課題を政治が如何に支えるか。と言う事に尽きる。
 ドイツに人口4,000人あまりのヒューゲルハイムと言う村がある。この村も1985年頃、限界集落と同じような状況であった。ところが、時のドイツ政府が採った政策は日本と雲泥の差があった。即ち、豊かな自然溢れる農村を絶対に消滅させてはならない。必ず、農村の原風景を守ると言う政治を行った。荒れ果てた土地に植林をすれば政府は補助金を出す。傾斜地に果樹を栽培すれば政府は補助をする。等、34項目にも上る補助金制度を創立し、市場経済での競争を考慮せず、環境とエコロジカルに徹した農村育成を開始した。コンクリートを使用しない小川を造成し、すると小川には川魚が群れを成して泳ぎだし、生垣は土盛りだけで林檎や洋ナシで土留めして、空き地には緑肥と呼ばれる草を覆い尽くした。正に、自然が自然を呼ぶエコロジー集落が実現した。すると、この地にドイツのアチコチの都市から心の安らぎと自然を味わうために観光客がドッと押し寄せるようになった。
 この結果、皮肉にもヒューゲルハイム村は市場経済によって淘汰される事無く、見事に生き生きとした緑と畑、自然豊かな農村として生まれ変わったのである。
 今、日本は「政治とカネ」が問題となっている。カネ(我々、国民の税金)を見る目がドイツと日本ではどうしてこんなにも違うのだろうか!
 そして、何時になれば人間社会を真剣に見つめる政治を実行する政府が誕生するのだろうか?