足立君江 写真ライフ

ー東京の街・安曇野・カンボジア撮影記ー

   

パソコンによる講評

2020年05月27日 | フォトクラブ
 新型コロナの影響は計り知れない。
3蜜はダメよと禁止ならば、他の方法があるはず。
フォトクラブ全員が、パソコン環境が違う中で、できることで皆さんに答えていくことのしました。

 ニュースの発行で近況報告
 作品を何らかの方法で送っていただき、講評を添えて返していく。

 5月の作品 新型コロナの期間中に撮影された、庭、散歩、鳥などを展示します。(この中の自転車レースは2月に撮影。)

  
               木崎 時夫              小島 健蔵

  
               小島 健蔵                  佐藤 博巳

  
               関 絋一郎                  佐藤 博巳

 高輪ゲイトウエイ駅
              大矢 雅央



     
                 

 
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フォトクラブ再開に向けて

2020年05月11日 | フォトクラブ
3月から自粛体制に入ったフォトクラブですが、皆さんがどんなことを考えながら、どんな写真を撮っているだろうか。

5月に緊急事態宣言が延長され、このままいくと写真家としては大事な記録を逃すことになる。
気を付けながらも出来ることがあるのではと思い始めている。
毎月のようにメールで近況を聞いてきたが、会員の話によると、夫婦でいさかいが多くなったと話す人もいる。
それは当たり前のことかもしれません。
いつも一緒にいれば3食準備して掃除もして家庭内の目につくことは増えてくる。
早く普段の生活が戻るように、もう少し我慢、我慢です。

でも、この緊急事態の街をどうにかして記録したい。
考えました、自分の近くを撮影するとしたら、遠くまで行かなくていいのです。

私はクラブの皆さんに写真を送ってもらい、講評して皆さんの写真の中から更に一人2点程度、講評を載せたチラシ程度のニュースを作り、送ることにしました。

他にも方法は色々ありますが、高齢者も含めてみんなが出来る方法を選ぶことにしました。

コロナの日々をこれで乗り越えたいと思います。

そして、あらたにフォトクラブのカテゴリーを作り、普段の勉強の様子を掲載することにしました。
写真はメールで送れない環境の人は、USBで送っていただくことにしました。
上手くいくでしょうか。いや行くように考えてやります。

 

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海外へは

2020年05月02日 | 日常
 毎年恒例になっていたカンボジア取材は、今年はキャンセルにした。

残念のことだが、いつも3月の乾期、6月の雨期に予定していて、村での交流をしながら11月の「撮影ツアー」の予約をしてくる。
そんなことが新型コロナウイルスの為に、全くできなくなり悔しくもあり悲しい現実が重くのしかかっている。

3.11の東北大震災の時は、村へ入るとすぐに「アダチがどうなったか」と村人が心配してくれた。
カンボジアの村では、初めて毎年やってくる日本人である私を通じて、日本のことや津波のことなどを身近に認識できたかもしれません。
しかし今回は全世界的なパンデミック現象だから、カンボジアも感染者が増えているだろう。
確かな情報は入ってこないのはわかっているので、多分世界的な流行がかなり収まってないと危険なことが想像できる。
しばらくは様子を見ていくことにする。

普通ならば、いつもお世話になる旅行会社と打ち合わせを済ませ、訪問する村を決めている時期ですが計画すら進まない。

時は瞬く間に流れ、5月だというのに・・・。

 もう季節の花々は咲いていることだろう。
これは昨年の5月頃の写真
   
  

 葉桜になり、シャクナゲが咲いて季節は過ぎゆく。



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自粛の中で

2020年04月22日 | 日常
 自粛中に、何をしたらよいか。自分なりに考えてみる。
新型コロナウイルスが、日本で発覚して瞬く間の4カ月であったと思う。恐怖だけではない。
どっさりと圧し掛かってきた収入減と、これから一年どうしようかという不安・・・。
家族で誰かが感染したことを考えると、医療崩壊が進みつつある今は賢く乗り切らねばならない。
言うまでもなく誰もが知っていることを再びかくつもりはないのですが、イライラすることもある。

そろそろ写真展の準備に入ろうかと思っているが、家にいるからと言ってなかなか進まない。
ある人が言っていました。
「お」の付く仕事が沢山あり、主婦も主夫も大忙し。
おはようから始まり、3度のお食事、お洗濯、お掃除、お買い物、その間に写真の整理など、etc。
古いデータの整理や、読み残しの雑誌やBookの整理、考えてみれば山のようにありますが、何故かモヤモヤとして落ち着かない。

使いたい作品の現像をし直して、16ページ~24ページの写真集を作り上げる。
  
  古い写真もあるし最近の東京街歩きまで。

またざっくりと纏めるとしたら、この期間中で雑誌をかたずけたい。
相変わらずと思いながらニッコールクラブの会報、大事な記事は切り取ってファイリングした。
ニコンで活躍している写真家の方は沢山いる。
アサヒカメラも整理したが、目からウロコの情報もある。

さて、自分の写真集はず~と前から考えていた「カンボジアのワンさんの家族」の写真選び。
私がカンボジアへ行って、初めて知り合ったのは2002年のことで、父親が地雷の被害者で2007年に死亡した。
それから、ずっとこの家族を訪ね、時には一緒に涙する日があった。
これは大きな課題だ。

写真展は一度は銀座ニコンサロンにお願いしたが、元気で飾り気のない女性たちの写真だったが選考に漏れた。
これも何を伝えたいか、そのためにはどんな写真が撮影されているかを考えると、まだまだ未熟な部分は認識している。

「カンボジアの女性たち」は2018年の「カンボジアの農村」の写真展の際に多くを出品していて、それ以外をまとめたい。
作品を選びきれなかったこと、それに見合った展示がプレゼンテーションできなかったこと、大事なことはコンセプトに沿った作品が出来なければダメだということ。
また、写真展で発表することの意味を、深く考えなければならない。
自問自答の日々が続くわけです・・・。まだ足りないまだ足りないと繰り返した分だけ満足できるものに仕上がっていく。

第三者の目線で作品選びをする、自分の思いは強くても、写真の中にその現実が出ていないことを知るべきです。

私も20年もカンボジアに関わって写真を撮ってきた。そのすべてが大きな記録になった。写真とは何かを考えるとやっぱり撮ったその時から記録になる。
当たり前のことだが、撮ってきた写真から訓練を重ねないと思っている。
写真で何をしたいのか、どう発表するかが次にやるべき仕事になる。

写真も絵画や文筆家と同じように、発表から50年、死後50年と著作権も伸びている。

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雪がふる

2020年03月30日 | 日常
 春の雪は珍しくないのですが、「もう春なんですよ」と思わせながら、突然の空気の冷たさ・・・。
三寒四温の時期ですが、本当に寒く手が凍えてしまうほどでした。

「雪が降る、あなたは来ない~」は、何となく夜のムードで窓辺や街角で待つ雰囲気を想像します。
「なごり雪」も、この季節のお別れや出会いを想像してしまいます。
子どもたちは無事に入学式を迎えられるだろうか。

   

コロナウイルスによる世界恐慌の中で迎える春の終わりは、きっときっと、大きな思い出で終息の時になってほしい。
悲しみや不安に世界中の人々が、つぶされそうになる春になってはいけない。
家族や親せき、友人たちが、私の周りのすべての人が、乗り切ってほしい。
そして、何よりも正しく理解して、自分を守っていきましょう。
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今できること

2020年03月21日 | 日常
 三寒四温の時期ですが、日ごとに暖かくなる気がします。
コロナ、コロナと騒いでいるうちに、何もしないで時間が過ぎていくのを感じながら、「今できること」をやるしかないと思っています。
東京都で患者が急増していると聞き、感染経路が追えないとはどういうことなのか、もう少し細かいことが知りたいですね。
感染が広まる前に「水際で遮断する」という政府の言葉は、大丈夫でしょうか。
海外の帰国者などはしっかりした対応が望まれます。

不思議と危険が付きまとっているのに、自分だけは何故かその渦中にいないと思うのは不思議な心境です。
とんでもないことで、余計気を付けるべき年代なのですよね。

しかし、先日は小さな消毒用アルコールの容器を持ちながら(娘が用意してくれた。50cc用)を持って撮影にいきました。
やむを得ず出かけ、用事を済ませて、21日は府中方面へ一人で、24日は根津方面へ出かけました。

   
 府中は鎌倉時代にさかのぼる大欅の並木があり、歴史のある大國魂神社で結構楽しみことが出来る。

   

それ以外は撮影も中止して出かけてはいないのですが・・・。
空気が流れているので街は歩けますが、公共交通機関だけは気をつけねばなりません。
その他の日は、データを整理したり、プレゼンテーションの準備、次の写真集に向けて「今できること」を心がけています。
読み残しの雑誌や本は、この時期にかたずけたい。

あらためて、この世界的なパンデミックを正しく理解して、自分のできることで乗り切りたいと準備しています。

毎日アクセクしているのに、暇になってもすっきりしないし、もやもやが残っています。
日常普段のアクセクが、どうして無くならないのか不思議です。
やはり、写真を撮っていることが一番すっきりするのでしょう。

それでも、6月からは新規に「足立君江写真室」の講師の依頼がありました。
新規に生徒を募集しての写真教室は、楽しくもありますが、コロナというキャッチフレーズが飛びまわっているのに「何を考えてるのか」と言われそうです。
しかし、楽しいことに目を向けて、誰もいない街でも撮影に出かけようかと思ってしまいます。

因みにフォトクラブの新宿御苑の4月の撮影会は中止、例会はそのままにして、4月の後半に学習会を予定しています。



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杉並区アート展

2020年02月21日 | 日常
コロナウイルスの世界的な流行を受けて、日本でも日ごとに人数も増え、中止になるかと思っていたが大成功に終わった。
一年間、撮影してきたフォトクラブも発表する機会ができて良かった。
杉並区は昔から多くの文士やら芸術家が集まり、文化的な活動が行われてきたところだ。
私の散歩コースである川沿いを歩くと、太田黒公園や、角川庭園、近衛文麿呂の家がある。

今回はフォトクラブとして参加したが、ここで評判になることが多く、会員からは是非つづけて参加して行きたいといわれていた。
以前、この機会を通じフォトクラブに入会した人は、今は街歩きを楽しみ、写真の楽しさも味わい、すっかり仲間になった。
今回も2人がすでに廃止になったクラブから、続けて勉強したいと申し出があった。
地域には写真好きな人が、まだ沢山いるようなので、写真を通じて社会を見て、面白い発見や対面を経験してほしい。

今回はオカリナの奏者でもあり、作製者、、彫刻家、画家でもあった「芥川 孝」さんのブースが設けられて沢山の遺品が並べられていた。
以前、私が西荻窪の店主の皆さんを取材した際、「アケタ」という小さな劇場があり、そこで知り合ったのが息子の明田川壮介さんであった。
そこでオカリナのファンもいて、オカリナの演奏もするが、主にピアノでジャズを演奏し即興で歌も歌う。
ちょうどアート展の会場にいて、懐かしくお話をすることが出来た。だいぶ歳をとられた感じだったが70歳になられたとのこと。
いつまでもお元気で、いつものようにジャズ演奏を聞かせてほしいと思っている。

   
フォトクラブの展示                      立派なオカリナが2段の棚にぎっしりと。

  明田川孝さんの遺品


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写真集を作ること

2020年02月09日 | 出版写真集
先日、写真集を作った3人の写真家のシンポジウムが開かれた。

私もその中の一人だったが、写真は撮りっぱなしにしてはいけない。
特に私は内戦後のカンボジアに入り、復興がままならない国の様子を何年も見て感じてきた。
安曇野では2冊、カンボジアは「里の民」で3冊目の写真集ができた。

今、写真展をして写真集を作る写真家が増えている。
売れっ子の写真家は写真展の時に、全部売り切れるという。
ある人は300冊しか作らないという。
300冊は黙っていても売れる数だが、1000部となるとちょっと大変です。
私の場合は、早い段階でテーマがきまり、「この事実を多くの方に知ってほしい」「何のために写真を撮るのか」を考えさせられた時期があり、そのことで写真を撮ることの神髄に触れた気がする。
「カンボジアはたらく子どもたち」の写真集は2刷りが出て、図書館協会の選定図書に選ばれた。
2冊目、3冊目が同じようになるかというと、全く違っていて最後の写真集は500部にしたが、まだ売り切ることはできない。
でも写真集にすることによって、膨大な量の勉強をさせてもらった。
何のために写真集にするのかを自分の中に確立しなければならない。
こういう写真集にしたいというコンセプトに沿って、
①写真をセレクトするー②編集をするー③文章を書くー④デザインをするー⑤出版社は、出版費用はどうするー
読んでくれる人はどう言う階層の人かー売れればどうでもよいかー売るためには友人やら親戚まで。
一言で写真のセレクトと言っても、第3者の意見を聞くー編集も慣れている人に見てもらうー文章はどうするか。

でも今回は「写真とはなにか、写真で何をしたいのか」が中心に話し合われた。
記録として残しておきたい人は、それは写真集になればすべての写真が記録である。
何を調べるにも決して自分の力だけでは狭い範囲なので、関連する人に聞いて疑問やら訳を調査しなければならない。
関連する本や、そもそもこの歴史はとなる。

   
 この写真集は「笹本恒子写真賞」を受賞した後に出版。  「安曇野歩歩記」は、田園を歩き農家の人との交流を写真集にしたもの。

たまたま、その場にいて感想をいただいた英伸三先生からは、カンボジアよりも「安曇野歩歩記」が私らしいという評価を受けた。
これも参考にしなければならない。


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2月の街歩き

2020年02月06日 | 日常
フォトクラブに新しく参加希望者がいて、2月はみんなで高円寺を歩いた。

高円寺といえば8月の阿波踊りが有名だが、時期になるとJRの駅構内の発車の音楽が阿波踊りになる。
その頃になると、「あ~夏も終わりに近づいたなあ」という感じだ。

北側の「純情商店街」は、平成元年、第101回直木賞になった「ねじめ正一」さんの「高円寺純情商店街」という小説からその名をとったという。
昭和の時代の商店街の魚屋や、八百屋、金物店、乾物屋など、その頃の商店街に暮らす人々を姿を一人の少年が見ながら書いたもの。

   

今、令和2年にその頃の面影を探そうとしても、なかなか見つからない。
それでも、駅近くの八百屋、魚屋、狭い路地、漫画が続きその一角には、いつも行列ができるてんぷら屋さんがあり、びっくりする。
ありふれた言い方だが、古き良き時代の面影を残しながら、廃業や新規を繰り返してきた様子が良くわかる。
昭和8年に開業という「小杉湯」も昼間はイベントが開かれ、夕方からは400円の風呂屋になる。
形を変えながら生き残りにかける街の様子が見え隠れする。

   

古くは室町時代から信仰のあった「庚申塔」が、商店街の途中にあり、小さな囲いの建物の奥には、お供え物が見え隠れする。

あたらしい美容院、レストラン、コーヒー店、その細い路地には居酒屋が並び、昔使われていた井戸があったりする。
JRの線路と平行に走る道路も、面白いし帰りはガード下を通って帰った。

新旧が混在する楽しい街だ。
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カンボジア写真を見る会

2020年01月29日 | 日常
 カンボジアの撮影ツアーに参加した皆さんで、写真を持ち寄り、わたしが講評をするという会が開かれました。

中野にある「風の旅行社」のセミナールームをお借りしてのイベントでこれが楽しみの一つになっている。
もちろん、写真家として拘束される一環ですが、いまのところすべて無料で、ピースインツアーの主催になっている。

それぞれの視点が面白く、リピーターの皆さんは沢山の写真の中から、クラブで発表したり組み写真にしたりしている。
初めての参加者はカンボジアをどう見て、何を感じたかが大事なことです。
大勢の撮影ツアーなので、充分に目配りは出来ないもののアンケートに従い、観光地ではない写真家らしい取り組みを大切にしていきたいと思う。

 

夜は新年会となり、これがまた楽しいひと時であった。

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スクランブルスクエア

2020年01月27日 | 日常
 変わる街、スクランブルスクエアに行ってみた。

14回までエレベーターで行き、2000円の入場券を買って上まで登る。
入る口にはロッカーがあり、上着、帽子、バックを入れて、カメラだけ持って入ることになっていた。
暑い夏は帽子もなく熱中症になるのでは・・・。
それとも一時的な処理なのだろうか。

屋上まで行くと屋上から新しくなった国立競技場や東京タワー、スカイツリー、遠く富士山まで見えるようだ。
ヘリポートには沢山の人が集まり楽しんでいた。
毎度のことですが、密集した東京の街の姿に唖然とする。
なにか災害に見舞われたら、ひとたまりもない東京を政府はどう考えているのだろう。地方行政に任せることはできない。
首都を移すか分散するか、考えただけでもうんざりするのは私だけかなあ。
今日は具合が悪いせいか、考え方がネガティブかしら・・・。
一度は行ってみてもいいかもしれません。

   
 国立競技場。                  ストリームと渋谷川、川沿い。

 

 お天気も良く多くの人が楽しんでいました。
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世田谷美術館へ

2020年01月16日 | 日常
 娘と二人で世田谷美術館で開催されている「奈良原一高写真展」へ行ってきた。

多くの写真家の中で、気になる写真家の一人であり、日曜美術館のTV番組で土門拳さんが軍艦島(端島)の写真を、ドキュメンタリーとして認めないと言ったとか?
気になったが、写真家の作品も写真家の人生であり、どのように歩んできたかは、気になるところです。

今までいろいろなところで開催してきた作品は、ほとんど見てきたが、カメラを買った時から「人間の土地」を撮ったとか・・・。
最初に「王国」にしても閉鎖された人間の生きる社会を、写真に撮ろうと思ったことに私は発想の凄さを感じた。
確かに幸せ過ぎる社会のどこをみても、人と違う写真やテーマは見つからない。
見つかったとしても、今の写真家のあ~だこ~だ言う人の何人が腰を入れて撮影するだろうか・・・。

今まで写真界で成果を残してきた多くの写真家は別にして、私もふくめて写真家が安易な方向に向かっている気がする。
そう考えると幾つになっても、勉強はついて回るものであり、人生の視点を学んでいきたいものです。

世田谷美術館での「約束の旅」スペインの展示が終わらないうちに、88歳で他界されたというニュースに驚くと同時に、私たちに沢山の宝を残してくれたと思っている。
スペインは彼が30歳の頃に撮った作品で、1963年から65年頃にスペインの田舎町を南から北まで走り回り撮影されていた。

画家に人生あり、写真家に人生ありと思い、ただ結果だけでなく生き方や考え方も知りたいので、本も読んでいきたい。

こんなことを考えた日であった。
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新春浅草

2020年01月13日 | 日常
 令和2年、新春浅草撮影会は成人の日。

浅草の撮影はいつも成人の日。以前、七福神巡りをしたことがあり、それらを入れるとテーマとしてまとまるかどうか。

相変わらずの成人式を迎えた若者たちが、時にはしとやかに、時には羽目を外し、いつも同じに見えるのは歳のせいだろうか・・・。

まだ残る路地裏や、懐かしい老舗、昭和の面影をもう少し感じ取りたい・・・。

   

 

新春なのに来年はどうしようかと迷う2020年の出だしであった。
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1月の街歩き

2020年01月11日 | 日常
 1月は第2土曜日に予定通り西荻窪の撮影会。

西荻窪は駅を出て南側の象の張りぼてのある細いアーケードをくぐると旧街道になっている。
以前、モノクロで撮影をしたことがあり、「とらいふる」という時計屋さんのご主人に久しぶりにご挨拶した。
バイオリンの修理のお店、手作りの人形屋さん、そして様々な店が特徴を出して並んでいる。
甘いもの屋のご主人は2年前に亡くなっていて、息子さんが継いでいた。
三ツ矢酒店、薬草を使った健康ショップ、音楽学校出身の女性たちのコーラスグループなど書き出したらきりがない。
それから、化粧品屋さん、薬剤師のお姉さん、まだまだ・・・。
駅の北側は、また骨董通りとして有名で楽しい街歩きとなった。


 お天気は最高です。家に洗濯がたまっていることを思い出した。(笑い)


         1890年のローラースケートが窓の向こうに展示されていた。売り物27.000円。


 不動産の宣伝キャラの象、カメラを持っていた。
 
街を撮るということはどういうことなのか、改めて思い返してみた。
街はちょっと電車に乗るだけで、暮らしの空間がそこにある。
写真を撮ることは「社会を知ることであり、世の中と付き合っていくということ」。
本当に知らないことが多すぎる。
街が壊され、また再生され、そのたびに誰かが犠牲になることもあれば儲かっていく職業もある。
そんなことに心を奪われながら、テクテクと歩くことは楽しくもあり、何より健康にも良い・・・。

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新年のご挨拶

2020年01月05日 | 日常
 明けまして、おめでとうございます。
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。


 
 カンボジア チリュウ村 一年前に写真を撮った赤ちゃん、「こんなに大きくなりましたよ」と。
 写真集「里の民」より。

令和2年が始動しました。
明日からあいさつ回りに出かけなければ、前に進むことができない。
年頭に、先ず今年はどんな年にしていこうかと計画をするが、毎日の流れに逆らうことができず、決められた仕事をきちんとこなさなければならない。

新年は娘たち家族が集まり、いつものように食事を共にして、健康であることを喜び合った。
夫も健康診断はそこそこ普通という結果がでたので、良かったと一安心。
孫は夏に会って9月にあったばかりだが、正月に集まったときにびっくりするほど背がのびて、母親を超えてしまった。
成長期だから頼もしくもあり、正月2日には九州の方へ飛行機ででかけた。

地元の神社へ初詣に行き、おみくじを引くと「吉」であった。
不思議で気にすれば気になるが、昨年までは大吉、小吉、今年は吉。
私の性格は物事にこだわらず、素直で淡泊であるとのこと。
その通りなので、見方によってはおもしろくない人間だ。

そんなことを考えながら、残していたプリントや写真の整理をはじめなければならない。
撮った写真をどうするのか。どうしたいのか。
最終的な目的を決めて目標に向かって頑張らねばと思う。


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