足立君江 写真ライフ

ー東京の街・安曇野・カンボジア撮影記ー

   

写真展の会場について

2019年02月11日 | 日常
 2月1日~6日迄、フォトクラブの写真展が終了。おいでいただいた皆様ありがとうございました。

     
 スマホで会場の様子を。会員の写真集や雑誌、コンテスト情報のチラシを展示。
 
「ギャラリー晴」地域のきれいなギャラリーだったが、次回からは別の場所を探さなければならない。
このギャラリーは展示の為の道具も揃え、環境も整えての出発で、3年ほど安価でお借りできましたが、オーナーが別の目的で利用することになり、工事に入ることになった。
小規模なギャラリーは沢山あるが、室内での環境を考えるとこれといってぴったりな場所はなかなか無い。

私が個展をするときは、決まった会場で毎回、新宿御苑のフォトギャラリー「シリウス」を利用している。
時々四谷三丁目の写真会館の5F、「ポートギャラリー」を利用する時もある。
注目のメーカーギャラリーは基本的に無料の会場が多いが、もちろん人気もあり、企画展も多く開かれている。
シリウスは雑誌CAPAの2月号でギャラリーが特集されていて、私が「笹本恒子写真賞」の写真展の時の記事が、掲載された。

4日は女性雑誌の取材が入り、カンボジアの子どもたちの成長と共に過ごしてきた写真人生の話をあれこれと話をさせていただいた。

7日からは杉並区のアート展がはじまり、いくつかのフォトクラブと絵画、書道、手芸など近隣の皆さんの作品が区民センター全館を使い展示された。
写真展が終了してすぐの展示だったが、会員全員が各自作品を持ち寄り展示となった。
近くには荻外荘、太田黒公園、角川庭園などが点在していて、漫画「のらくろ」の作者、田川水泡展、「東京サザエさん学会」と言うのがあり、磯野家のお話を書いた岩松研吉郎さんの講演など・・・。
知らなかったけど、色んな方が住んでいるのですね。

   
   荻外荘は梅が咲いていた。     太田黒公園の池。

12日は女性教室の公開講座で、授業内容と新宿東口の撮影が入っている。
13日は旅写の「日本の香り」写真展に向け、作品の選考会に参加。

パソコンにへばりついて、写真のセレクト、現像、何枚かのプリントをしていると、いつの間にか首が左へ曲がらなくなった。
少し左へ向くと「あっ!痛い」少し休もうかしら。
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2019フォトクラブ写真展

2019年01月25日 | 日常
 写真を撮ることが好きな仲間たちが集まるフォトクラブです。
私が講評をするようになって、今年で7年目になります。

毎月一度の都内の街歩き、時々近郊の撮影をしながら写真を楽しんでいます。

 


日 時 2019年2月1日(金)~2月6日(水)AM10:00~PM5:30
    初日はPM1:00~  最終日はPM4:00

場 所 ギャラリー晴SEI 杉並区上荻1-23-18 荻窪ツイン歯科4F 03-3220-5501
 
どこにいっても写真を撮れないことはない、でもみんな一発豪華な写真が撮れればよいと思っていて、普段、生きていくうえで何を思い、街を歩いて何を感じてるのかが見えてこないと写真は自分の物にはならないですね。
繰り返し知らない街を歩いていると、妙に気になったり、自分自身と街が交差する瞬間がある。
そんな時はちょっとだけ良かったと感じたりする。
みんなもそうかな。

旅が好きな人、遠くにいけないから東京の街歩きをする人、一人でも何処でも行ってしまう人、みんな写真展の時はベストの作品を持ってくる。

楽しい作品展になりそうです。
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成人の日撮影会

2019年01月25日 | 日常
 女性教室の新年撮影会は成人の日の「浅草」でした。

今年も新年の浅草はにぎやかで、どこからこんなに集まってくるのかと思うほどですが、私たちも行ってるわけで当たり前ですね。
混雑を避けて隅田川の川岸を歩いてみました。

 

言問橋を渡って向島方面へ。

   


   

牛嶋神社で成人の人たちがちらほらとお参りしていていましたが、今年は浅草方面、向島方面もなぜか成人する若者が少なかった気がします。
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変わりゆく渋谷

2019年01月17日 | 日常
 正月の3日までは、普段は集まることがない娘の家族がやってきて賑やかになる。
暮れは掃除や洗濯、買い物で目いっぱい働いた。
正月になって年賀状をしたためて、4日に地元の白山神社へようやく初詣、「おみくじ」を引いてみると「中吉」と出た。(笑)

5日、フォトクラブの「渋谷界隈」撮影会。
混雑が予想されたので、1時間ほど道玄坂あたりを散策、その後は食事タイム、改めてみんなで「おめでとうございます」と乾杯。

   
 
渋谷もどんどん変わっていく・・・。
渋谷ストリームを歩きながら、渋谷川の川沿いを「へ~、こんなところが出来たんだ」と夜景を撮影。
LEDだからといって、こんなにキラキラさせたのでは逆に落ち着かない。このキラキラが恵比寿の方まで伸びているのか?
何処まで開発されるかわからないが、もうすでに電車を降りて地下で迷い、出口で迷いそうになる。

         

フォトクラブの東京の「街歩き」はすでに6年ほど続いている。
それぞれが思い思いに街を撮るのも楽しいものです。

昨日撮った写真はすでに過去になる。去年の渋谷も「過去の瞬間」に過ぎない。
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新年のあいさつ

2019年01月03日 | 日常
 明けましておめでとうございます。
  本年もよろしくお願いいたします。

年頭にあたり、いつも今年はどんな年にしていこうかと志を持つのですが、不思議なことに何も思い通りにはいかないですね。

ささやかなことですが、今年こそ、我が家の粗大ごみをかたずけて、場所を作り部屋を広く使いたい。
写真展の度に増える写真のマット、山住の写真集やその他の関連グッズ。
娘が嫁いでからひと部屋が空きましたが、空いているところに新しい荷物が入るのでどうにかしたいというのが現実です。

写真活動、お仕事については
今年は早々に 
1月5日 フォトクラブの街歩き撮影会
1/ 7日(月)写真の各関係団体へ挨拶   写真展のオープニング
1/ 8日(火)美容院
1/14日(月)浅草撮影会 一日中
1/28日(火) 女性教室
1/31日(木)撮影ツアー写真展実行委員会 午後 撮影ツアー写真を見る会


合間をぬってフォトクラブの写真展の案内状を作成。
写真展は2/1日~7日迄 ギャラリー晴

その他、個人的に今年は3月にカンボジア取材。
4月 10年越しの都内の一本桜を完成させたい。
5月には安曇野へ 久しぶりです。
6月には「スナーダイ・クマエ孤児院」の絵画展&カンボジアの写真展
7月4日~9日まで 撮影ツアー参加者の写真展 フォトギャラリー「シリウス」
さて、後半はどうなることでしょうか。


本年もよろしくお願いします。
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写真展終了

2018年12月30日 | 日常
 12月12日(水)(公)日本写真家協会の2018年写真家協会賞、名取洋之助賞、笹本恒子賞の表彰式&会員相互祝賀会が行われました。

初めての経験であり、当たり前だが緊張の連続の一日でした。
しかし、私自身も笹本恒子写真賞がどういう経過で、どうしてと改めて聞く機会が持てたことが励みにもなりました。
椎名誠氏の選考理由を聞きながら、2000年から、いつの間にか18年が経過していたことに気づかされました。
  神谷京子さん撮影
 フェイスブックの高岡さん投稿

そして、20日~26日までの写真展も無事終了することができました。
多くの皆様にお世話になり、決して自分一人の力ではないことを感じています。
これからどうするか、そのことが課題の来年になりそうです。

   写真展会場

関わってくださった多くの皆様に感謝したいと思います。
カンボジアで被写体になってくれた子どもたち、そして村の家族との通訳をしてくれたサン君、本当にありがとう。
写真展の度に来てくださり、励ましてくれた皆さん、本当にありがとう。
私がいない間、家を守ってくれた家族にも感謝です。



各書店、アマゾンで販売中

そして、今度出版した写真集「里の民」の「あとがき」にも書きましたが、ひとりでシェムリアップの空港に降り立った時のことを今でもはっきりと覚えています。
当時はバンコクを経由して、バンコクからプロペラ機で行き、揺れが激しかったことが恐かったことを思い出しています。
シェムリアップの空港に降り立つと、小さな入国審査の建物まで歩いて行き、空港の周りは草むらの飛行場だった気がします。
あの時の不安な気持ちは忘れることができません。
2005年には飛行機が不時着し、草むらに降りたので、非常口から滑り降りたことがありました。
また荷物を取られそうになったことも・・・。
今ではすっかり思い出になりました。

今年最後のブログになりましたが、読者の皆様、大変お世話になりました。
良いお年をお迎えくださいませ。
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受賞記念写真展

2018年12月07日 | 日常
 笹本恒子写真賞の受賞記念写真展を開催することになりました。

題名「カンボジアの子どもたちと」

主 催 公益社団法人」日本写真家協会

日 時 12月20日(木)~12月26日(水) 最終日3時まで
    10時~18時 日曜日は休館 入場無料

会 場 アイデムフォトギャラリー「シリウス」

18年間の写真活動なので、たくさん出展したいのですが、点数は限りがありますので
モノクロ26点 カラー16点
の展示になります。
 

ブログをご覧の皆様、年末ですが遊びにいらしてください。
毎日、会場に行く予定です。
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カンボジアから帰りました。

2018年12月07日 | カンボジア
 2018年11月カンボジア村をめぐる撮影ツアーが終わりました。

 今回も皆さんが無事に帰れたことで良かったなと思います。
満足感のある出会いがあり、どうしてかを知ることができて、写真も撮れていたらそれでいいのかなと思います。

それでもせっかくお金を使い行くのですから、貪欲さも必要ですね。

撮影ツアーにはすでに何人かの常連がいて、私から見ると、それぞれがテーマをつかんだ気がする。
ある人は暮らしに集中し、お年寄りの写真を撮りたい人。
また、子どもたちを中心にカメラを向ける人。
行ったとこ勝負で、なんでも狙う人。
何でも綺麗な写真にしてしまう人。
市場に夢中になる人。
シェムリアップの街を撮りたい人。
お寺へ出かけ、お坊さんを撮りたいと思っている人。
皆さん、すべて良いですね。
そこから、自分なりのテーマと、更にどこに魅力を感じてこのテーマにしたのかを一歩踏み込んで考えてもらえるといいと思います。

  
 ブレークロングハウン村 結婚式をしたソックンさんの写真を見たり
 マイムさんの家でみんなで手相を見てもらう。

 
 チリュウ村 牛の行列に道路をふさがれた人たち。

  
 ヤシの葉で小さな小物入れを作る人。

 
 子守りをする女の子。

遠くや仕事で写真の講評会にも参加することが出来ない人は残念ですが、来年になったら新年会を兼ねて皆さんと集まる予定です。
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モノクロのプリント

2018年11月04日 | 日常
 12月の写真展に向け、そろそろ写真のプリントをして展示できるように準備をはじめなければならない。

デジタル全盛期になり、更にミラーレスが親しみやすくなった時代に、今までのリバーサルの写真やフィルムのモノクロはどう活かしていくかが問われる時代になった。

私はデジタルカメラで撮るようになったのは、他の写真家の皆さんとは違い大分遅いかもしれません。
ミラーレスも最初はリコー、次はSonyNEX、オリンパスOM1 MarkⅡ、遂にニコンZ7へと進化して、SDカードもXQDと進んできた。
写真展も変化してきて、大判の写真の展示が多くなった。
では、私はどうするかと考えるとき、分相応のA3ノビか、A2位のサイズにしようかと考えています。
今でも額に入って昔ながらの展示が好きだという思いがどこかにある。

今までの写真展は暗室に籠ったり、インクジェットでプリントしてきたが、今回は迷ってしまった。

白黒のフィルムからのダイレクトなプリントか。
ラムダプリントにするか。
インクジェットでイルフォードやハーレミューレのペーパーを使用してバライタ調でプリントするか。

それぞれ特徴があることが今回はじめて具体的に違いを見ることが出来た。
モノクロのフィルムを3種類程、それぞれにプリントしてもらった。
出来上がりを見たとき、一見違いがわからないように思ったが、やはりみんな違っていた。
プリント代も非常にに高く、今後も写真展をしていくことを考えると、自分でどうにかしなければならないと考えてしまった。

最近Nikonで発売になったES-2を遂に手に入れた。
フィルムをデジタライズする方法で、ちょうどマクロレンズ60ミリもあり、安く手に入ったので使うことにした。
試行錯誤しながら、そのデータを利用してプリント依頼をすることにした。
詳しくはネットで調べてみると良いと思います。
デジタルカメラの前にES-2を付け、60ミリのマクロを使ってフィルム本体を撮影します。

ISO感度は100、絞り優先F8、AF、中央部重点測光、窓の太陽光で撮影してみた。
撮影後、フォトショップでグレースケールでカラー情報を消して、反転させ保存してライトルームで修正をしていく。
もしかして、やり方が違うかもしれないが、業者の方は使えそうだということになった。
最近ようやく目途がついて、11月6日からのカンボジアへ心置きなく行くことが出来ます。
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写真集をつくる

2018年10月11日 | 日常
 暑い夏が終わって、秋が来た。当たり前の季節だが、今年は特に早すぎる。

ブログの更新も遅れてしまい、見ていただく人はあきれていることでしょう。
写真の友人が、毎日、一行でもいいし一枚でもいいから投稿したらと助言をくださった。
しかししかし、「Facebook」もあるので、両方は難しい。
両方を充実して投稿している人もいるので、私は怠慢ということになる。

夏の間、暑かったので外出を避け、2Lの写真のプリントを広げて、写真集を作る準備に明け暮れた。
3月と6月に出かけたカンボジアの現像、そしてテーマ別に分類することからはじめた。

その合間に毎月入ってくる仕事もしていかなければならない。フォトクラブや女性教室、街歩きも入ってくる。

今回は農村の近年の写真集で、特に私が通い続けた家族、話を聞いた人たち、農村の黙々とはたらく人々、などなど・・・。
一口に言ったらこういうことだが、山のようにある。
先ず、暮らしを中心に田んぼ関係、生きていくための食の魚捕り、ポルポト時代を知る人々、子どもたち、現金収入を得るための副業、イベントなどに分類してみた。

  

カンボジアらしい写真集になればと、部屋中に出したりひっこめたりと繰り返し、自分なりに126ページの写真集の仮本を作ってみた。
A4両面印刷の用紙を使用してのプリントだ。
今回も編集を現研の英伸三先生にお願いしたいのだが、丸投げと言うわけにはいかない。
先生は中国での「上海国際写真展」を控えており、その他、忙し過ぎる日々ですが、やっぱりお力をお借りすることになった。
デザインはブックデザイナーの滝川淳さん。
印刷は印書簡の高柳さんになると思っています。

今まで、子どもたちを中心の写真展、写真集を出版してきたが、子どもたちを通じて家族を知り、村の生活を取材してきた。
それは私に生きるための勇気を与えてくれたし、写真を通じて生かされてきた気がする。
カンボジア関係は、これからはポルポト時代を知る人を集めて、写真集にすること、また「ある家族の記録」を考えている。
死ぬまでにできるだろうか。


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タ・コルさんと

2018年07月28日 | カンボジア
      タ・コルさんを訪ねたとき、大きなしゃもじの様な器を作っていた。

      これは祭りの時や結婚式、大勢の人が集まるときに使用するのだそうです。

材料は木材だというが、カンボジアには木の種類も多いため、このような木もあるのだろう。

   矢印で前の画面に戻る。

手つきも顔つきも違っているが、真剣だということが伝わってくる。
暑いので風通しの良い部屋で一人で暮らしているが、隣には娘夫婦が住んでいる。

カンボジアではお歳寄りの名前の前に「ター」という言葉をつける。
「コル爺さん」という愛称の意味だとか・・・。
コル爺さんの家はシアヌーク時代に作られた瓦屋根が今も使われていた。
大きな水のボトルがあって、自分で作ったというウチワが置かれていた。

  
 
腕相撲の時にコル爺さんは、私の肘が痛いからと板の間の上にクロマー(綿の布)を広げてくれた。
ちょっとよれよれの布だったけれど、精いっぱいの素晴らしい心使いにうれしくなった。

  

元気でいてほしいな!

今度会える時も、真っ黒に日焼けした手と握手しよう。

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104歳のタ・コルさんに会いに

2018年07月07日 | カンボジア
 6月になりどうしても行きたいところがあって、カンボジアへ出かけた。

今回は一週間ほどだが、収獲があり嬉しい。

一日目から104歳になるタ・コルさんを訪ねた。
親戚の家でチマキを作って、家の増築祝いをしていた時に出会ったお爺さんであった。

104歳だというから、日本軍がカンボジアに入った第二次世界大戦の終戦近く1944年頃を知っていた。
カンボジアはフランスの統治下にあり、日本軍はインドシナ半島制圧作戦でアジアの国を侵略してビルマに(現在のミャンマー)にいたころだろうか。
フランスに植民地化されたカンボジアは、日本軍が来たとき助けが来てくれたと思ったという。
しかし、間もなく1945年、第二次世界大戦も終戦となり、カンボジアは1953年にフランスから独立した。

コル爺さんは、日本人と腕相撲をしたという。
日本人が「歩くバンテアスレイ」という意味は、それは「バンテアスレイへ行く」という意味だったという。
「すみません〇×***」と訳が分からないが、ちらほらと言葉を覚えていた。
推測すると、軍人であったのではないだろうか。

今回、コル爺さんに挑戦して、私も腕相撲をしてみたが、とにかく強い力の持ち主で見事に負けてしまった。
毎日、籠作りや、気の柄の先につけるカップを削っているという。
祭りや戒律の日の行事に使う鍋の汁をすくうものだという。

細かい仕事や、力で刃物を使うことが、頭の働きも変えていると思った。
まだまだ 聞きたいことがある。
内戦が終わってから、何年も経ち、親戚中がもう死んだと思っていたら、ある日ひょっこりと帰ってきた。
どこで何をしていたのか、誰も聞かないという。
なぜなら、みんなわかっているから・・・。
コル爺さんはポルポト時代は竹で籠を作っていたと言っているが、それ以上は聞くことができない。

帰ってきて一度病気になって、親戚や子どもたちは棺桶を用意したが、元気になったという。
私はとても興味があり、また会いに来ることを約束した。

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笹本恒子写真賞を受賞

2018年06月22日 | 日常
    6月15日(金)に記者会見があり「笹本恒子写真賞」の発表が行われた。

 この賞はJPSが平成28年に創設し、昨年はアイヌの人々を25年間撮り続け、今も人々に寄り添って活動を続ける「宇井眞紀子」さんが受賞された。

今回の私の受賞理由は、「18年余りにわたって、カンボジアの農村地帯を訪ね、戦乱で荒廃した村で目を輝かしながら働く子どもたちの、未来に希望を託す姿に感動してまとめた一連の写真集、写真展での優れた表現に対して」の受賞となっている。

改めて、お世話になった皆様に感謝しなければならない。
2000年にカンボジアに入り、とうとう18年間通ったことになる。

帰国すると待っていたのは大量のモノクロのフィルムの現像作業、べた焼き、プリント・・・。だった。
最初は「何をすべきか、何ができるか。」
「写真とは何か、テーマは何か、写真の力を信じてみよう」と堂々巡りを繰り返した。
   
当たり前のように働いていたカンボジアの子どもたち、お母さんたちやお婆ちゃんたちのことが思い返された。
子どもたちは、厳しい条件の中で、ひょうひょうとして、なぜか人を引き付ける明るさがあった。
女性たちは飾り気がなく、野菜作りや予防接種、HIV、デング熱の話があると、いつも集まるのは女性たちでした。
子どもたちを通じて内戦後の様々な家庭事情を取材することが出来た。
知り合いになった子が、人身売買の犠牲になったり、捨てられていた子や、亡くなった子ども、タイ国境沿いへ移転した子も居た。
15歳で遠くの遺跡へ働きにいった子もいて、親は「もう大人だから帰ってこない」と言った。
行くたびに沢山の出来事に会ったことが、カンボジアへ行く原動力になった気がする。



多くのNGOやNPO法人などの団体の援助が必要な国であったが、唯一 1997年に、NPO法人フレンズ・ウイズアウト・ア・ボーダーによって設立した「アンコール小児病院」は、2013年にカンボジアの医師や看護師によって運営されるようになった。
2001年頃、出来たばかりの孤児院に訪れ、また病院の待合室での母子との出会いが村へ行くきっかけになった。


 義肢センターの親子。 障害を持った子どもたちやポリオの子どもたちを連れて、集まってくる。

シェムリアップの街は2009年頃、初めて信号が設置されたが誰も守る人はいなく、2012年になってもまだ認識されていない状態だった。
最近では、信号に秒数が表示され、整然と通行ができるようになったが、車やバイクも増えたため事故も多くなった。
シェムリアップの街は観光客であふれているが、村はまだまだこれからだ。

あの大虐殺の首謀者であったポルポト政権が終焉をむかえ、約40年近く経った。
人口が1600万人になり内戦後生まれた20歳から40歳代が活躍する時代になったが、充分な教育がなされていないことが、今後の課題になっていくと思う。

私はモノクロを勉強をするため、2001年に現代写真研究所の26期を終了した。
その後も所長である英伸三先生に、写真集など何かとお世話になりました。

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また地震だ

2018年06月19日 | 日常
 先日、群馬を中心とした地震があった。その前は千葉方面。

今回は阪神方面が震度6弱とは・・・。
日本列島は地震帯の上にあるが、どうにかして早めに気づく方法はないだろうか。
これは誰もが思うことに違いない。
今はどこで発生するかわからない地震に対して、今までの経験で備えるしかないのだろう。

火を消す、倒れそうな物の傍には寄らない、備えるものはとキリがないが、経験が人々に知恵を与え、準備を考えさせてくれるかもしれない。
とは言っても今回も犠牲者や倒壊した家屋が多く出たことは、同じことが繰り返されては困る。

個人的にできることは何か、公的に政府がするべきことは何か、列車、道路、水道、ガスが復旧すれば、支援物資も届くだろう。

昨日の帰宅困難者の行列を見たとき、あの時と同じだと思いだした。
3・11の震災の時は、私は半蔵門のJCIIビルで仕事中だった。
地震が来たとき、とにかく家族のことが脳裏に浮かび、連絡が取れないことにハラハラした時間であった。
少し落ち着いてJCIIビルを出発したのが午後4時過ぎであった。
途中の道路は車が渋滞して、救急車も通れない。
四ツ谷、新宿と歩き青梅街道を歩いて歩いて6時間。
途中の小さな店で運動靴を買ってハイヒールから履き替えた。
コンビニで何か買おうと思ったが、すでに何もなくポツンと残っていた大福を一つ買って「ありがたや~」と食べて又歩いた。

家に着いたのは夜の9時半を回っていた。

何事もなかったが、実は動かない方が良かったという。
伝言ダイヤルもあるし、様子を見て行動をとることが大事なことだ。
経験を活かして、次回はもう少し落ち着いて行動できる気がする。

今回、犠牲になった方のご冥福を祈り、被害を受けた皆さんが早く普段の生活に戻れるよう協力していきたいと思う。
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スナーダイ・クマエ孤児院の絵画展&写真展

2018年06月13日 | カンボジア
     「スナーダイ・クマエ孤児院絵画展2018」&「カンボジア写真展」が今年も準備されています。

      恒例となったこのイベントは、10年間続き、私も同時に写真展を開催してきました。
      今年は10周年記念として、新しい絵画、バナナペーパーによる商品、車谷さんの音楽イベントが計画されています。

      思い返せば、カンボジアの孤児院を最初に訪れたのが2000年、それ以来18年も付き合いが続いている。
      経営するメアス博子さんには、頭が下がる思いだが、ゼロから始めた彼女の功績は本当に大きい。
      子どもたちは成長して、すでに社会人として立派に巣立った子もいるが、途中で家族のもとへ帰った子や亡くなった子もいる。
      内戦後、沢山の事情と歴史を背負いながら、ここまできたことを考えると、私もカンボジアの孤児院や子どもたちや人々と、人生を共にしてきた気がする。

今年の絵画展の日程は 

日 時  7月6日(金)、8日(日)、9日(月)、7日の土曜日休館


場 所  日本アセアンセンター  地下鉄 虎ノ門駅 A4出口から1分

子どもたちの絵画と共にお待ちしています。

その前に、ちょっと調べることがあり、カンボジアへ出かけてきます。

日程は 6月27日~7月4日まで。

5日は午後から飾りつけだから、だれか手伝ってくれるとうれしいです。
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