足立君江 写真ライフ

ー東京の街・安曇野・カンボジア撮影記ー

   

川沿いの街

2021年05月01日 | 日常
 ゴールデンウイークは自粛の日々になりました。
今まで、撮り続けてきた我が町を整理することにしています。

 こんな近くでサクランボがびっしりと赤い実をつけていた。
2本同時に植えるように言われ、植えたところ一本は枯れてしまい、残った一本は甘い実を付けたそうだ。
食べてみると甘く、酸っぱい感じがなくてみずみずしい。

 

 

撮影が終わるとまっすぐ家に直行、食したり、水にいれたり花瓶にいれたり・・・。

こんな出会いがあると嬉しい。
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撮影会 上野

2021年04月17日 | フォトクラブ
 2月は緊急事態宣言の為、区営の施設を利用している例会の開催が出来ないままで次回に延期になった。
3月の例会では会員が撮影した写真を中心に合評会を開催した。
コロナ禍の中、どこまで運営できるかわからないが、新会員も久しぶりの参加となった。

4月に入り桜は終わりでしたが、上野から不忍通りを根津方面への撮影会を実施した。
光も良かったので明暗差があり、逆光での写真の撮り方を学びながらの楽しい撮影会となった。
上野の森には知らなければならない歴史がある。必ず街歩きの時には話すことにしている。
街のちょっとした「歴史や気づき」の大切なこと。
Facebookを利用している会員もいたり、Skypに投稿した写真を見ると楽しんでくれたようです。
4月の例会では、新会員向けの基礎講座を1時間ほど時間を取り、改めて露出も学ぶ機会も持てた。

根津は何度か撮影会をしているところだが、全く違った三浦坂を上がってみた。

写真はすべて私が撮影した作品です。
  
 不忍池で出会った83歳のお婆ちゃん、自分で詩を作り曲まで作ってノートのびっしりと書いてあった。それを見ながら歌を歌っていたので撮影交渉。

  

 

 この辺りは寺院が多く、墓の面積が広くこんな大きな墓地に初めて出会った。桜が満開の時期に来てみたいと思う。
戦争で亡くなった人も含めて、沢山の祖先が眠っているのだろう。
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雨上がりの街

2021年03月30日 | フォトクラブ
 3月の撮影会は根津。
ちょうど雨になり、傘を差しながらと心配したが途中から雨は止んで時々パラパラと小雨状態だった。
こんな時こそ、だれも撮らない雨の路地裏を探索しようと出かけた。

必需品は傘、タオル、レンズ拭き、今は吸い取りのよい小型タオルが出ていて便利になったものだ。

今までの撮影で、カンボジアでも雨期のシーズンは、カメラを拭くフェイスタオルはかかせない。
土砂降りの雨なので、帰ってくると乾くまで心配なほどだ。

路地をまわり、いつもの店に立ち寄り、雨上がりの公園で遊ぶ子どもたちと母親に出会った。

  

  

 

シュークリームの店だが、この店ももう少し立てば緑に覆われるだろう。
その頃、又、来ることにしよう。

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2月の撮影会

2021年02月24日 | 日常
 2月は撮影会が2回、コロナ禍とはいえ注意しながら街を歩く。
個人的には散歩しながら、「我が町」の川沿いを歩いて、運動不足の解消しつつ、作品作りをする。

  

2000年からモノクロで撮影を始めた「西新宿」、そのままになってしまった作品群は西新宿は今ではお蔵入りになっている。
写真を撮る者にあらずです。
西新宿で都市計画の中で出会ってきた何人かの皆さんとは、それぞれが引っ越しをして所在がわからなくなっている。
歴史の古い新宿は昭和の初めまで野菜畑があり、成子天神には市場が出来て野菜が並んだという。
取材中に江戸時代の陶器が発見されて、今では新宿区の資料館に収蔵されていると思う。
青梅街道沿いは置屋のあったため、そのために水子を入れた甕が見つかったこともあった。
開発前にそこの住人からは、土地を何人かの叔父と共同名義にしていたため、立ち退きの際にはすべての了解と印鑑が必要であり、その調査は見知らぬ叔父の子孫にまで及び押印が大変だったと聞いた。

  
 まだ残る素朴な街並み。

周りはきれいなビルになり、新しいマンションが立ち並ぶ。

今回は開発が進んでいなく、まだ残る街並みを歩いた。

もう一つは2021年「浅草」新春の撮影会。
学校の授業も休校になり中止になったので、合評の時間を2月の写真室の授業として撮影会とした。
誰もいない浅草、車屋さんも暇そう、来ている人も超少なく空いている店は店主が奥で電卓をたたいている。

  
そんな姿にコロナが早く収束に向かい、もとに戻れるようになることを願いばかりだ。


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撮る選ぶ見せる

2021年02月18日 | 日常
 コロナ禍での写真活動も、不織布マスクを2枚重ねで使用しながら、今も元気に毎日を送ることが出来ている。

この時期に写真をどうまとめるかを自分自身に宿題にしていこうと、部屋中に写真を並べて入れ替えたりはずしたりを繰り返している。

 
月日の経つのが恐ろしい気がしてくるのは私だけだろうか。

発売されてすぐにNikon-Z7を買ったが、今は同居人がほとんど使っているので、私はOLYMPUS-EM1 MarkⅡに24-80F2.8が、街歩きにはちょうど良い大きさで便利です。
昨年暮れに発売されたZ2シリーズを手に入れようと考えていたが、特に不便なこともなく都内の街歩きにはオリンパスで充分です。
あまり外出もできないし間に合っているので、欲しいカメラを買うことは後回しになってしまった。
安曇野での取材はやはり、フィルム時代の1996年頃発売のF5カメラと三脚を抱えて、私は満足していた。
デジタルになってSonyのミラーレスを遊びで使っていた。
次々に形を変えて発売されるカメラの魅力にとりつかれながら、現状維持を保っている。
写真は良いカメラを使うと気持ちがハイになるが、だからと言って作品はカメラでは無いので、負け惜しみを一言添えて一番使いやすいものにしたほうがいいです。
そういう点では、プロ用の大型カメラは重いし、スナップ撮影のような軽やかに動いて飛び回るような撮影ができないので、撮影する被写体により使い分けるようにしないといけません。

  
  今の時期は夏みかんが家々の庭をにぎやかにしている。

写真の大事なことは「撮るー選ぶー発表(見せる)」で完結します。
写真室の授業も「撮影」はしたもののどう選んだか、自分の気持ちに沿って選ぶことが大事です。
撮影は都内の街歩きがほとんどですが、知らない街で直感的に感じた何かが、今日の撮影のテーマのヒントになっていく。
撮った写真は必ず記録として残ります。それが大事なことなのです。

  
 10年前はモノクロで西新宿を撮っていたが、都市計画の中で開発が進み、今は空き家が多くなった。

2月は2回の撮影があり、それぞれが楽しかった。
「コロナ禍の街」は、きっと良い機会になるでしょう。

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2度目の緊急事態宣言

2021年01月13日 | 日常
昨年の緊急事態宣言の3月から4月にかけて、フォトクラブの街歩きの撮影はは中止として、クラブの例会もSkypや3蜜を避けたものに切り替えた。
ようやくクラブの街歩きは6月から始まり、12月まで毎月出かけることになった。
写真学校の写真室も6月から毎月休むことなく、12月まで続けてきた。

今年に入り2021年という年は、どのような年になっていくのか・・・。のでしょうか。

2021年1月8日に2度目の緊急事態宣言を受けて、1月から2月にかけてのフォトクラブは中止となりました。
写真学校の「写真室」も学校全体が休校になり、1月から2月初めまで自粛行動の対象となった。
2月に開催予定の区が主催するアート展も中止になり、せっかく参加を決めてきたが、これでは写真という芸術文化そのものが制限されることになり残念です。

写真はお互いに顔を合わせて講評することで、写真の奥深さも伝わっていくものだと信じています。
そして個々の作品作りや撮影は、気を付けながら続けていくことが出来ます。
政府が緊急事態宣言をしたのは、遅すぎる感もありますが、個人で気をつけることも限界があります。
正月に娘家族が来てくれたが、一緒に食事して2時間ほどで帰っていった。
皆が故郷に帰らないでいる中、東京の近くに住んでいる子どもたち家族にも我慢してもらわないとと工夫をしています。

そんな中、今年の1月から、素晴らしい写真展が続いている。
多くの写真展が延期や中止を余儀なくされて、無くなってしまったギャラリーもある中、個々の文化活動はいくらでもできると勇気をもらうことが出来た。

「何のために写真を撮るか、写真で何をしたいのか」、更に考える時間をいただいた気がする。

最近の写真展から
  
 奥羽山系の懐に包まれた雪深き山里で、シシ(熊)獲りを続けてきたマタギたち。20年間、岩手県湯田街に通い、マタギたちの狩猟の貴重な体験の現場を撮影、マタギの暮らしや民族に迫った稀有な写真展。写真集も出ています。(チラシの文章から) 藤原書店 2800円



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新年のあいさつ

2021年01月06日 | 日常
 明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

 

暮れから正月にかけて、街の賑わいを見ながらコロナの終息は程遠いことを実感しています。
今年から本腰を入れて、テーマは国内に切れ変えていきます。
日常普段がだいじな年になりそうです。

年頭にあたり、普段できないことをしていこうかと思います。

何もしなくても時は過ぎてゆくので、写真活動の停滞は避けなければなりません。
私たちが歩みを止めれば、写真文化の発展は停滞してゆくことが懸念されます。

新年にあたり、写真展の案内状が届いているので、是非お出かけ下さい。

熊切大輔写真展
  「東京美人」ニコンプラザ東京  1/5(木)~1/18(月) PM3時まで
        ニコンプラザ大阪  1/28~2/3

黒田勝雄写真展
  「最後の湯田マタギ」 ありかホール 中野区中野4-4-1 ポレポレ中野7F
        1/10(日)~1/24(日) 11:00~19:00

秦 達夫写真展  
  「Harmony」SUGIZO New Album「愛と調和」連動企画
        フジフィルムイメージングプラザ丸の内   1/15日㈮~2/8㈪
        フジフィルムイメージングプラザ大阪    2/24㈬~3/15㈪

伊藤知己写真賞
   「ぼくらの風景」宮本 遼
   「朝な夕なー釜ヶ崎浪漫ー」野呂 彰
        ありかホール 中野区中野4-4-1 ポレポレ中野7階
        2/1㈪~2/7㈰ 11:00~19:00 初日12:00~
石川三男写真展
   「橋脚にされた大地」 リコーイメージングスクエア東京 2/18~3/1


        

  
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コロナ禍を乗り越えて

2020年12月27日 | 日常
 2020年、人類への挑戦ともいえるコロナウイルスに世界中が沸いた一年だった。
常に今日の感染者数に踊らされた気がしたが、マスコミのニュースに乗せられ、新聞に驚き、考えすぎると身動きが取れないという状態が続いた。
確かにリスクがあることは仕方ないが、自分は絶対大丈夫という変な自信も出てきて、自分でも考えながら行動した一年だった。
海外旅行がすべて行けなくなったので、この時期に国内のテーマをまとめたいとアクセクした一年でもあった。
  
        近隣の川沿いを散歩して。

カンボジアの写真はパナソニックのSDGsで使用した写真が、小学6年生の社会科の教材、「社会科資料集6年」2021年改訂版((株)新学社)として使われることになり、嬉しい知らせであった。
2020年はパナソニックのソーラーランタンの広告写真として、日経ビジネス、東洋経済、ダイヤモンド、AERAなどの使われることになった。

6月から開講した「足立君江写真室」も、コロナ禍ではあったが成立させていただき、月一回の撮影と月一回の合評を繰り返した。
「写真で何をしたいか」、このことを改めて考える授業であった。
6カ月で新規参加者と私のBookも合わせて、16枚の組み写真を作り、19冊のBookを最後の日にまとめることが出来た。
12月には「後期カリキュラム」の説明が終わり、年の暮れの十条銀座商店街を撮影してきた。
それぞれの街の変わりようが、目まぐるしい年であった。
   
 物価が安く驚くほどでした。       篠原演芸場。

フォトクラブは自粛期間中の3,4,5月は休みで、それ以外の月は「街歩き撮影会」を実施したが、参加者は撮影の機会と運動不足の解消になったのではと思う。
西荻窪、高円寺、荻窪、井の頭公園、赤羽、立川昭和記念公園、本郷菊坂と公園と街を交互に撮影した。
ニュースを発行したり、SDカードを送っていただき、スカイプでの会議も行った。
例会は3蜜を避けながら、10回の集まりがあったが、会食は敢えて一度もしていなかった。
会員の中には3名ほど、欠席の人もいたが、あたりまえのことで全て自己判断してほしいという方針だった。
現在は2月の区民センターで開催される「杉並区のアート展」に出展するための準備に入っている。

又紹介もあり、エステティックのホームページ用の撮影を何回かさせていただいた。
これも大変勉強になり、カメラを2台抱えての撮影であった。
私は友人に恵まれることを実感した月日であった。

もう一つのテーマ「安曇野」はあらたに「安曇野の野菜畑」をテーマに撮影をしてきた。
時節柄、頻繁に行くことはできなったが、安曇野の野菜の取材に多くのことを教えていただいた。
   
あせらずコツコツとまとめに入ろうとしている。

 皆様 良いお年をお迎えくださいませ。
 来年もどうぞよろしくお願いいたします。



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日光御成道

2020年11月04日 | 日常
 担当している写真学校の写真室の生徒と、再び赤羽岩淵付近の街を歩くことになった。
同じ街を再び歩くという事は、見えてくるものも違うし、内容も少しづつ充実してくる。

「日光御成道」は徳川家康の没後、1617年、2代将軍秀忠の一行が日光へ行く際に、最初に通ったと言われる脇道のことです。
赤羽岩淵宿に宿泊、現在の埼玉県幸手手前で日光街道に合流したと言われています。

現在は荒川から岩淵、赤羽駅まで幅2メートルほどの細い道だが、まだ営業している風呂屋があったり、赤い肌電球が家々の玄関を照らす。
古い神社や庚申塔があり、家々の前には季節外れの植木の花が綺麗だ。

歩きながら「松尾芭蕉」の「奥の細道」をイメージした。
旧日光街道も旧東海道も、今ではこんな細い道は無くなり路地に入ると面白い情景にぶつかったりする。
車がやっと通れるほどの日光御成道は、私がもっとも好きな道かもしれない。

   
 現在も地元の人が訪れる風呂屋。    江戸時代の庚申塔。

   
 風呂屋の煙突。     横道に入ると肌電球の家々が並ぶ。

   
 駅に近づくにつれ、ビルの間に見えるモルタルの家。   水神社。

 
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赤羽を歩く

2020年10月10日 | フォトクラブ
フォトクラブの街歩きは、北区赤羽。
埼京線や京浜東北線などが通り、乗換駅としても知られる赤羽駅だが歴史を調べるとなかなか面白い。

古い話だが、私が覚えているのは、池袋から群馬県の方面に行く際に、ここを良く乗換駅として使っていたことがあった。
東電で働いていた父が退職して、私に会いに来たことがあり赤羽まで送っていった。懐かしい記憶がよみがえる。

今回は東側の岩淵方面を歩いた。

  
駅を降りてすぐに左手の方は、飲食店街が続きコロナ禍の工夫や準備中の店も多い。
北の方へ向かう道は日光通りともいわれる道が埼玉県川口市まで続いている。
駅の前のドーム状の商店街は荒川に近い岩淵方面へと続いている。
かつて十条駅や赤羽は軍事物資を運ぶ拠点とされて活躍していたそうです。
素朴な街並みや寺院が多いことで、被写体には困らない。
テーマは街で何を感じ「写真」にしただろうかの一言につきる。
知らない街を歩くことの面白さをいつも感じている。
会員の中には午前中から撮影をして、午後からの参加者を待っていた方もいたので、会員は写真欲ともいうべき姿勢に刺激を受けたのではと思う。

赤羽岩淵まで15分くらいだが、大通りは行かないで昭和に建てられた木造モルタルの壁や板塀がある路地を行くことにいた。
そこから、荒川の赤水門まで歩く。

  
荒川は氾濫することが多く、歴史的のも赤水門は古く明治時代に造られたものだが、今は新しい水門が作られている。
川岸にはサイクリング、キャンプする人、マラソンの人、釣りをする人たちが楽しんでいた。

  
 彼岸花が4,5本づつ咲いていて真っ赤な群落になっていないところが、良かったと思います。
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中秋の名月

2020年10月01日 | 日常
 安曇野での撮影を終えて帰ってくると、早速、撮影の依頼があり2時間ほど仕事に出かけた。
かねてから、女性の写真を撮ることは好きなので、様々な撮影をしようと思っていたが良い機会をいただいた。
ホームページに使用したり、パンフレットを作ったりするとのこと。
屋外と室内での撮影、カメラを2台セットし、ストロボとレフ板を持っていき正解でした。

家に帰り、暦をめくると残りは2枚になってしまった。
今年は何もできなかったが、雨が続いたせいもあるが、夏は短かく感じたし「あ~もう秋か」とため息がでる。

 
庭の片隅でツバキの枝につかまっている蝶々が、もう秋だねと言っているようで感傷に浸ってしまった。

   
 安曇野では、息の長い朝顔が終わりの時を華やかに飾っていた。

中秋の名月をながめながら、色んなことを考えた。
旧暦の15夜、23夜の事、庚申信仰のこと、万葉集にも謡われた秋の七草や中秋の名月のこと。

ふとカメラを取りに行き、写真を撮ってみた。

 
 少しトリミングしています。
  (Olympus EM-1 MarkⅡ 300mm 

ウサギのような姿は発見できないが、普段とは違って全てMモードでの撮影になった。
300mmでは小さな月だが、2Xのテレコンを付けたらいいらしい、これも練習、練習・・・。

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久しぶりの安曇野

2020年09月26日 | 安曇野
 久しぶりの安曇野です。
昨年は何度か撮影に出かけましたが、コロナ禍の中で今年は初めての安曇野です。
市役所から水道料金が補填されるとのことで、写真や図面が必要ということで出かけてきました。
ついでとは言え、庭がひどい草ぼうぼうになり、松くい虫にやられた木が一本あり、これも心配です。
ずっと使ってないので、家の中がどうかと思いましたが、今年は暑かったせいかアリや臭い虫の侵入が一つもなく不思議なほど窓も綺麗でした。

池田町辺りはそばの花が満開で、沢山の蝶が遊んでいました。
 

田んぼは刈り取られた田んぼと、まだのところもありますが、頭を垂れているのでお酒にする米だと思います。
以前、農家の人にそんな話を聞いたことがあります。
「安曇野コシヒカリ「」は、脱穀したばかりの新米をいただいたことがあり、本当に美味しいお米です。

   

足の延ばして、生坂村からちょっと行った塩本の棚田の方へも行って来ました。

   

お天気は最高でしたが、台風の予報もあり早めに帰りました。
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WEB会議

2020年09月18日 | フォトクラブ
 迷いながらのコロナ禍の写真クラブ。
すでに朝晩の空気も少しづつ違っていて、蝉の声が無くなり、スズムシの声がチョロリン、チロチロと窓の外から聞こえてきます。

フォトクラブ開催にあたって、普段集まりにくい遠距離の仲間のため、WEB会議で情報交換の場を作ることになった。
すでに、カンボジアで繋がっているオークンツアーや、NGO、フレンズなどの会議では「ZOOM」を使用しての情報交換が行われている。

フォトクラブの前回のテーマごとの作品には、9月の例会で合評することになっている。
例会の場所が確保されていれば、椅子を増やして3蜜を避けられる方向で、近距離の皆さんは集まれることになっている。

遠距離の会員の為、全員がSkypeを入れて、グループで会議をすることになった。
次回の街歩きのことや、テーマを決めての撮影での感じたこと、普段会えない会員の仕事状況や作品作りのことなどを話し合うことにした。

今回初めて、Skypeで撮影した作品を共有して会議の中で見られることになった。
点数は10点ほどでしたが、これも面白い企画になりそうです。
その場で簡単に講評することもできるし、みんなの意見も聞くことが出来る。

その他、インターネットで「WiX.com」でも全員の作品を共有できるようです。
それは、デジタル専科のある教師の方からのメールでわかりました。

その他出来ることがあったら、試してみたいと思います。

いつまで続くかわかりませんが、コロナ禍の中で全員参加型のフォトクラブを作るにはこれしかないかもしれません。
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写真のテーマ

2020年09月07日 | フォトクラブ
 写真はテーマを決めて撮り続けていると、大きな記録になる。

フォトクラブの撮影会はコロナの時期に、3蜜を避けながら行くにはどこにしようかといつも迷う。
今回は「都立井の頭恩賜公園」へ行くことにした。
休日は混雑予想される昨今ですが、それでも写真は撮り続けなければならないし、熱中症も避けながらということになった。

「いつも行く場所、前にも行った場所、同じ写真しか撮れない」と、こんな声が気になりますが、同じところに行っても見方を変え深く知ることの努力をすれば、きっといつもの写真とは違うはずです。

   
 お茶の水と言われる湧水。一級河川 神田川に通じる湧水群が集中している。 

今回はテーマを決めて、テーマを通じて公園の中を探ってみることにした。
同じ場所でも雨や雪、曇りや風の日、スナップにしても同じものは一つもない。
更にテーマを決めたら、写真が撮りやすくなるかもしれないし、撮れなくなることも・・・。
頭の中をクリアにして、連想するものを撮っていく。

昔、写真学校の英伸三先生と、(株)日本写真企画の「フォトコンテスト」、今の「フォトコン」という写真雑誌で、当時、座談会形式で11ページの特集を組んでいただいたことがあった。
5ページのグラビア写真を作るという企画で、テーマにしていた安曇野の写真を材料にすることになった。
なぜ安曇野かというのは、長くなるので別にして、大量の安曇野のプリントに中から、20枚を選び話をしながら5枚のグラビアに使える写真でページを構成する。
あの時、安曇野の更に何を撮るのか、歴史は、どんな人と出会って、農家の人々の思いはどうなのかと深く知ることが大切なのだと学んだ最初であった。
テーマはどう決めたら良いか、好きなものは何か、写真をどうしたいのかを考えさせられた。
海外に行かなくても、写真家が集まる撮影地に行かなくても、身近なところにテーマがころがっていることも知った。

テーマで物事を伝えることは、写真の本道を行くことです。
個展をするとき、Bookを作るときには「写真は自分の言葉」として、大きな役割を果たすのです。
「撮る 選ぶ 発表する」、それを繰り返すことだと思います。
それが大きな記録になり、著作権が大事な事に繋がっていきます。
最近はデジタル時代になり、携帯での写真も綺麗に撮れる時代になりました。
私も撮っています。
SNSに挙げた写真は、シェアされていく時代になりました。
様々なコンテストでも、組み写真の応募も多くなりました。
私の基本は、SNSに掲載写真はサイズは小さく、画質は荒くした写真にしています。
内容が伝わればいいのかなと思いつつ・・・。
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カンボジアへの渡航

2020年09月03日 | カンボジア
 カンボジアへの渡航は、何も出来ない状態が続いています。
3月と6月、撮影ツアーは11月に行く予定でしたが、モヤモヤとする毎日です。
3月は乾季なので、マンゴウが実り花は咲き乱れ、カンボジアのお年寄りは仏教の様々な行事のために集まっている。

   
 チリュウ村

中途半端になっている102歳のコル爺さんは元気でいるだろうか。
今、取材途中になっている村だが、一刻も早く行って様子をみたいのですがままなりません。

6月の雨季には土砂降りの雨の中を、雨具を着ながら撮影をした。
道路の3メートル先は大雨が降り、自分のいるところは雨は止んでいるという不思議な気象も魅力であった。

   
 コントローク村

雨季の蒸し暑さに熱中症になったことがあり、苦労したこともあった。
その時はどういうわけか夜になり、嘔吐と下痢があり、熱は38度程度(憶測)あり、ガタガタと激しく震えが止まらなかった。
さいわい、アンコール小児病院の看護師、赤尾さんが来てくださったり、旅行会社の大塚めぐみさんに助けていただいた。
カンボジア流の現地治療で楽になり、現地に友人がいたことが、本当にありがたく嬉しかった。

思い出したらキリがないが、知り合いになった村の人たちも、「今年はアダチは来ないね」と思っていることでしょう。

① カンボジアへの渡航には、2週間以内の新型コロナのPCR検査の陰性証明書が必要である。
② 50000$以上の海外保険に加盟している証明書を提示。
③ 3000$の預託金が必要(医療、入院、隔離などに使う)。
更に同じ飛行機の同乗者に陽性者がいた場合は、全員が2週間のホテルでの滞在が必要で、費用は自己負担という厳しい条件です。
普通になるのは、いつになる事でしょう。

それでも、今は自宅で良い機会かと、今までできなかったことの完成を目指し奮闘しています。

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