癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

講演会「菅江真澄が巡った蝦夷地」

2018年12月17日 | イベント鑑賞・参加

 12/15(土)に函館中央図書館で開催された、菅江真澄没190周年函館講演会「菅江真澄が巡った蝦夷地」という講演会に参加した。

 今まで、江戸時代後半に蝦夷地にやって来たという菅江真澄のことは漠然と知っていたし、秋田県や青森県の山や旧街道には、多くの歌碑が立っているのを目にしている。しかし、具体的にどんな人物で、蝦夷地ではどんなことをしたのかは知らなかったので興味があったからである。


 講師は2名で、石井正巳(東京学芸大学教授)の演題は「函館で詠む菅江真澄」


長谷部一弘(函館市縄文文化交流センター館長代理)の演題は「菅江真澄が観た蝦夷風俗」

 石井氏は、主に菅江真澄が書いた寛政元年の「えみしのさへき」と寛政4年の「えぞのてぶり」の原文をもとに解説し、長谷部氏は、それらを訳した文章や真澄の描いたスケッチをもとに解説され、2人の内容はダブるところが多かった。



 菅江真澄は、三河吉田宿近郊(愛知県豊橋)の出身で、1873年(30歳)に旅に出て、長野、山形、秋田、岩手、宮城、北海道を旅して、多くの旅日記・地誌・図絵を残している。


 蝦夷地に滞在したのは 1788年(35歳)~1792年(39歳)の5年間で、そのうち、1789年には、松前から上ノ国、江差を通り、太田山神社に参詣している。そのときの旅日記が「えみしのさへき」である。主にアイヌ語のことについて書かれている。
 さらに、同じ年に函館周辺にいて、昆布漁の様子と道具を描いて「ひろめかり」として残している。
 1790年~1791年の2年間は、旅はせずに、松前城下に滞在し、松前文子を中心とした幕臣、その子弟、藩医、神職、商人等との歌作に精進していた。その様子は「ちしまのいそ」として残されている。
 1792年には、松前~噴火湾沿い~有珠まで旅をして有珠山に登っている。その旅日記が「えぞのてぶり」で、主にアイヌの風俗について書かれ、地形の図絵も多く残している。

 蝦夷地の後は、1829年(76歳)に没するまでの29年を秋田の地で過ごしている。秋田県内をくまなく歩き、すべての市町村に足跡を残している。だから、秋田県の山に菅江真澄の足跡が多いことも納得。
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心温まる還暦祝い

2018年12月16日 | 日常生活・つぶやき

花束を受け取るMAEちゃん

 昨夜は、函館トライアスロンクラブ事務局長MAEちゃんの還暦祝いが、本町のイタリアンレストラン・クリエイティブ ディッシュ ゴエンで開催された。わざわざ、このために東京や札幌から参加された仲間もいた。

 MAEちゃんは、自らもトップトライアスリートとしてみんなを引っ張っているほかに、マメな会報の発行、週末練習会や各種行事の企画・運営、公式ホームページの管理などを率先して取り組んでくれている。
 年々若い会員も増え、今や海外の大会でも活躍する選手など80名もの会員を抱える道内トップのクラブへと発展してきたのは、ひとえにMAEちゃんの人柄と努力の賜物である。

 自分はトライアスロンはやらないが、マラソンとXCスキーを通してのお付き合いである。MAEちゃんとの出会いは22年前になる。自分が52歳、MAEちゃんが38歳とお互いに若かった。

 MAEちゃんは当時から函館トライアスロンクラブの事務局長をされていたが、トライアスロンの自転車の練習が冬にはできないので、その代わりにクラブとしてXCスキーに取り組んでいた。自分も個人的にXCスキーをやっていたので仲間に入れてもらったことが、このクラブとの出会いである。

 その後、トライアスロンクラブが母体となって、XCスキークラブ「函館クロカンキッズ」が発足し、自分が会長を仰せつかり、事務局長をMAEさんが務めてくれた。しかし、会員減に伴い、数年前に解散して函館トライアスロンクラブに合流し、「函トラXC部」として活動を続けている。

 自分がマラソンも取り組むようになったのも、このクラブのお陰である。常にステップアップを続けるこの仲間からは、いろいろ多くの刺激をいただいて、自分もアクティブな人生を送れている。ちなみに、会長のTaさんは79歳で、自分は年齢的にはその次である。




お祝いのアイアンマンのマフラーを首に下げる


お祝いの品(花束、アイアンマンのマフラー、サングラス)を身に付けてカメラに収まるMAEちゃん


料理の一部



談笑する会員のみなさん


最後にお祝いのケーキが用意される


奥さまからMAEちゃんへのア~ン。この後、切り分けられて全員に配られた


外へ出ての集合写真。このあとほかのメンバーは2次会へ流れたが、自分は失礼して家路へ就いた。
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五稜郭星空ランタン打ち上げ

2018年12月15日 | イベント鑑賞・参加

 今日の午後には、14:00からの中央図書館での菅江真澄に関する講演会に参加し、その後、五稜郭公園で開催された「五稜郭星空ランタン打ち上げ」を観て、夜には函館トライアスロンクラブ事務局長MAEさんの還暦祝いに参加した。

 講演会の内容と還暦祝いは、後日アップする予定。

 16:30に打ち上げられた「五稜郭星空ランタン打ち上げ」は、クラブツーリズムのツアー企画で、今日と明日の2日間、五稜郭タワーでミニクリスマスコンサートを行い(16:00頃までなので間に合わなかった)、その後、16:20頃から五稜郭公園内で約400個のスカイランタンを飛ばし、17:30頃までに終了するイベントだった
 

正面の橋から会場までの道の両側に、普段はないカラーのランタンが設置されていた。


飛ばす前


凧糸で繋いでいる・・・もう少し明るいランタンかと思ったが、予想より暗かった。


時間がもっと遅くなって真っ暗になれば、もっときれいなのかもしれないが、ガラケーのカメラなので映りも悪かった





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懐かしの大野・・・写真展「黄金の大地に」

2018年12月14日 | イベント鑑賞・参加

昨日の道新「みなみ風」に掲載されていた記事

 北斗市(旧大野村)出身の星野勲さん(86歳)が昭和30~40年代の旧大野村、旧大野町の街や人々の営みを写した写真展「黄金の大地に」が、地域交流まちづくりセンターで開催されている。なお、星野さんは、昭和29年から昭和60年代まで大野町役場に勤務していた方である。
 
 自分は、4歳(昭和23年)から高校1年(昭和34年)まで、当時の旧大野村(昭和32年から旧大野町)で育った。生まれは函館だが、自分にとっての故郷は、この大野である。

 懐かしい写真が見られることを期待して、我が家から往復11kmほどのつるつる路面ウォーキングだったが、頑張って往復してきた。歩数計は15,000歩だった。


 昭和30年から昭和40年代の写真が31点展示されていた。
 
 その中に、当時の通学路だった役場付近の町並みや意冨比神社のお祭りの懐かしい写真もあったので、写してきた。


街灯が初めて灯った昭和30年の中心地「十字街」の写真。付き辺りが意冨比(おうひ)神社。
吉野食堂が茅葺屋根だったことが、この写真で初めて分かった。
手前のお城のような建物は、当時の大野中学校の品川先生のお宅。昭和44年に解体された。


昭和31年、役場前の通りと意冨比神社のお祭りの「大野ぎおん囃子」の山車を引く子供たち。
建て替えられてはいるが、今でも営業している金丸菓子店の建物が懐かしい。その手前は、同級生のいた松屋呉服店。


昭和32年、上の写真と同じ光景を反対側から写したもの。左の大きな建物は当時の村役場。
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災い転じて福となれ!

2018年12月13日 | 日常生活・つぶやき

 2018年の世相を1字で表す「今年の漢字」が「災」に決まり、日本漢字能力検定協会が昨日、京都市の清水寺で発表した。

 我が家でも、妻が「今年の一字は災だろうね?」と話していて、自分もそれ以外に思いつかなかった。案の定、そうなった・・・確かに、2月の北陸や福井での豪雪災害、6月の大阪北部地震発生、7月の西日本豪雨災害(死者200名)、7月~8月の1946年の統計開始以来の猛暑、さらには8~9月の台風21号、24号の直撃、極め付きは、身近な9月の北海道の胆振東部地震での被災とブラックアウトなどなど、平成最後の今年は、豪雪、地震、台風、猛暑、豪雨などの自然災害の脅威を痛感した1年だった。また、人災といわれるパワハラ騒動も多かった。

 「災」は、前にもあったような気がして調べてみたら、2004年もそうだった。この年も、観測史上最多の10個の台風、新潟中越地震、浅間山の21年ぶり爆発噴火、夏は記録的な猛暑の年で。今年と同じような年だった。

  この「今年の漢字」は、日本漢字能力検定協会が一年の世相を表す漢字を一般投票で決める企画で、12月12日の発表される。12月12日というのは「漢字の日」なのだそうだ。 「いいじいちじ」と読み、1いい 2字 1いち 2字という語呂合わせのようだ。毎年「いい字」を少なくとも「一字」は覚えてほしいという願いを込め、日本漢字能力検定協会が1995年に制定している。しかし、これまでを見ても、「いい字」だけでなく「良くない字」が多いのも気に掛かる。

 新しい年号を迎える2019年は、「災い転じて福となる」年になってほしいものである。


今朝、我が家のベランダの窓に飛び込んできた久しぶりの朝日

 ちなみに、自分の今年の漢字は「歩」だったと思う。3~4月に43日間続けて歩いた「四国遍路」(逆打ち、88ヶ所+別格20ヶ所、1400km)と、11月に10日間歩いた「旧奥州街道」(三厩~盛岡)を合わせると53日にもなる。

 同じ歩きではあるが、山行日数は天候にも恵まれなかったこともあり、退職後15年間で最少の59日だった。だんだん登りたい山がなくなってきて、山だけで100日を超えることがここ数年難しくなっている。そこで、2015年から歩き旅と山旅を足して100日突破を目標にするようになった。

 山旅から歩き旅にシフトチェンジした感じになった年でもある。しかし、山旅は車中泊で歩けるが、歩き旅は宿代が掛るのが難点である。いつまで続けられるか・・・?
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オールTBSおめざ感謝祭in棒二森屋

2018年12月12日 | 食べ物

 チラシで知ったのだが、12/7~13の間、来月末で閉店する棒二森屋デパート7階催事場で、TBS系列のグルメ番組「マツコの知らない世界」「ぴったんこカンカン」「王様のブランチ」等の人気番組で紹介されたグルメが揃う「オールTBSおめざ感謝祭」が開催されていた。
 
 ちなみに「おめざ」って何かと調べてみたら、もともとは、目がさめること、子供が目をさましたときに与える菓子の類のことだそうだが、TBSの番組で使用されている「おめざ」は、単にゲスト(芸能人)のお気に入りの銘品(主に菓子)という意味だそうだ。

 このような催し物は混んでいるので避けていたが、どうしても食べたいものが2つあったので、昨夕妻と一緒に出掛けて来た。5日目だからなのか、意外と空いていた。
 その食べたいものというのは、信州の旅で食べて一番美味しかった「小川の庄の縄文おやき」と、名古屋へ行くと必ずビールのお供に食べる「世界の山ちゃんの幻の手羽先」である。


小川の庄 縄文おやき

 野菜や山菜が入った信州名物のおやきは、長野県のあちこちで食べられるが、今まで食べた中で最も美味しいと思ったのが、この長野県小川村の「縄文おやき」だった。
 ちなみに、昔の信州は米が獲れなかったので、主食に食べたのが、このおやきとそばだったそうだ。


 一番人気の「野沢菜」は残念ながら売り切れていたが、「しめじ野菜2、あずき、かぼちゃ、切り干し大根、りんご」の6個を購入。中に入っているものも美味しいが、自分はこの皮の部分のもちもち感が大好きだ。


 名古屋へ行ったら、必ずビールのお供に10本は食べる「世界の山ちゃんの幻の手羽先」



手を汚さずに食べられるくらいカリッと揚がっていて、黒胡椒が利いたピリピリ辛辛スパイシーな味が堪らない。
もちろん揚げたてが一番美味しいが、冷凍ではなかったので、オーブントースターで温めても十分美味しかった。



どこの名店なのか不明だったが、主食代わりに美味しそうだったので買い求めた「長谷川のお好み焼き」


焼き立てだったので、家を持ち帰っても温かくて美味しかった「広島風お好み焼き」


1個500円と高かったが、甘さ控えめ紅茶味のソフトクリーム(1個をイートインコーナーで2人で食べた)
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今シーズンもXCスキーレースを楽しむ

2018年12月11日 | スキー・クロカン

これまでに届いた2月中4週連続のレースの案内要項

 今年もまた例年通りXCスキーのレースを楽しみたい。加齢とともに徐々にタイムや順位は下降気味ではあるが、長距離運転が大儀でなく、完走できているうちは、その大会の最長距離の部に出場し続けたいと思っている。

 現在のエントリー予定は下記の6レースである。(1~2月のレースはエントリー済み)
 1/20(日)HBCハウス歩くスキー大会 15km
 2/3 (日)札幌国際スキーマラソン 50km
 2/10(日)おおたき国際スキーマラソン 15km
 2/17(日)恵庭クロスカントリースキー大会 30km
 2/24(日)湧別原野オホーツククロスカントリースキー大会 80km
 3/3 (日)十勝大平原クロスカントリースキー大会 42km?


先頭は、10年以上前の自分

1、XC(クロスカントリー)スキーとは
 
 そもそもは、XCスキーは、スキーを履いて自由に野山を歩き回ることである・・・したがって、山スキーもそうだし、歩くスキーもその範疇に入る。「バックカントリースキー」も同じような意味合いであろう。

 ここで言う狭義のXCスキーは、距離スキーとかスキーマラソンに分類されものである。テクニック的には、スケーティング走法とクラシカル走法があるが、一般的な愛好者は、圧倒的にスケーティング走法が多い。

 歩くスキーとの違いは、用具も全て滑走性を重視した作りになっていて、滑りやスピードが全然違う。競技性が強く、「走るスキー」と言った方が解りやすいかも知れない。滑走性を高めるための雪質に合わせたワックスの選定とワックステクニックも必要だ。

 ただし、ある程度幅広(最低2m)に整備されたコースでなければできないのが難点である。札幌などの道央には常設のコースが多く、気軽に楽しめるが、雪の少ないこの道南には、今はもう皆無になってしまった。もっとジョギングを楽しむように日常的にできる環境がほしい。

2、XCスキーを始めたのは

 自分がXCスキーにのめり込んだのは、50歳頃だった。長年取り組んできたアルペンスキーでは汗を掻くことはない。そこで、冬でも楽しみながら汗が掻けるスポーツを探していた。そのころ、たまたまワールドカップやオリンピックで大活躍していた複合の荻原健司選手のお陰で、距離スキーがTVでも放映されることが多くなった。一般スキーのスケーティング操作がそのまま応用できそうなので、自分もできそうと思ったのがきっかけである。

3、XCスキーの魅力

 自分にとってのXCスキーの魅力は、「心地よい滑走性と全身運動」と「自分のペースで味わえる大きな達成感・満足感」にあると言える。

◎「心地よい滑走性と全身運動」
 登りは非常に辛いが、そのあとに待っている下りや平地での滑走感と爽快感が堪らない。人生と同じようなもので、辛いときもあれば楽しいときもある。

 また、両腕での推進とそのための上体の筋力、交互の足で蹴っては乗り込んで滑らせる脚部の動き・・・まさに全身運動だ。ちょっとした上り坂などでは、あっという間に心拍数が上がり、心肺機能も高まるし、汗を掻くことができる。一般スキーと違って転倒しても怪我の心配がほとんどないのも魅力だ。
 
◎ゴールの達成感や満足感
 これが、遠くまで出掛けても参加したくなるレースの一番の魅力である。マラソンでもそれは感じられるが、XCスキーに比べて、単調でただ苦しいだけで、せいぜいハーフマラソンが精いっぱいである。ところが、このXCスキーは50kmでも80kmでも走れてしまうのが不思議だ。
 
 マラソンに比べて、コースに変化があり、登りは辛いが、下りでは休むことができて、すぐに元気が取り戻せることや、一歩一歩の距離がランよりはかなり長くて、膝への負荷が少ないことなどが自分好みなのかも知れない。

 レースでも、自分のレベルでは、他人と競争することは全くと言っていいほどない。ひたすら自分のペースを楽しみ、自分の辛さとの闘いだけである。天候や雪質や雪音、ワックスの選択などによって、同じコースでも、タイムや順位がその度に違うことも面白い。
 いずれにしても、この年齢で挑戦できるものがあり、達成感や満足感を味わるだけでもうれしい。

◎国内最長の「2018湧別原野オホーツククロカンスキー大会」のyoutube映像をどうぞ!
(プロがドローンも駆使して撮影している素晴らしい映像。2分52秒後に自分が左端に登場します)
https://www.youtube.com/watch?v=AJRqqg2GRqY&feature=youtu.be
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雪掻きほか

2018年12月10日 | 日常生活・つぶやき

 金曜日から4日連続雪が降り続いた。しかも真冬日が続き全然解けなかった。今朝も、自分の家の前の雪かきをした後、今冬初めて町内会館駐車場の雪かきをした。町内会活動に全然協力していないので、昨年から体力作りを兼ねて勝手にやらせてもらっている作業である。ただし、いないときもあるので、できるときだけ限定でマイペースで取り組んでいる。
 
 解けてくれることを期待して様子を見ていたが、とても解けそうもない。放って置くとあとで大変になりそうだ。4日分の積雪だったのでスノーダンプで1時間も掛ったが、うっすらと汗ばむ良い運動となった。これからは丁寧にやりたいので、こまめに取り組むことにする。

 それが終わってから、年賀状のデザインを決めて印刷をした。毎年、その年の1番印象に残った写真を使って、その年の主だった活動を文章で報告している。今年は、14年ぶりの四国遍路の写真を使った。

 裏を印刷して、いざ表書きの印刷を始めたら、プリンターかPCの調子がおかしくなったのか、設定が勝手に狂ったのか、同じ宛名が数枚ずつ印刷されたりした。毎年刷り損じは何枚かあるが、こんなことは初めてだった。再起動を掛けたらなんとか直ったが、結局10枚を郵便局へ持ち込んで1枚5円を払って、新しいハガキに変えてもらった。

 今晩は、これから顧問を仰せつかっている退職組織の理事会の忘年会に参加。
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初滑り・HYMLスキーキャンプ

2018年12月09日 | スキー・クロカン

室内での開会式

 毎年、シーズン初めにHYML(北海道の山メーリングリスト)のスキーキャンプが札幌国際スキー場で行われる。
 今年も講師の一人として参加した。今年は約20名が、上級班、中級班、初級班、テレマーク班の4班に分かれてレッスンをした。講師は、SAJ公認指導員の資格を持つ3名とテレマークの専門講師の4名。テレマーク班以外は、3名の講師が1年ごとにローテーションで上級・中級・初級を受け持つ。



今年の自分の班は、上級班の5名だった。

 このスキーキャンプは、基本的にはバックカントリースキーの技術へと繋げるものだが、このシーズン初めは、スキーの基本技術中心に講習をする。そして、次回は来月の26(土)・27(日)の2日日程で、1日目はニセコモイワスキー場で、深雪スキーの技術中心の講習をし、2日目は羊蹄山の森林限界の上まで登って、滑り下りるという実践編の予定である。


来月の再会を期しての閉会式

 朝は非常に寒かったが、風がなかったせいか、滑り始めたら寒さを感じることはなかった。1日中雪が降りしきる中での講習だったが、雪質が良かったので、初滑りにしては気持ちよく滑ることができた。

 終了後、15:30にスキー場を出て、雪の降りしきる中を走り、八雲で夕食を摂り、20:30には帰宅できた。
 ただ、朝から妻に連絡を入れるのを忘れた上に、車の中にスマホを置いたまたスキー場へ出て、帰りの運転中も妻からのラインに気付かなかった。そのために、車中泊で凍死したか二酸化炭素中毒死したか、途中で道路脇に転落死でもしたのではないかと凄く心配したらしい。
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一気に冬到来

2018年12月08日 | 日常生活・つぶやき

我が家の前のバス通り

 昨日から降り出した雪が今日も続き、遅ればせながら一気に冬到来といった感じになった。 
 今シーズン初の雪掻きも昨日1回、今日は朝と昼の2回もした。今日から明後日まで真冬日が続きそうな気配である。果して、根雪になるか?
 しかし、クリスマスでも雪がない年もある。今年は暖冬予報なので、また解けるだろう。

 そんな中、明日札幌国際スキー場で開催されるHYMLスキーキャンプの講師を依頼されているので、午後から、先週に引き続き、札幌へ向かった。
 例年は4時に出て日帰りをしていたが、今回は無理しないで、今日の午後に出た。
 穏やかな天候で、順調に走行できた。しかし、先週は雪景色や雪道は静狩峠と中山峠だけだったが、さすが、今日はずっと雪道だった。
 
 秀岳荘で欲しいものがあったので、市街地へ向かった。しかし、渋滞していて、いらいらするので止めて、小金湯温泉へ戻った。


初めて入った湯元小金湯

 これまでは、数年前まで500円だったまつの湯に入っていたが、来る度に高くなって、650円になっていた。そこで、100円しか違わないその上にある湯元小金湯に初めて入ってみた。こちらは、混んでいたが、建物が新しいので気持ちが良い。
 70歳以上は、手ぶらセットでOKだったが、100円でも安くしてくれた方がうれしいのだが…。


ほぼ貸し切り状態のリクライニングルーム

 夕食を食べて、リクライニングルームでのんびり過ごしている。このあといつも利用する近くの豊滝除雪センターの駐車場で、どこでもホテルの予定。
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