とはずがたり

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スーパースプレッダーの存在

2020-05-22 09:55:10 | 新型コロナウイルス(疫学他)
チフスのメアリー(Typhoid Mary)の名で知られるMary Mallon(1869年9月23日 - 1938年11月11日)は、New Yorkの様々な場所でチフスのアウトブレークの元凶になったということで最後は強制的に隔離されてNew Yorkの離島North Brother Islandの隔離病院で亡くなったのですが、「健康保菌者」そして「スーパースプレッダー」の存在を世に知らしめるきっかけになったことで有名です。彼女自身は全く無症状だったのですが、チフス菌の排菌を続けて周囲に感染を広げたといわれています(死後解剖で胆嚢に腸チフス菌の感染巣があったことが確認されています)。今回の新型コロナウイルス感染症についても、流行当初から一部の患者がスーパースプレッダーとなってクラスターの形成に関与したのではないか、と想像されています。もしそのような存在が確認されれば、その人たちへの優先的なワクチン投与などの対応で感染拡大を抑止できるかもしれないということで注目されています。そのような意味で、このScienceのコラムでは日本のクラスター対策、そして三密を避けるという対応は絨毯爆撃的な欧米のロックダウンよりもすぐれていたかも、と珍しくほめています(⌒∇⌒)
またコラムの中ではすっかり有名になったreproduction number (R)ではなく、どのくらいクラスターが感染の広がりに寄与しているかを表すdispersion factor (k)を考慮することが重要であるとしています。k factorが小さいほどクラスターが感染拡大に寄与する割合が高いということになり、SARSのk factorは0.16、MERSは0.25、そして1918年のインフルエンザは1.0程度(クラスターは拡散に寄与していない)とされており、London School of Hygiene & Tropical MedicineのAdam Kucharski らはSARS-CoV-2のk factorは0.1程度で、10%の患者が残り80%に感染を広げたのではないかと算定しています。これが正しいかどうかわかりませんが、拡散しやすい感染者がいるのであれば今後の対策のためにその同定は重要でしょう。
しかしスーパースプレッダーの調査が犯人捜しのような状況になると(そうなることが容易に想像できますが)、プライバシーの侵害や差別につながるので十分な注意が必要です。Mary Mallonが結局大変不幸な人生を歩んだということは、感染対策とプライバシー保護とのバランスをとることの難しさも物語っています。百年前の悲劇を繰り返さないためにも科学的で冷静な対応が必要だと思います。


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