とはずがたり

論文の紹介や日々感じたことをつづります

ヒト癌株細胞の転移臓器マッピング

2020-12-11 11:42:37 | 癌・腫瘍
悪性腫瘍の転移臓器は腫瘍の種類によって特異的なパターンがあることが知られています。例えば骨転移の頻度が高いものとしては前立腺癌、乳癌、腎癌、甲状腺癌、肺癌などが有名です(鉛のヤカン=PBKTL; P: prostate, B: breast, K: kidney, T: thyroid, L: lungと覚えました)。この論文で著者らは遺伝子バーコードでラベルした様々なヒト株細胞をNOD-SCID-gamman(NSG)マウスの心臓に投与するという転移モデルを用いて、500もの腫瘍株細胞の転移部位(脳、肺、肝、腎、骨)マップMetMap500を作成しました。また臨床データベースからこのMapが臨床的な観察とも合致することを示しています。様々な転移部位から脳転移に着目し、脂肪酸代謝が重要な役割を果たしており、脂肪酸代謝を制御するsterol regulatory element-binding protein(SREBP)-1の脳転移への関与を明らかにしました。普通骨転移に着目するやろ!という文句はさておき、今後このデータベースを用いて様々な部位の転移メカニズムが解明されることが期待されます。 
Jin, X., Demere, Z., Nair, K. et al. A metastasis map of human cancer cell lines. Nature 588, 331–336 (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2969-2 

Extracellular vesicles and particlesを用いた癌の診断法

2020-08-21 08:32:46 | 癌・腫瘍
Liquid biopsyは癌の早期診断における有用性が期待されている手法です。米Weill Cornell Medicineの星野歩子先生らのグループは以前から癌のバイオマーカーについて網羅的な解析を行っておられましたが(Nature. 2015 Nov 19;527(7578):329-35など)、今回は多施設共同研究によって患者血清および癌を移植したマウスの血清からextracellular vesicles and particles (EVPs)を単離、解析し、機械学習と組み合わせることによって90%以上という高い感度・特異度で多くの種類の癌の診断が可能なバイオマーカー(を用いたアルゴリズム)を明らかにしました。大変すばらしい成果であり、今後の癌早期診断のスタンダードな手法になる可能性があります。 

ホルモン補充療法の乳癌リスクに対する影響ーWHI研究の長期フォローよりー

2020-08-05 09:51:49 | 癌・腫瘍
結合型エストロゲン(conjugated equine estrogen, CEE, プレマリンⓇ)は女性の更年期症状を緩和し、骨密度を上昇させる効果を有することから欧米ではごく一般に処方されている薬剤ですが、これまでに乳癌リスクや死亡率を上昇させる、いや違う、など矛盾した結果が報告されており、未だに議論があるところです。特に有名なのはWomen’s Health Initiative(WHI)という子宮のある女性を対象にした大規模なホルモン補充療法(HRT)に関する前向きランダム化比較試験です。WHIではCEE(0.625 mg/day)および黄体ホルモンmedroxyprogesterone acetate(MPA)(2.5 mg/day)の配合錠の投与により、大腿骨近位部骨折および大腸癌のリスクは減少したが、冠動脈疾患、脳卒中、静脈血栓症、そして浸潤乳癌のリスクが有意に上昇したことから、一部の治療群は途中で中止となりました(Rossouw et al., JAMA. 2002;288(3): 321-333)。WHIのこの結果は、ラロキシフェンなどSERM(selective estrogen receptor modulator)開発の後押しになったことでも有名です。さてWHIでは子宮摘出を受けている参加者は子宮体癌のリスクがないことから、CEE単独群とプラセボ群に割り付けられたのですが、CEE単独投与群では13年のフォローアップで継続した乳癌リスクの低下が認められたことが報告されています(Manson et al., JAMA. 2013;310(13): 1353-1368)。しかし最近の観察研究から得られた結果はこのような結果に矛盾するものであり、Collaborative Group on Hormonal Factors in Breast Cancerからのmeta-analysisでは併用、単独いずれの群でも乳癌リスクが上昇するとしていますし(Lancet.2019; 394(10204): 1159-1168)、Million Women Studyでも両群とも乳癌死亡率を上昇させるとしています(Kim et al., Breast Cancer Res Treat. 2018;170(3):667-675)。
今回の研究の目的はWHIの20年以上にわたるフォローアップからHRTによる乳癌リスクを検証したものです。
(結果)対象となったのは1993年-1998年にWHIに参加したベースラインのマンモグラフィで乳癌を認めなかった閉経後女性で、年齢は50-79歳でした。乳癌の既往がある女性は除外されています。CEE+MPA群は中央値5.6年、CEE単独群は7.2年で介入中止となっています。その後のサーベイでHRTを個人的に行っていた参加者は4%未満でした。今回の調査は2017年12月31日までのフォローアップの結果です。生存者のうち80%が調査に同意しました。
当初のWHI参加者は27,347人で、CEE+MPA群が8,506人、プラセボが8,102人、子宮摘出を受けていた参加者のうちCEE単独群が5,310人、あるいはプラセボ群が5,429人です。2017年12月31日の時点での観察期間は中央値20.3年です。
CEE単独群ではプラセボと比較して有意に乳癌発生は少なく(0.30%/year vs 0.37%/year; HR, 0.78; 95% CI 0.65-0.93; P=0.005)、エストロゲン受容体陽性、プロゲステロン受容体陰性の乳癌で最も強い関連がありました。また乳癌による死亡もCEE単独では有意に少ないという結果でした(0.036%/year vs 0.046%/year; HR, 0.60; 95% CI, 0.37-0.97; P=0.04)。
一方CPE+MPA群では有意に乳癌発生率が高く(0.45%/year vs 0.36%; HR, 1.28; 95% CI, 1.13-1.45; P<0.001)、治療開始後6年以降有意な高値が続いていました。しかし乳癌による死亡率には有意差はありませんでした(0.045%/year vs 0.035%; HR, 1.35; 95% CI, 0.94-1,95; P=0.10)。
今回の結果と観察研究の結果の相違には、参加者の年齢の違い(WHIの方が高年齢)、マンモグラフィーの頻度の違いなどいくつかの理由が考えられます。もちろんこれでHRT論争に決着がついたわけではありませんが、長期のフォローアップによってHRTの乳癌リスクを明らかにした点で価値が高い研究と言えるでしょう。


神経線維腫症1型に対してMEK阻害薬selumetinibが有効

2020-03-21 17:35:18 | 癌・腫瘍
Neurofibromatosis type 1はvon Recklinghausen病の名前で有名ですが、autosomal dominantの遺伝様式をとり、神経線維種(neurofibroma)が多発する疾患です。時として悪性化することがあるので、大きくなったものは切除することも多いのですが、厄介なのは腕神経叢など主要な神経にできた腫瘍や脊椎近傍に出現した場合などは切除不能なこともあり、巨大になってくると高度な骨破壊をきたすなど、かなり厄介な疾患です。原因遺伝子であるneurofibromin(NF1)はsmall G proteinであるRAS遺伝子のGTPase-activating protein であり、RAS-MAP kinase系を抑制する分子であり、NF1患者ではNF1遺伝子の変異によってRAS-MAP kinaseの恒常活性化が生じることが疾患の原因と考えられています。アメリカNational Cancer InstituteのWidemannらは、以前のphase 1 trilaにおいて手術不能なNF1症例に対してMEK阻害薬selumetinibが有効である可能性を報告しています(Dombi et al., N Engl J Med. 2016 Dec 29;375(26):2550-2560)。本論文はこれに続くphase II trialであり、selumetinibの重篤な神経線維種である叢状神経線維種(plexiform neurofibroma)症例に対する臨床的な有用性を検証したものです。
臨床的にNF1の診断を受けている2歳から18歳までの症例で、切除不能な叢状神経線維種のある患者を対象にしました。本論文で対象にしたのは腫瘍による合併症が1つ以上ある症例です。Selumetinibは25 mg/体表面積で12時間ごとに内服し、28日間を1サイクルにしています。組み入れ時において進行症例については、腫瘍が進行しない限りは内服を継続することを許容し、進行していない症例については最長2年までの継続を認めています。効果判定はMRIを用いた腫瘍体積測定、そしてNumerical Rating Scale(NRS)-11などの臨床指標やPROを用いています。
トータル50例(年齢中央値10.2歳、3.5-17.4歳)が研究に組み入れられ、42%は進行例でした。70%でpartial response、56%は1年以上継続する効果が見られました。腫瘍体積変化の中央値は-27.9%(-55.1%~+2.2%)、3年間のprogression-free survivalは84%でした(age-matchした対象群では15%)。また様々な臨床指標にも改善が見られ、56%の症例で筋力の改善、38%で関節可動域の改善が見られました。5例はselumetinibに関連すると考えられる有害事象のため投与中止、6例では進行が見られました。
本研究は、これまで有効な治療法がなかった切除不能の叢状神経線維種に対する治療手段を提示したという点で画期的な成果だと思います。Selumetinibはアメリカで2019年11月14日に症候性・手術不能な叢状神経線維腫治療薬として申請されており(https://medical.jiji.com/prtimes/7617)、日本でも早期の承認が期待されます。
N Engl J Med. 2020 Mar 18. doi: 10.1056/NEJMoa1912735. [Epub ahead of print]
Selumetinib in Children with Inoperable Plexiform Neurofibromas.

ソーシャルメディアを使った悪性腫瘍研究

2020-03-14 19:16:02 | 癌・腫瘍
稀少癌を対象にして、患者を研究者とソーシャルメディアを使って結び付け、研究のパートナーとなってもらう患者参画研究が進んでいます。米国およびカナダの血管肉腫を対象にしたAngiosarcoma Project(https://ascproject.org/)では18カ月で338人の患者が登録され、whole exome sequencingからKDR, TP53, PIK3CA. PIK3CA-activating mutationsなどが見つかりました。遺伝子変異量(TMB: Tumor Mutation Burden)の高い、様々な治療に抵抗性であった2症例については、オフラベルで抗PD-1抗体が使用され、著効を示したそうです。
Nat Med. 2020 Feb;26(2):181-187. doi: 10.1038/s41591-019-0749-z. Epub 2020 Feb 10.
The Angiosarcoma Project: enabling genomic and clinical discoveries in a rare cancer through patient-partnered research.