サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

サイババさんの幽体離脱

2016-03-09 00:00:01 | 日記
人間を除く全てのものは、自然の法則にしたがって生きています。
明日を、思い煩うこともなく、あるがままに満ち足りた生活を営んでいます。
自然は、創造物に何の不足もないように面倒を見ます。
然るに人間は、例えどのように多くのものを持とうとも、どのような安楽を享受しようとも満足を知りません。
彼はさまざまな物を欲しがり、そして物を欲しがる心を愛と考えます。
一旦そのような執着心が身につくと、欲望を追う衝動は止どまることを知りません。
そのような愛は、自分の利益と自己中心的な心に根ざしていることを、彼は気付かないのです。
今日の世の中で愛といわれているものは、実は利己心と自分の利益のみを考える心に他ならないことを、はっきり知っておかねばなりません。
彼のどの想念、どの言葉、どの行為をとってみても、利己心という悪魔が存在します。
人間は利己的衝動によってもてあそばれています。
利己心によってがんじがらめに縛られた人生は、迷妄にとらわれた人生といえます。
彼は、利己心という牢獄にとらわれた囚人です。
そのような人は、真の実在について経験することは出来ません。6/1985

ヨシオ:ババは、本当にたくさんの奇跡をカレッジの学生たちにされたよな。このブログでも幾つか面白いのを選んで紹介したけれど。

ポニョ:おいらがアシュラムにいた頃も、ホワイトフィールドのカレッジの図書館に行って本を読みによく行ったんやけれど、そこで知り合った学生からいろんな奇跡の話を聞けて面白かったぜよ。

ヨシオ:ポニョは結構長くインドに滞在していたもんな。まだ言い忘れていた奇跡で面白い奴があるか?

ポニョ:このブログに載せていないけれど、まだまだいっぱい面白い奇跡はあるぜよ。例えば、ババは毎日、トライブリンダヴァンというババがお住まいになっているところで学生たちの為に時間を設けて講話をされたり、個人的な問題を聞かれてアドヴァイスをされたり、バジャンセッションをされたり貴重な時を学生たちと過ごされるんやけれど、その時に神といつもいる事によって満足することが、どれくらい大切かを身をもって教えて下さったんや。その為に次のような奇跡をされたんや。

ヨシオ:トライブリンダヴァンでのババと学生たちとの交流は、学生たちが一番楽しみにしている時間やもんな。

ポニョ:ババはその日、最初に御講話を始められたんや。テーマは人生の目的から始まって、君たち一人ひとりは神で、実はすべては神だという話やったんやけれど、奇跡が起こったのはその講話が終わり、ババがもう一度部屋に入って来られた時に起こったんや。ババは部屋に入られるや否や学生たちに、こんな質問をされたんや。「君は誰だね?」と。
それで、そこにいた学生たちは一瞬自分の名前を言おうとしたんやけれど、つい今しがたババの講話の中で、ババが自分たちは神だと言われたのを思い出して、ババにこう言ったんや。「ババ様、自分たちは全て神から来ましたので神です。つまり水滴が大海に落ちればそれは大海の一部となるでしょう。それと同じです。自分たちはババ様と一緒です。そうです。自分たちはババ様なのです。」するとババはこう答えられたんや。
「もし君たちがババであり神であるなら、幽体離脱をして見せてごらん?」と。
それを聞いて、学生たちは何も答えられずに全員沈黙していたんや。するとババは
「さあやってごらん。」と言われたんや。そしてそこにいた誰も言うべき言葉を持っていないので、ババは続けてこう言われたんや。
「君たちが自分自身の中にある神聖さを経験したければ、君たちに授けてある神聖な力を使って自然の法則を凌駕出来なければならない。君たちにそれが出来るのかい?」と。
そう言われた後、ババは椅子から立ち上がって「見てごらん。私は今から肉体から離れて見せてあげよう。」と言われた途端、椅子に気を失ったまま倒れ込まれたんや。そこにいた学生たちはショックで全員立ち上がり、気絶して動かなくなってしまったババの元に駆けつけようとしたんやけれど、カレッジの先生方が学生たちを押し戻したんや。そしてすぐにババの日常的な健康を任されている医師が呼ばれて、気を失って倒れたままのババをチェックしたんや。すると医師は震え始めたんや。といのもババは呼吸をしておらず、脈も打っていなかったんや。

ヨシオ:普通、幽体離脱って言うと霊体が体から離れてもまだ呼吸もするし、脈も打っているんやけれど、ババの場合は完全に生命体まで抜けてしまったんやな。いわゆる死んだ状態なんや。こんな事は普通サイキックだと言われている人でも出来ないやろな。あの幽体離脱で有名なスウェーデンボルグも、幽体離脱をしている間、誰かに自分の中肉体の面倒を見るように頼んでから抜け出したもんな。

ポニョ:息もせず、脈も打っていなかったら医者も驚いたやろな。でもシルディババの時も何日間も死体の状態で帰って来られなかったエピソードがあるよな。

ヨシオ:サティアサイババの時も、昔、ヴェンタカタギリの王様と有名な歌手がアシュラムに滞在していた時に、ババは体から抜け出してしばらく帰って来られなかったので、王様はてっきりババが死なれたと思い、近くの町まで車を飛ばして、その頃ババに近かった帰依者全員に「ババ死す。すぐにアシュラムに来い。」と電報を打たれたんや。そして二、三日してその電報を受け取った帰依者たちが血相を変えてアシュラムにやって来ると、ババは息を浮き返し、何事もなかったように仕事をされ始めたんや。

ポニョ:それって考えられないよな。普通ではインドのような暑いところでは呼吸もせず、鼓動も打っていない肉体であれば、一日も経てば死臭がして来るぜよ。

ヨシオ:だからババは、自然の法則を凌駕出来なければならないと言われたんやろな。それからどうなったんや?マハサマディには入られたと言って葬式の用意か?それまでにババは太陰暦で九十六歳まで生きられましたので、ババの予言は成就しました。という聞き苦しい言い訳は通じないやろ。まだババが七十代の頃やろそれが起こったのは。

ポニョ:あんたの会話はいつも皮肉っぽいぜよ。ババは皮肉っぽい会話は良くないって言っておられるぜよ。おいらみたいにストレートに話せないんか?

ヨシオ:ババも皮肉っぽく話される時が多いけれどな。これは俺の昔からの癖やな。大家族で育ったから直接人に言えば喧嘩になるから、いつも間接的にしか言えないんや。ところで、ババが降臨された一つの目的は人々の意識を高められて、人々が自然の法則を超えて自然をコントロールできる力を持つようにする為なんや。そうすれば自然災害にも打ち勝てるようになるんや。それでその後どうなったんや?

ババ:アヴァターは、人々が霊性の法則の真理を理解することができるよう、人を高次の意識レベルへと導きます。そうすることで、人々は正義へと向き直り、より良い状態になるためにしっかりと働くことができるようになります。この方法は、人々を自然、および、因果応報というカルマの法則に再び結び付けます。すると人々は、今、自分たちが被害者として巻きこまれている因果応報のサイクルを超越し、それによって、あなたの言ったような災害を未然に防ぐことができるよう、自然の力を調整するようになるでしょう。

問い:  つまり、あなたは、今、人類が自らの運命を制することができるよう、人類の意識を神に近い状態に引き上げているということですか?

ババ; その通り。 人類は私のサンカルパ シャクティ(神の力、宇宙エネルギー)のシェアホルダー(分かち持っている者、株主)です。私は人類を通して働き、人類に宿る神を目覚めさせ、人類が自然の法則と力を支配することができるよう徐々に人類をより高次の実体へと進化させなければなりません。もし、私が何でも即座に治して人々を今のレベルに留まらせていれば、人々はすぐに、すべてをめちゃくちゃにし、また互いにいがみ合い、その結果、世界は前と同じ混沌とした状態になってしまうでしょう。
苦難も困難も、宇宙のドラマの避けることのできない一幕です。そうした災害は、神が定めたものではなく、人間が自らの悪業(あくごう)の報いとして招いたものです。それは人間を矯正するための罰です。そうした罰は、人間が「サット・チット・アーナンダ」(絶対実在・純粋意識・至福)、すなわち英知と至福を有する神に近い状態を体験できるよう、人々に悪の道を歩むのをやめさせ、正しい道へと連れ戻します。これらはすべて、大いなる統合の一部であり、そこではネガティブなもの(負・陰)はポジティブなもの(正・陽)の栄光に服従します。そのようにして、死は不死を称え、無知は英知を称え、苦は至福を称え、夜は夜明けを称えます。
ですから、結論として、もし、あなたが言ったように、即時の終焉をもたらすためにアヴァターが災難を引き起こすとしたら――私にはそれができますし、どうしても必要とあらばそれを行いますが――カルマの法則にのっとった、創造のドラマ全体が崩壊してしまうでしょう。そうした災難は、神が人間にもたらしたものではなく、まさしく人間が人間にもたらしたものであるということを覚えておきなさい。ですから、人間は、カルマ的なものを超越して指揮権を持つことができるよう、エゴを滅ぼし、代わりに超越的な意識を持つことによって、自らを壊して作り変えなければなりません。MBAIp95-p96

ポニョ:この後、学生たちは困惑してどうしようか分からなかったんやけれど、しばらくしてから、みんなでババがすぐに体に戻られるように心を込めてバジャンを歌おう、と誰かが言い出したので、そうする事にしたんや。そしてみんなが普段よりも大きな声で心を込めてバジャンを歌い始めたんや。一曲目が終わり、二曲目に入っても生命が戻った形跡が全然現れず、三曲目、四局目と歌い続けて言ったんや。そして六局目を歌っている時に、手の指が少し動き始め、学生たちは喜んでより大きな声で歌っていたら、ババは戻られたんや。そして学生たちにその曲を歌い終わったらバジャンをやめるように言われて、次のように話されたんや。学生たちは一体ババがどのような話をされるんだろうと、固唾を飲みながら聞いていると、ババは「神聖さの最高の至福の真っ只中にいる者にとっては、普通の自然の法則にとらわれる事はないのだ。君たちが今目撃した事は、取るに足らないような小さな例だけれど、これは私がいつも、現在、過去、そして、これからもいる最高の霊的境地にいる者のみが体験できるのだ。
君たちが覚えておかなければいけない事は、神様は外を探してもいなくて、君たちの内側を探さなくてはいけないって事なのだよ。君たちが幸せを望むのであれば、それは快適な生活の中にではなく、神といつも一緒にいるという満足した心の中にあるんだ、という事を理解しなければいけないんだ。」と言われたんや。

地位、身分、学識、権力、富、名誉などを得たとしても、それは心の平安を与えてはくれません。
心の平安は誰からも得ることは出来ませんし、どこかにあるわけでもありません。
外界の物事や所有物があなたに心の平安を与えてはくれません。
平安を失うそもそもの原因は、欲望の束です。
~平安と幸福は、満足のうちにあります。最も裕福な人は誰でしょう。
満足している人が最も裕福な人です。
それでは最も貧しい人は誰でしょう。
たくさんの欲望を抱えている人が最も貧しい人です。STPSp118


ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
« 0.2%の神さんって誰? | トップ | 世界が栄光に包まれる時 »
最近の画像もっと見る

日記」カテゴリの最新記事