あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

成人の日に川越スタンプラリーへ(埼玉)

2020-01-15 21:30:14 | ウオーキング
2020年1月13日(祝・月)

 新成人を祝うかのような快晴となった令和最初の成人の日は、最近入手したリーフレッ
ト「川越スタンプラリー かわごえん」に参加することにした。
     
 このスタンプラリーは1月4日(土)から3月1日(日)まで実施され、川越市内6カ
所のパワースポットや史跡・旧跡を巡るもの。すべてのスタンプを集めるとオリジナル商
品がもらえる(なくなり次第終了)という。


 西武新宿線の終点、本川越駅に10時22分に着いた。構内にある本川越駅観光案内所
で、スタンプラリー用の小冊子「かわごえんスタンプラリー」と「時薫るまち 川越散策
マップ」をもらう。
         
 6か所をどのような順序で回るかは自由なので、冊子と地図を見ながら回るルートを大
まかに決め、10時35分に本川越駅東口をスタートした。

     リーフレット裏面の地図のうち、必要部分のみを示す。
    


 北に延びる中央通りは久しぶりだが、拡幅されて電線も地中化されていた。行き過ぎた
連雀町(れんじゃくちょう)交差点まで進んで西へ、次の交差点で南へと迂回して中央小
の南西角をさらに右折して西へ向かう。


 カトリック川越教会があり、入口右手のコンクリート製の岩の中に聖母マリア像が祭ら
れていた。
     


 古い建物が目に入る通りを川越市駅入口交差点や六軒町交差点など右折を重ね、六軒町
会館の横を入ると、児童公園の奥に最初のスタンプ地の「六塚(むつづか)稲荷神社」が
ある。

 このポイントは分かりにくい場所とのことで、観光案内所で案内チラシももらったのだ
が、よく見なかったためにウロウロすることになった。

 六塚稲荷神社は、川越の町にあった6つの塚を1か所にしてお稲荷様を祭ったようで、
川越城が築城された長禄元(1457)年にはすでに鎮座していたらしい。

 拝殿は小ぶりで、南側は先ほど立ち寄ったカトリック教会。その教会を背に、「川越町
駅の碑」が立っている。

 碑には、現在の東武東上線川越市駅を建てた時に、六軒町の人たちが合わせて5千坪も
の土地を寄付したことが記されているようだが、碑文は判読し難い。

 その前に「水準点」表示もあり、地形図では20.0m水準点だが、水準点らしいのは
見つからない。

 公園の南西側には、10月の川越祭りに出る三番叟(さんばんそう)の山車蔵(だしぐ
ら)もあった。


 六軒町交差点に戻り北へ、二つ目の交差点を右折し少し戻って東進し、二つ目のスポッ
ト、「連馨寺(れんけいじ)」に南側から入る。

 連馨寺は、室町時代に創建された歴史ある浄土宗の寺。徳川家とも深い関わりがあり、
葵(あおい)のご紋をつけることが許された数少ない寺院のひとつだという。

     
 本堂前に真っ赤な「おびんづる様」が祭られている。自分の身体の悪いところと同じ場
所をなでると直してくれる優しい仏様とか。その横には、にこやかな和顔地蔵尊も並んで
いた。
          

     
 川越七福神の福禄寿神の寺でもあり、境内には子育水子地蔵菩薩も祭られ、焼だんごや
太麺焼きそばの店もある。


 東側の中央通りに出て北へ、仲町交差点の先は、埼玉県内で唯一の国の伝統的建造物群
保存地区。電線は地中化され、どっしりとした土蔵造りの建物が両側に続いていて、多く
の観光客で賑わう。




 ただ、市の中心部を南北に貫く主要道のため、車の交通量が多いので注意が必要だ。



 仲町交差点周辺を少しだけ眺め、交差点から東の通りへ。

 こちらも古い洋館や土蔵造りの建物が続き、その土蔵造りのひとつが観光案内所になっ
ていた。




 観光案内所


 次の細い通りを北に少し進むと、三つ目のポイント、「旧山崎家別邸」が東側にあった。

 仲町交差点の角に蔵造りの店舗がある、川越を代表する老舗和菓子屋「亀屋」の5代目
当主・嘉七氏の隠居所だった別邸。昨年9月末には国の重要文化財に指定されている。

 母屋と外周路は公開されているので、スタンプ押印前に管理棟で入場料(100円)を
払って観覧する。



 南に延びる外周路から庭園を少しだけ眺めて母屋に入り、洋室や和室など幾つかの部屋
を回って立派な建物や調度品などを眺めた。












 同じ通りを北へ、近くの民家にプラネタリウムが併設されている。



 T字路に達して左折すると再び観光客が増え、成人式を終えた新成人らしい姿も。


 その一角に川越のシンボル、時の鐘がある。 
     
 寛永年間(1624~44)、川越藩主、酒井忠勝により建てられたと伝えられている
よう。現在の鐘楼は、明治26(1893)年の川越大火の翌年の再建。環境庁の「残し
たい日本の音風景百選」に選定されている。


 時の鐘のやぐらを入った突き当たりには、小さい社殿の薬師神社が祭られ、その前で獅
子舞が演じられていたが、人だかりで見ることはできなかった。


 西側の中央通りに回り、蔵造りの建物が続き観光客で賑わう通りを北進する。







 途中の小江戸横丁と呼ぶ建物内にも立ち寄ってみた。


 伝統的建造物群保存地区の北限近くには川越まつり会館がある。10月の川越まつりに
曳(ひ)かれる山車を展示しているが、観覧は省く。


 まつり会館の北側辺り、道路を挟んで東に延びる細い通り、しあわせ稲荷小路(こうじ)
へ。右手に大きなクスノキがあり、その下に稲荷神社は祭られていた。



 左側にある寿司店「幸すし」↑のもので、お参りした人に幸せが続出したため、「しあ
わせ稲荷」と呼ばれるようになったという。


 東北東に少しで市役所前交差点に出た。市役所の南西側、交差点際に「川越城大手門跡」
の標石が立ち、そばに、狩り姿の「太田道灌公像」がある。
     

     
 川越は古代からこの地方の文化の中心地だったが、太田道灌は長禄元(1457)年に
川越城を築き、さらに江戸城を築いて川越の文化を江戸に移したので、「川越は江戸の母」
と呼ばれたという。


 市役所西側を走る県道51号を裁判所前公交差点まで進んで東進し、4つ目のポイント、
「川越氷川神社」に入る。

 およそ1500年前の古墳時代に創建されたと伝えられる古社で、川越の総鎮守。「縁
結びの神様」として多くの人に崇敬され、仕事や人間関係などさまざまな「良縁」も結ん
でもらえるという。


 境内はたくさんの参拝者で賑わい、赤鯛(たい)を釣り運勢を占う「一年安鯛(あんた
い)みくじ」や、流れに人形(ひとがた)の小舟を流す「人形流し」をする人も。

 高さ15m、木製では国内随一の大きさという大鳥居から出た。


 氷川神社前交差点から南進して郭町(くるわちょう)交差点へ。少し東に向かい、博物
館前交差点を南に入る。


 川越城本丸御殿↑の東側が、5つ目のスタンプのある「三芳野(みよしの)神社である。


 三芳野神社は「お城の神様」として庶民の信仰も篤(あつ)かったが、江戸時代には普
段は立ち入れなかったとか。城内に入り参拝できたのは年一度の大祭の時か、七五三の祝
いの時だけだったよう。

     
 そんな庶民の気持ちから、わらべ唄「通りゃんせ」が生まれ、境内西側に「わらべ唄発
祥の所」碑が立ち、そばにスタンプ台がある。

     
 境内は、クスの古木やケヤキの高木が目につく。「とおりゃんせ」に歌われた参道を南
に抜けて神社を後にした。


 住宅地や上下水道局庁舎横などを南南西に進んで喜多院(きたいん)交差点を横断して、
だるま市で有名な喜多院に入る。

 「川越大師」として親しまれる寺院。3代将軍家光が、江戸城から家光公誕生の間や春
日局(かすがのつぼね)化粧の間などを移築しており、徳川家とゆかりが深く、多くの建
物が国の重要文化財に指定されている。


 広い境内には露店が並び、参拝者も多い。慈恵堂前で手を合わせ、東南側の鐘楼門から
出た。


 南側、近くの中院(なかいん)にも立ち寄る。

 中院は、天長7(830)年に慈覚大師が創建。永仁4(1296)年に北院(現喜多院)、
南院とともに再興されたとか。寛永10(1633)年に仙波東照宮建造の際に当地へ移
転したという。


 境内北側の道を入って本堂に参拝し、南側の道を折り返すと、島崎藤村が記した「不染」
という記念碑があり、背後の建物には「不染亭」の表示がある。

 藤村の義母、加藤みきはここで生まれて上京後、再び戻りここで没したようで、みきは
茶道の師匠で「不染」と号したとのこと。それにちなんだ記念碑らしい。


 中院の南側を西進して川越工高の南西で県道51号を横断し、南東側にある最後、6つ
目のスタンプ地である「川越八幡宮」へ。


 創建からおよそ千年になる古社だという。拝殿は東向きで、右手には葉書の木として知
られるタラヨウが葉を広げ、その前に「厄割桃(やくわりもも)」と呼ぶ厄落としの祈願
所がある。
     


 拝殿左手に並ぶのが民部(たみぶ)稲荷神社。「相撲稲荷」とも言われ、「足腰の健康」
に御神徳があるようなので、八幡宮とともに参拝した。
     
 その前に、「縁結びイチョウ」が立っている。明仁上皇が生まれた昭和8(1933)
年、男イチョウと女イチョウを植樹したが、いつしかその2本は寄り添い、1本に結ばれ
たことに由来するよう。

 これで6か所すべてのスタンプを押し終え、14時過ぎに西側参道から神社を後にする。

 西側の八幡通りを北に少し、一番町通りを抜けてクレアモールと呼ぶ川越で一番の繁華
街に出た。


 角にあった三ツ矢堂製麺というつけ麺の店に入り、遅い昼食をする。注文したのは「と
ろろ山菜つけめん」で、おいしくいただく。
    


 通りを挟んだ紀伊國屋(きのくにや)書店や北側の西雲寺(さいうんじ)に少しの時間
立ち寄った。


 本川越駅には15時02分に戻った。


 観光案内所でアンケートに記入してスタンプ帳を提示し、↓オリジナル商品の手鏡をも
らう。これは表面で、ふたを開けると鏡面がある。
         

 15時17分発の西武新宿線上り急行電車で帰途につく。

 最初の六塚稲荷神社と3番目の旧山崎家別邸、そして最後の川越八幡宮以外は何度か
訪れたところだが、新しい発見もあり、いつ来ても川越は魅力ある町歩きができる。

(天気 快晴、距離 8㎞、地図 「時薫るまち 川越散策マップ」、歩行地 川越市、
 歩数 15,600)
 
 




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コメント (2)
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