さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

吉田漱さんのこと 「未来」の短歌採集帖(3 ) 訂正

2016年09月25日 | 現代短歌
 「一太郎」ファイル復活の第二弾で、「砦」の文章を手直しして再録する。元の雑誌が出て来ないが、2007年後半の文章である。

 大辻隆弘著『岡井隆と初期未来』(2007年六花書林刊・三千円税別)が刊行された。三八八ページの大冊である。この本の基本資料となっている「未来月報」を私は見たことがない。全部そろっていなかった月報が次々と筆者の手元に集まりはじめる話は、感動的である。大辻はそこから、戦後間もない時代、昭和二十年代後半の若者たちの人間ドラマを生き生きと掘り起こして来る。岡井隆はもちろんだが、『未来歌集』と「未来月報」の両方の製作に、几帳面で記録魔だった吉田漱が深くかかわっている。『相良宏歌集』も同様である。第一章のタイトル「風のような人物」という語は、岡井が吉田の歌集に寄せた文章から取られている。
 以下は私的な覚書を書くが、『未来歌集』と初期の「未来」の人々については、最近の「みぎわ」に稲葉峯子の印象的な連載が何度か載ったのが印象に残っている。私は大辻の著書の刊行をきっかけとして、稲葉にあの文章を再開してほしいと思っている。「みぎわ」では、ほかに上野久雄氏の近藤芳美の歌についての連載が百回を超えている。『夢名人』の続編のエッセイも含めて、一冊にまとめてみてはどうかと思う。

 故吉田邸の前衛短歌関係の蔵書は、本人が病気で倒れたために療養のためのベッドなどを置く必要から、本人の了解を得てすべて生前に古書店に引き取られていた。古書店のカタログを見て不審に思った方から聞かれたが、そういう事情なのである。結果的に多くの資料が欲しい方の手元に行ったのだから、私はそれはそれで良かったのかもしれないと思う。でも、残念なことに「青の会」会報は、発見できなかった。いずれ出て来るのだろうか。しかし、多くの貴重な資料は、段ボール何箱分かが、土屋文明記念館などに送られた。この間の資料の整理は、國谷紀子さんがみごとにしてくださった。そうして初期「未来」関係のファイルは、段ボール一箱分が大辻さんのところに送られた。大辻さんはみごとにその資料を生かしてくれたのだと思う。私は「アララギ」抜き書きノートを生前の吉田さんの許可を得てあったので貰いに行き、いまそれを「黒豹」にのせている。
 もっと吉田さんの話がしたくなった。吉田さんには、同じ「未来」の歌人であった奥さんのことを詠んだ歌が何首かある。家に帰ってみたら、組立式のマリオネットのセットが買ってあって、それを見て憤怒にとらわれているという内容の歌を、たいていの人は読み過ごすのであろうが、私は深い同情をもって読んだ。 
 吉田さんは最後は岡山大学の教授になったが、父親が有名な彫刻家で、中学校の美術の先生をされていた時代は、全国学力テスト反対闘争などであちこちを駆け巡る闘士であった。「美術」の時間は、一時間でなく二時間ほしいとか、文部省が指導要領を決めていく初期の段階で相当深くかかわって意見されたと聞いている。吉田さんは運よく参謀本部勤務で戦争を切り抜けたが、江戸っ子だから第一師団の兵隊になっていたら、満州を経て激戦地のレイテ島に送られた可能性がある。語学力や図形についての判断能力が見込まれて残されたのであろう。戦後は進駐軍の事務所で手巻き式の計算機などの実物を見ている。その経験が、『近藤芳美注釈』に生かされている。山形にも茂吉とほぼ同じ時期に山の反対側にいたから、その経験が『赤光』と『白き山』の全注釈に生かされているとご本人がおっしゃっていた。

 吉田さんは、近藤さんや岡井さんの本はたいてい二冊以上買って、一冊は丁寧にビニール袋に保存用として密封し、もう一冊を日常の用に用いていた。多く買った本は、歌会で八掛けにして売ってくれた。心残りなのは、手違いで『韮菁集』関係の資料集成のうちの雑誌部分が、棚一段分散逸してしまったことである。関連のノートは一部残っていた。私はそれも含めて「青幡」に載った『韮菁集』関係の講演等を一冊にする必要があるのではないかと思っている。それから、吉田さんの『あけもどろ』以後の膨大な歌は、遺歌集として出されないままになっている。これはどなたか出資されないだろうか。右のもろもろの内容は細かいことだが、幾人かの方に質問されたりしたので書いてみた。

 資料にも運不運があり、大辻さんのところに行ったものは、まちがいなく運がいい資料である。ありがたいことである。個人の志は引き継がれるということを、私は信じたい。
 それで私の場合は「吉田漱による『土屋文明選歌』ノート」を「黒豹」に連載している。これは伊吹純さんや、きさらぎあいこ(黒田陽子)さんのご厚意によるもので、今度の大辻さんの本にも、きさらぎさんの協力があったと書かれているのは、うれしいことである。伊吹さんは、近々「あらたま」に関する著書を出されるそうである。

 六花書林と言えば、この本の前に藤原龍一郎の肝入りで『仙波龍英歌集』(二千百円・税別)を出している。先日若手の歌人と話していたら、「私は、手に入らない本だからうれしい」と言っていたので、「へーえ」と言って驚いてしまった。私などは斜めに読んだり裏側から読んだりして、いじめて読んだ本なので、若い人のそういう素朴な反応がおもしろかった。

※「黒豹」は先日99号を出し、次号100号で終刊となるそうである。雑誌は、友愛の結晶なのであった。きさらぎさん、伊吹さん、はじめ皆様ご苦労様でした、と申し上げたい。
 ※26日に字句を一部修正しました。


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