さいかち亭雑記

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『筒井富栄全歌集』の底に流れるもの

2017年09月19日 | 短歌 歴史
村田馨さんから『筒井富栄全歌集』をいただいて、はや一年を経ようとしている。私とはまったく体質の違う歌人で、言葉についての生理のようなものが、読んでいてまるで噛み合わないものだから、どうしていいかわからなかった。でも、落ち着いて見ていたら、歌集『冬のダ・ヴィンチ』の「薄明の時間の推移」、「風景」という章が目に入って来た。もとよりどのようなドラマが背景にあったのかは、わからない。若い頃に人生上のさまざまな試行錯誤をした経験を詠んだ追憶の一連なのだが、どうもそれは、作者の原点となった経験や場所であるようなのだ。「あとがき」を見ると、これらの一連を作ることによって「長い間引きずってきたものに、一つの区切りをつけることができた、と思うのである。」と書いてあった。ますます、好奇心がわく。

 たぶん岡井隆が若い頃にセツルメント運動の場所に顔を出したのと似たような、コンミューン的な場所、または六全協以前の共産党の活動のようなものに、作者は若い頃に少しだけ関心を持った時期があったのではないかと思う。現実の作者は、当時の住友銀行に就職し、やがて同じ会社の銀行員を夫として家庭を築くわけだから、まったく正反対の人生行路なのだが、ほんの数日間、または一週間程度かもしれないが、そういう場所に出かけて、そこにいた人々から強烈な印象を受けた記憶が、作者のなかで、生涯いきいきと、またあかあかと輝きながら燃え続けたのではないかと、私なりに見当をつけてみたのである。

 そう思って読むと、私のまったく苦手な、使い古されたロマンチックな語彙や、思い入れとムードたっぷりの詩語の多用についても、理由が判明してみれば、同情できる点があるのだった。

白き馬またもねむりの中にきて残年をともに過ごすと語る

 この歌などは、「残年をともに過ごす」という言葉でだいぶ中和されているからいいのだけれども、それでも私はこの「白き馬」が好きになれない。「初期歌篇」の「メフィストに影を売りたく思う夜の」とか、「泣きまねをしてみる雪の午後」とか、翻訳文学から来た語彙を猛烈なロマンチシズムと共に持って来てしまう感覚を、作者は最後まで捨てられなかった。けれども、たとえば同じ『風の構図』の中の「闇の芯」という一連を見ると、作者の固有の語彙の世界の範囲内ではあるが、だいぶ練れてきているように思う。

ほうほうと過去よりここに鳴きつぐはわが裡に住む冬のふくろう

筬が鳴る 風のあいまを 午後四時の富士おろしつねに向い風なり

 ※「筬」に「おさ」と振り仮名。

薄明にころがる繭のくびれたる白さに圧されしんしんといる

何のためにのぼりし丘か見わたせばただ冬がある荒涼とある

 「筬」も「繭」も、染色工芸に長くかかわった作者ならではの歌の素材である。こういうふうに具体的なものが、うまく歌のなかに入って来た時の筒井富栄の作品は、わるくない。このひとつ前の歌集『冬のダ・ヴィンチ』を見ると、普通の生活をまっとうするために作者が押し殺したものが、ありありと語られていることに気がついた。それは悲劇的と言っていいようなものである。

いま海はたかまりきたり向かいあう椅子のひとつにもたれて熱き

海峡をこえくる船の遠くしてすでに飛翔をあきらめし蝶

きしむのはわが内壁にある扉 火中にうたれてゆく鎌のある
 ※「火中」に「ほなか」と振り仮名。

 こうやって取り出して見ると、その内面の屈託は言い知れぬ風圧を持つものだったのだということが、よくわかる。作者は学徒動員で工場で働かされた世代だから、いくつかの思考は戦後の現実の中で二転三転してよじれただろう。文学者の戦争責任とか、政治と文学とか、思想転向の問題とか、安保闘争の敗北とか、公の思想史の焦点となるような主題とは別に、個人の内面においても同様な問題をめぐっての反省は為されていたのであって、それを一人で抱え込んでいると、言葉はどうしても過剰になったり、韜晦に向かったり、本人もどうしていいのかわからないような歪みを抱え込んだりしてしまう。

さあ走れ わずかにのこされた刻を。別れねばならぬものにむかって

二人のためのあしたをすでに捨てされば限られた空 鳩が群れとぶ

かねたたきいつまでたたく暁に彼らが隊をなしてゆくとき

荷車につまれて村を発つものよ さようなら 再び春は

待っているわが幻の戦場の夜明けしずかにひざを折るもの

            『森ざわめくは』1978年刊

 この歌集の解説で加藤克巳は、「メルヘン、といったが、これは大人の夢である」と書いているが、たぶん、作者にとって決定的な核心の部分の記憶について加藤克巳は看過してしまったのだ。これは、いいかげんなことを言って、ごまかしたのである。つまり、よくわからなかったのだろう。どんな先生だってそういうことはある。

 私がここで推理するドラマは、作者が若い頃に一時期あこがれを抱いた男性は、共産党員で、非合法活動をする山村工作隊の一員であった。それは山梨県への疎開中に知り合った人物、または物理学者の父のもとに出入りする人物(学生か研究者)だったのではないかと推察する。当たっているかどうかはわからない。そういうことを想定しなくとも、作者のなかに社会革命のイメージは、ずっと在り続けたように思う。

あの人は行ってしまった だがママン 僕はこうして野に立っている   『未明の街』

 「あの人」は恋人であるとともに、革命の喩でもある。そうやって読むと、筒井冨栄の歌は別種の輝きを持ってみえて来ると思うのだが、どうだろう。失敗した戦後の社会変革の情念が行き所を失って、折に触れて想像力の逸走を繰り返していた。その韜晦的な表現として読む。作者の全歌集を、戦後の開放の表現としてよりも、挫折の経験が織り込まれたものとして読む、という視点だ。

※ 4月20日に改稿して、一時消してあったのを再掲する。

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