時雨スタジオより

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なんとなく再開してみました。

少国民の見たパンパンガール

2020-05-31 17:53:02 | 『別府と占領軍』より
朝日新聞社発行『週刊少国民』昭和20年10月14・21日合併号。小さな皇国民が占領軍兵士と談笑するというシュールな表紙なのだ。


 少国民とは天皇陛下に仕える小さな皇国民という意味である。とはいえ、敗戦すぐに絶滅した言葉ではないようだ。少国民は、主に国民学校の児童を差した言葉でもあり、昭和16年4月に発足した国民学校は、敗戦後の22年3月まで存在したのだから。朝日新聞社の『週刊少国民』は、国民学校から少し遅れた昭和17年5月に発刊され、21年9月まで続いた。小学館が発行していた『小学4・5・6年生』の3誌は、昭和17年5月に『少国民の友』(月刊)として統合され、22年4月まで続いた。
 そして父もまた、「少国民の見たパンパンガール」という表現を使っている。父はパンパンハウスの元経営者であるのだが、経営を始めたのは昭和26年頃と少し遅かった。


 私の知った範囲で、れっきとした家庭の主婦がパンパンをしていた例を知っている。彼女は近所の手前、買い物に出かける風をしてハウスに来て兵隊相手に春をひさぎハウスの主人から分け前をもらって帰っていく。亭主に働きがないからと理由をつけていたが、結構自分でも楽しんでいた風であった。勿論子供も居り、時々子供連れの買物姿を見たりしたが、知らぬ顔をしていた。
 こうした例はまあいい方で、中には自分のうちに兵隊を引っぱり込んで、その間子供は外に追っ払って、というのもあった。意地の悪いお上連中が子供にわざと、「母ちゃん今何してるんや、え、何してるんや?」等と聞いて子供を困らせて喜んでいる例もあった。
 昭和二十一年四月二十八日の大分合同新聞に投書があった。

 子供から警察署長さんへ──
 僕は何も世の中のことはわかりませんが、ただ署長さんに僕たち児童の声をきいていただきたいのです。(中略)特にお姉さんたちの行いが大変悪いように思われます。日本人としてはずかしいみだらな行いを僕たちはこのごろよく見ます。あれでも日本人でしょうか。警察のおじさんの手でよくとりしまって下さい。お姉さんのすることは僕たちからみると犬猫のような下等動物に見えます。……(後略)

 以上の手紙は少し出来すぎた感じもある。やらせの文面でないかという気さえする。しかし、当時の世相で、子供達の眼の触れる所で半ば公然と野合が行われ、性の狂宴をくりひろげていたのは事実である。当時占領軍ボイラーに働いていたF氏(現牛乳販売)の証言によれば、別府公園内の温泉神社や鮎返り浄水場より引き込む管道を公園内に置いていたが、その中等でよく野合が見うけられた。夜付近を通る娘を土管の中に引っぱり込んで強姦する兵隊も居たが誰も手出しは出来なかった、と。又市役所のS課長なんか、北小学校の奉安殿の中でパンパンと兵隊が青姦しているのを懐中電灯をもってよく見に行ったと笑いながら話す。
 昭和二十七年八月、教育研究所が小中学生二百人を対象に「街娼に対する児童、生徒の意識に関する調査概要」というテーマで調査した。

 なんと、小中学生を対象に「街娼」についての調査を行っているのだ。それほどまでに日常の風景だったということなだろうが、どのような質問の仕方をしたのだろうか……と、ググったら1件ヒットした。昭和二十七年八月に横須賀市教育研究所がまさに調査を行っているのだ。11,000円で「風船舎」という古書店から同概要が販売されている。B5版14ページ。極めて貴重な資料だと思う。概要の説明にはこう書いてある。
「(世間でいう)パンパンをいいなあと思った時のこと」と「 (世間でいう) パンパンをいやだなあと思った時のこと」 を小学生と中学生に対して調査したもの(下の写真とともにここから引用)。
 またまたシュールな世界だ。では、調査結果はどうだったのだろうか。父の記述に戻る。




(一)物質的経済的に羨望を感じたもの……六二%
  一、ガムやチョコレートをくれる。
  二、なんでもほしいものを買ってくれる。
  三、りっぱな自動車にのれる。
(二)服装にかんするもの……二○%
  一、服装がきれい
  二、白粉をつけて紅をつけて、きれいにしている。
(三)行為、態度にかんするもの……一○%
  一、アメリカ人と二人であるける。
  二、よその赤ちゃんにお菓子をやる。
(四)語学にかんするもの……二%
  一、英語がわかる。
(五)その他の理由……六%
  一、パンパンをおくと金になる。
  二、パンパンがいないと不景気になる。
以上

 小中学生には似合わない回答が混ざっているような気がする。そもそもパンパンが何をする女の人なのかが、彼等には分かっていたのだろうか。いやいや、『フェリーニのアマルコルド』(1973:ワーナー・ブラザース配給)に登場するイタリアの悪ガキたちなら、十分に分かっていただろうなあ。恐るべし当時の小中学生諸君よ! と驚愕している僕に比べ、父は調査結果に動揺せずに淡々と語る。

 パンパンの存在によって街が繁栄していく、という俗説は、基地の人々の頭にふかくしみ込んでいた。しかしこれは一部売春業者と、それをとりまく町の関係者の世論である。

 あの〜、父はいわゆる売春業者ではありましたけれど。しかし、ここでの父は冷静仮面の時代分析者と道徳者の顔となる。本心なのだろうか。

 子供や一般市民にとって、パンパンなる存在は倫理的、道徳的のも全く似而非的存在で、ドレイ的存在認識が産んだ産物だとする者が多い。子供のパンパンを見る眼にしても基地のみが持つかなしむべき道徳感覚の欠如がむき出しにされている。恥ずかしい、かなしむべき存在であったが、しかしパンパンは戦後確かに別府に居た。この歴史的事実は如何様にも消し去ることは出来ない。今そうした事実を照射することにより私達は現代の平和の空気をよりすがしく味わうことが出来るというものである。
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