時雨スタジオより

9年の休止期間を経て、
なんとなく再開してみました。

「別府がBEPPUであった頃」の良著が出版されています。

2020-05-09 13:27:13 | 新お知らせ
 あまりにも暇なので、これからぼちぼちと記事を綴っていきます。およそ9年ぶりの記事は、本の紹介です。

 東京新聞5月7日夕刊文化欄の「大波小波」というちょっと気の利いた書評コラムで下川正晴『占領と引揚げの肖像 BEPPU1954-1956』(弦書房、2020.4)が紹介されていました。
 下川氏は現在70歳、鹿児島県霧島市生まれで阪大法学部卒業後、毎日新聞社入社。同社ソウルおよびバンコク支局長や論説委員を歴任。2007年から15年までは大分県立芸術文化短期大学の教授でした。
 実は下川氏には、亡き父の自費出版本である『ドキュメント戦後史 別府と占領軍』(1981)に掲載している写真の上記著作への掲載許諾の件で昨年の年末に会ったことがあります。同時に、父のエピソードなどを取材されました。
 下川氏の本は、先月(4月)に出版されたということですが、その前に原稿を送ってもらい読んだ部分もあります。丹念な調査のもとに書かれており、貴重で生々しい戦後史に仕上がっているような気がしました。占領軍別府キャンプ「チッカマウガ」で働いたことのある息子が知らない若き父のエピソードも載っていたりもします。
 「大波小波」では、「戦後の別府の知られざる年代記である」「下川は地方紙と引揚者の回想記(多くは私家版)を丹念に探索し、戦後日本史の空白部分は朝鮮戦争時の九州にあると結論する。快著である」などと評されています。下川氏は「大分県には面白い歴史があるのに、それを調べ世に出そうとする人は少ない」と義憤を交えて強調していました。「ふんだんにドルシャワーを浴びた」(大波小波)時代の別府の息遣いが聞こえる良著だと思います。
 新聞に掲載されたこともあり、現在(5月9日)、ネット書店などでは品切れ状態ですが、そのうち増刷されるかもしれません。取り急ぎお知らせまで。

 さて、次回の予告です。
 父が遺した『ドキュメント戦後史 別府と占領軍』を少しずつ紹介していこうかなと思っています。絶版本なので、今では国会図書館や大分県立図書館などでしか読むことができません。昭和4年生まれの父は35年ほど前、50代半ばで他界しています。僕は父よりも10年以上もぼんやりと長生きしています。このブログを通じて、父と再会してみようかなと思っています。それとは別に、僕が「ケアマネジャー」(中央法規出版)という月刊誌に連載している「紡ぐ物語」に関する記事もアップしていこうと考えています。いま、出版社にどこまで紹介してよいのかを問い合わせ中です。
 では、予告を兼ねて、父が『ドキュメント戦後史 別府と占領軍』の冒頭に書いた宣言のような一文を紹介します。

 長い長いトンネルだった

 敗戦により日本人はひたすら戦うことから

 ひたすら生きることへと変わった

 よし、それが屈辱に満ちたものであれ

 日本人が体験したことに変わりはない

 これは、そうした占領下時代の

 不明と空白の部分を掘りおこし

 埋めるためのひとつのこころみである

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