Sagami タイムズ 社説・時代への半鐘

潮流の本質を見極める

「間違ってる」とは言えねぇなぁ

2018-09-17 13:00:45 | 国際・政治
 憲法第20条に「いかなる宗教団体も政治上の権力を行使してはならない」とある。

 現在の政権を握る与党の一角に公明党がある。周知のとおり公明党の構成員は、そのほとんどが創価学会員だ。創価学会の意に反しては、存在価値である施策を実行できず政党としては成り立たないのも事実である。いくらマネーロンダリングならぬ宗教ロンダリングを受けたからと言って、公明党は歴とした創価学会の出先機関であるということは明確だ。にもかかわらず、自民党の安部総裁(=首相)は公明党との連立を組んでいる。政権の「権」は権力の「権」。明らかに、憲法の掲げる精神に反している。

 自民党総裁選挙に向けた討論会の中で、石破元幹事長が憲法改正のための国民投票について「51対49というようなことは避けるべきだ。やはり6割、できれば7割近い賛成をいただきたい」と述べたことに対して安倍総裁は「間違っている」と異を唱えた。憲法第96条に投票者数の過半数をもって是とする旨の規定が謳われているからだ。
 
 現在の衆議院選挙の投票率は約60%、その過半数を31%としてみよう。憲法通りだと国民のおよそ三分の一に満たない数で憲法が改正できることになる。

 おそらく石破氏は、「それでは国民の民意を得たことにならないでしょっ」と、言いたかったのだろう。政治に関しての素人でも容易に理解できる。

 しかし、政治のプロである安倍総裁は、あげ足取りをこれ見よがしに行い大上段からそれを否定した。

 そんなにも自身だけを正当化したいのか。しかも、自身は平然と政教分離の精神を著しく阻害しているではないか。良いとこ取りも甚だしい。一強他弱の中で、これまで以上に自民党総裁選挙の動向が注目される。
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日本を救うのは?

2018-09-15 20:24:52 | うんちく・小ネタ
 我々地球で暮らす人類は、その営みの恩恵を受けるかたちで容姿や食生活に変貌を重ね発展を遂げてきた。しかし、人類は逆に、その母体を汚す営みを行いその姿を変えてしまった。結果、気候変動や地球温暖化が起き世界各地に未曽有の災害をもたらしている。

 日本においても全国各地に台風や気圧変動による豪雨、地震により甚大な土砂災害、浸水被害が起きている。各地域の被災者数も相当の数だ。何年たっても、元の生活を取り戻せないでいる避難者も数万人と残っている。

 国土の強靭化を図るため防災に関してのイデオロギーを構築し、災害発生時には各省庁を指揮し迅速に被害の拡大を食い止め復旧、復興に努めるとともに、時には、ボランティアの方々やNPOと連携しながら被災者を支援するための施策を講じる行政機関、いわゆる、自民党の石破茂氏が唱える防災府(名前はペンディング)を早急に創設する必要があるのではないか。復興庁を土台として考えればできなくはないはずだ。

 元凶ともいえるCO2の排出を抑えるための手立てもこの防災府の指揮、命令のもと、各省庁が講じる必要がある。例えば、公共施設や商業施設、オフィスビルや商店、はたまた、マンションやアパート、土地付き一戸建てに至るまで再生可能エネルギーを利用した自家発電の設置を義務付けるのも一考だ。通信機器をすべてモバイル化することで電柱を無くし、その跡地には木を植えていくなどの施策も効果があるだろう。全国に点在する空き家や空き地を国や地方自治体が買い上げ、あるいは、譲り受け、更地としたのち木を植えるなどの施策も有効だ。


 何もこの時期に憲法改正とは?と考えるが、どうしても憲法に自衛隊を明記したいのであるならば、災害派遣の役割をきっちりと条文化することが肝要だ。ボランティア精神についての概略にも多少は触れておくべきだ。
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何回、被ばくすれば・・・

2017-09-17 19:58:55 | 日記
 安倍晋三首相が今月28日にも召集の臨時国会で、衆院を解散する意向を示唆したと伝えられている。

 加計学園と森友学園に係る首相へのこれ以上の追及を避けるためでもあるだろう。北朝鮮が実験、あるいは、国連制裁に対する報復と称し日本列島の上空を横切る形でミサイル発射を繰り返し核開発も進めている中、武力攻撃をも辞さない米国への追従反対の国民的イデオロギーが形成されない内に衆院を解散しようとするものでもあろう。

 本来ならこの時期、多額の税金を使い国民がどよめくような選挙は避けるべきだし、今の国会議員で腰を据えて議論を尽くし、日本が独自に持つ縁故者ルートやあらゆる外交ルートを使い尽くし、北朝鮮との衝突を避けようとするべきであるが、不敗神話を誇る米国を崇拝する安倍首相は聞く耳を持たないだろう。政局だけをにらみ、野党第1党の民進党の行方が混とんとし新党立ち上げの流れが進まないでいる中、自身への追及を絶ち、戦争反対の機運が高まらない内に連立与党で多数を占めたいとする目論見だ。
 
 日本は、先の大戦で広島、長崎に原爆を投下され想像を絶する民間人の死傷者を生んだ。東日本大震災では、その威力により原発が破壊され福島を中心に多くの犠牲者と数十万人の避難民を生んだ。今後、これ以上の核による犠牲をなくすため最善の努力をしなければならないはずであるが、今の自民党、公明党による政権は、逆に、核による北朝鮮からの国民への威嚇を容赦した格好だ。

 今回、国連の制裁決議にまわったことも遺憾だ。核による悲惨さをどれほど味わえば気が済むのか。対話路線を継続しなければ4回目、5回目の被ばくがあり得る。日本国民が憂え、北朝鮮の若大将がほくそ笑むだけだ。臨戦態勢を整えるための総選挙は危険すぎる。
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愛国心のはざまで

2017-07-20 14:51:43 | 日記
 日本では、仲間の数が多いなど優位性による「いじめ」で多くの幼い命が絶たれている。優秀な日本人の血を引き継ぐものたちだろう、不憫でならない。大人の社会でも、地位と仲間数などを利用して「パワハラ」「セクハラ」「モラハラ」などが横行している。

 融合主義で、古くは中国や朝鮮半島、明治以降は欧米の文化と歴史、人々が生き抜く上での知恵や技術を招き入れながら成長し続け今日の姿を築いてきた日本ではあるが、昨今の国内情勢は、自分たち仲間の主義や主張しか許さないといった風潮が流布するなど、他者を受け入れない萎縮傾向であると言わざるを得ない。

 (個人的で飛躍する意見だが)これは、他の宗教を許さない排他的一仏教(一神教)を掲げるいくつかの宗教が日本を網羅していることに原因があると考える。

 日本人は多神教(多仏教)で、自然のあらゆるものをそのままに、または偶像化し、尊敬の念を祓い暮らしてきた。神社仏閣や行きかう道に供えられている地蔵、道祖神などが地元には必ずあるといったように、その存在は、人々に安寧と平和をもたらしてきた。

 しかし、一仏教は具合が違う。神社や他宗教の寺院、地蔵、道祖神などを許さない。また、一仏教の排他的指導者は、その目的を成し遂げるためには、ヒトラーが行ったような人間の隔離を行い、(他者を追い落とすぐらいの)「優秀な人材だけが残る」とかなんとか言いくるめて従う人たちを育成する。

 結果、世間を差別といじめの連鎖に至らしめ、「子供を産みたくても産めない」といった状況を形成している(いじめで殺されるぐらいなら生みたくないと考える親たちも多いだろう)、少子高齢化の一因とも言える。知性と理性を持つものは決して差別やいじめをしないが、その指導者はこのような地獄絵をも「淘汰の一環だ」と、きっと、言い放つだろう。自分たちの信教者だけが生き残ればいいと考えているからだ。

 現実をみると、日本人の減少は続いていて、現在、1億2000万人の人口が83年後の2100年には三分の一の4000万人になっているという推計もある。明らかに日本人は絶滅危惧種だ。淘汰の結果、国すら失うのなら本末転倒だ(おそらくその指導者は、そこからが新しい日本の始まりだ、みたいなことを言うだろうが信じない)。

 このままでは国家が成り立たない。危機を体感したことがない人たちも多いと思うが、安倍首相には憲法改正よりも少子化・高齢社会対策(最先端の獣医学部創設は広い意味では含まれる)、それを支える税収政策、さらには、本当の日本人を取り戻すための宗教のあり方を考える検討会の創設などに力を注ぎ、次世代へ、豊かで暮らしやすい日本を引き継いでほしい。宗教法人・団体などからもきっちりと税金を徴収するべきだ。
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全否定では糸口が見えない

2017-07-06 20:21:35 | 日記
 東京都議会議員選挙の最終日、安倍首相が秋葉原に訪れることを見越してか、青年団が大挙して集まり「安倍帰れ」や「安倍辞めろ」のシュプレヒコールを繰り返した。

 一方、安倍首相は、(選挙期間中の)いきなりの強圧的なコールには断固とした態度を示すといわんばかりにマイクを通しその声を否定し続けた。

 弾圧的コールを浴びせる側も、「これこれ、こうだからあなたの政策には疑問があり、そのことについて明確な説明がなければその政策には反対です」とか、「こんな風に(国民は)考えているのに、何一つとして受け入れてくれないではないか」など、その根拠を示す必要があったのではないか。冒頭からの全否定は最たる人権侵害だ(私たちが日本で暮らすうえで規範となる憲法に反している)。
 
 首相も、「このような人たちは自民党にはいない」などとそのコールには応えようとはせず、まったく意に返さない後ろにいる石原伸晃氏の「そうだ、そうだ!」に押され、蔑むかたちで演説を終える手段しかなかったのか、賛否両論だ。なぜ、そのようなことを言うのか、どうして、このような行動に出るのかの本意を質す必要があったのではないか。

 想うに、どちらにも正義感があり、おそらくは、それぞれが「日本のためには俺(私)たちの方が必要だ(あるいは正しい)!」と考えてのことだろうが、意見すら聞かず(言わず)、どちらも相手のことをはなっ端から否定していることがとても気にかかる。

 はなっ端からの否定、すなわち、全否定は、その存在を理由もなく無きものとする所業と同じことだ。そこには、生命体が暮らす地球において、弱肉強食という必要性の中でも、共立共存をしてこそ生きる価値を見いだせるといった命題が埋もれてしまっている。

 肉食動物は、時には、けがをしたり幼かったりする草食動物を追っかけまわしたり食べたりもするが、必要以上を捕らえることは決してしない。それは、地球の環境を守り、生きとし生けるもののそれぞれの繁栄を考えた故のことだ(いわゆる食物連鎖)。

 人間だけがし得る媚び諂い(忖度)ではなく、動物がする、地球環境や共立共存への配慮をして(慮って)こそ成し遂げられる偉業があるはずだ(実は、動物にもまれに媚び諂いはあるが、それは、弱肉強食を生き抜く手段)。我々人間が暮らす社会も弱肉強食であって良いのか、悪いのか?残念ながら、その答えを導き出せるのは安倍首相しか今の日本にはいない(一強他弱)。
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