Sagami タイムズ 社説・時代への半鐘

潮流の本質を見極める

ほほえみ返し

2018-12-01 12:03:12 | 日記
 皇室儀礼を単なる祭りごとと捉え、宗教の範疇と一括りにして良いものなのかを考えたい。
  
 皇室儀礼は、宗教の枠組みをはるかに超え、私たち日本人の伝統や文化、習慣や風習そのものを顕わしているもの。そこに、政教分離の精神は介在しうるのだろうか。なぜならば、皇室の歩んできた歴史は、私たち日本国、あるいは、日本国民そのものの歩んできた歴史であり、2千有余年の間を生きたそれぞれ国民一人一人の血肉だからだ。

 いろいろな考え方がある。このコラムでも、幾度となく多様性受容の大切さについては触れてもいる。だからこそ、今回の秋篠宮さまの発言は、私たちに課題を呈したものと考える。

 憲法の掲げる政教分離の精神とは、宗教団体が、あるいは、宗教主が政治的権力を持つことを禁じているもの(裁判所の判断は、税金を宗教団体に使ったか、その宗教だけに利益をもたらし、政治的に利用したかどうかを判断基準にしているが・・・)。皇室儀礼は宗教的儀式ではなく、日本国の伝統であり文化で日本国の象徴だ。有形、無形の文化財とも言える。文化財保護のために税金を使うことを否定する必要があるのか、ないのか。いささか疑問である。

 即位の礼後の大嘗祭に疑問を持ち、裁判にゆだねた人々がいる。結果を見守りたいが、そのような考え方を持つ人々に寄り添う秋篠宮さまもいる。

 暖かくつつまれたのならば、裁判所に判断をゆだねるのではなく暖かく見守り返すのも一つの手段だ。皇室は、日本国民そのものなのだから。
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日本の底力が試される

2018-11-28 21:37:28 | 国際・政治
 少子超高齢化に伴う人口の減少で労働力不足が懸念される日本。担い手を確保するため、外国人を受け入れる法案の改正に急ぐ安倍政権ではあるが、解決のための本質は、本当に、法案の改正だけにあるのか疑問である。

 グローバルな世界において、外国人労働者を受け入れることに異論はない。しかし、日本独自の問題、いわゆる、「人口減少」にも結び付けるため外国の方の受け入れを増やそうとするならば、様々な難しい問題を生み出す結果となるのではないか。そこには、多様な生活習慣や文化、宗教を受け入れる土壌が必要となってくるからだ。そのような土壌が、はたして、今の日本にあるのだろうか。

 安部首相は、難しい問題を引き起こさないために入管法の改正に結び付けたい目論見のようだが、入管法の改正だけでは陰湿な差別が起きないとも限らない。全日本人的人権を付与しなければ、二極化をもたらす結果となるおそれもある。これらの課題にはどう対処するのか。


 民主主義のけん引役であるアメリカでは人種差別を含む二極化が進んでいる。かつて、人種の坩堝と呼ばれていたブラジルも、決して幸福だとはいえないのが現状だ。日本においては、第二次世界大戦後、70余年を経った今でも朝鮮半島との徴用工問題が解決していない。外国の方を招き入れる難しさを、逆に、まさしく今、教えられてもいる。多様な人種が交差する社会の構築がいかに難しいかを物語っている証だ。

 
 多様な価値観を持つ外国の方々を招き入れるには、その人々を受け入れるだけの土壌の醸成が必要だ。まずは、教育改革や意識改革が必要なのではないか。しつこい様だが、宗教法人改革も忘れてはならない。


 古くは中国大陸や朝鮮半島、近年では欧米の文化や技術を昇華し繁栄し続けてきた日本。決して排他主義ではない日本が、世界で起きている差別や二極化に対し歯止めがかけられるのか、そして、この忌々しい問題に歯止めをかけることで人口増加につなげることができるのか、今こそ、その底力が試されている。
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まかり通るのか

2018-10-04 11:28:46 | うんちく・小ネタ
 第4次安倍晋三内閣が組閣された。未知の歴任期間に突入するその滑り出しを安泰なものにするためか、安倍総裁(=以下、首相)自身が「全員野球内閣」と名付けた通り、国民的信用を一手に背負う若い顔はないものの落ち着きと趣のある面々がそろったかたちとなった。

 しかし、どうだろう、首相は、失敗しない中堅どこを集めたつもりであるかもしれないが、入閣した女性が片山さつき議員だけにとどまっていて、自身が謳う「女性活躍社会」とは程遠い結果となっている。つまり、自身の(安泰なものにしたいという)想いとは裏腹に(公約に反するかたちが顕著であり)「出だしからスベっている」内閣となっているのではないか。

 女性活躍推進法により内閣官房、内閣法制局、内閣府等の国家公務員採用試験からの採用者に占める女性の割合はいずれも30%以上になるよう定められている。ならば、基本方針を定める内閣そのものは、率先してこれを果たすべきではないのか。

 新聞各社をはじめマスコミは、(石破茂元幹事長との激戦や禍根を乗り越え)「いよいよ本格的始動」と煽るが、この内閣が一体、何をはじめ何を成し遂げようとしているのか正確に伝えてほしい。「本格的始動」と伝えられると、我々国民は、何か良いことがあるのではないかと期待してしまうからだ。

 「不言実行」(自分の想うところを語らずに実現する)、「有言実行」(自分の発した言葉通りに実現する)のどちらに価値があるのかという議論がひと昔前に交わされたことがあるが、「嘘を言って何もしない」内閣では国民は路頭に迷うだろう。官僚の書いた答弁書を読むがままの「(何も言わなくて)何もしない」といった態度の方が国民はわかりやすいのかもしれい。
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主体性と一貫性が大切

2018-09-29 21:24:51 | 悩み
 日本政府は対北朝鮮との外交でこれまで、(核・ミサイル開発を放棄させるために)「最大限の圧力をかけていく」と声高に叫び、(まるで、対話を主張し縁故ルートを利用した接触は許さんがごとく)「対話のための対話に意味なし」との意思統一を図ってきたが、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の働きかけによる南北首脳会談が開催され国際社会は融和路線へと転換すると、日本もこれに準じ「対話に意味なし」という表現は使わなくなった。

 また、文大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長との対話により米朝首脳会談が実現し融和路線はさらに加速したが、直後にトランプ大統領が、「段階的非核化の始まりに過ぎない。(今後は)最大限の圧力という表現は使いたくない」と発言したことを受け、日本の新聞各社の社説、論評からもこれらの表現が一切消えた。

 日本の一貫性のなさに驚きを感じてもいるが、と同時に、なんだ、「日本を覆うこの言論の閉塞感は。自由は奪われたのか」とおもうほどに、マスコミにおける主張の主体性も消え、ある意味恐怖を感じたのは私だけか。
 
 「思想」「言論と表現」の自由はそれぞれ憲法第19条と21条で護られている(ちなみに、「信教」の自由も第20条で認められてはいるがその宗教を政治権力に使ってはならないと同条別項で否定されてもいる)。しかし、これらは第12条で「国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」とされている。つまり、政府が守るものではなく、我々自身が護っていかなくてはいけないものなのだ。

 北朝鮮が「朝鮮戦争終結宣言」「現体制保持」「制裁緩和」を要求したことに対し、河野外相が「まずは非核化だ」と発信したが、何を考えている、日本にとっては(それも必要だが)「拉致解決」が優先課題だろう。主体性と一貫性のなさは国際社会の中で理解されないだろう。

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平和を第一義に

2018-09-27 22:13:11 | 国際・政治
 蜜月で北方領土返還は進展するのか?こんな憶測が飛び交うなか今月行われた日ロ首脳会談で、プーチン大統領から「前提条件なしで平和条約を結ぼう」との発案があった。素直に受け入れるべきだと考えたいが、「ちょっと待って!プレイバック!!」。

 それは、隣国な故、両国には様々な禍根が残っているからだ。

 ロシアにとっては日ロ戦争での敗北だ。欧米列強の中、アジア人種に負けたことは忸怩たる思いであろう。

 日本にとっては、その講和条約であるポーツマス条約を蔑ろにされるかたちで、不可侵条約を第二次世界大戦敗北間近に突然破棄されたことだろう。北方四島の返還を第一に考えればなかなか平和条約の締結には結びつけられないし、なにより「裏切られた」という思いは今でも消えていない。

 現在の両国を比較してみると、プーチン氏率いるロシアの方が日本に比べ、経済力、軍事力ともに凌駕している。ロシアは欧米からの制裁をうけてはいるものの、日本がこれに協調したとしても、結果として四島返還がなされなければ意味がない。

 国際社会からの圧力にも簡単には屈服しない圧倒的に立場が強い方からの平和条約締結の提案は、弱い方からしてみると普通に受け入れる方がよい。断ると絶対的権力を誇る相手の面子をつぶすことになり、両国の関係が先行き不透明となるからだ。

 なにも、受け入れたからと言って卑屈になる必要はない。絶対的権力を誇るプーチン氏が「前提なしで」といった言葉の意味は、もしかすると、両国関係を「一から始め直そう」と提案したとも考えられるからだ。平和条約を結び、プーチン氏を持ち上げながら日本の立場、考え方を主張すればよい。北方領土返還が早まるか否かは、その中の交渉によるだろう。首相をはじめ関係閣僚、官僚は全員、頭にネクタイをまくべきだ。
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