佐渡の翼

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船登岩陰遺跡(岩谷口)    投稿者:とある旅人

2010年04月24日 06時00分35秒 | 佐渡及び首都圏近辺の面白観光スポット

相川町史編纂委員会編『佐渡相川郷土史事典』には以下のように書かれている。「岩谷口は村の中央を流れる小川をはさんで、北側の岩谷衆と南側の土船衆とが集ってできた村といわれ、岩谷口の村落名の起源は、この岩谷衆の存在によるといわれている。岩谷衆の草分は、谷口弥藤右衛門・矢部源四郎・田中治左衛門などといわれ、弥藤右衛門は岩谷大明神を祀り、源四郎は岩谷洞穴前の観音堂をもつ。土船衆の草分は、土船大明神を祀る船登源兵衛といわれ、古くは海稼ぎを主とした集団といわれている。村の中央の段丘崖下に船登岩陰遺跡がある」(佐渡が島がっちゃへご「ガシマ」さんから重複引用)

岩谷口公民館の隣に民宿「源兵衛」さんがある。郷土史事典の記述から推測するに、船登源兵衛さんの末裔が経営なさっているのではないだろうか?この民宿のおじさんに「ふなといわかげいせきってどこにありますか?」と尋ねてみたら、おじさんは「ああ~ここを真っすぐ行くとのお~水道のタンクが置いてあります。そこですよ」と答えたが、船登岩陰遺跡とはなんぞや?に関する蘊蓄をたれることはしなかった。私も深く掘り下げて尋ねるべきだったのだろうが、つい聞き忘れてしまった。

現場に到達すると、確かに岩陰のような所があったが、そこには草が生え、水道パイプが二本飛び出ただけのそっけない光景があるだけだった。漁を終えた船を陸に引き揚げて保管し、大明神を祭った場所を意味するのかどうか?あまりよく分からない遺跡だったし、これと言った感激もなかった。



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