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CHPの“正義の行進”は3週目に入った

2017年06月30日 | 国内
6月29日 最大野党・共和人民党(CHP)のケマル・クルチュダルオール党首の“正義の行進”は15日目になり、40度という、うだるような暑さの中、1万人の人々が行進に参加し、クルチュダルオール党首は正義を求める決意を宣言しました。

 Hurriyet

「暑かろうが寒かろうが、雨だろうが霧だろうが、われわれは決然と行動する。われわれは正義のために、イスタンブルへ歩く」と、クルチュオール党首は、デュズジェ県ギョコワ地区のキャンプ場で語り、450キロの旅の15日目のスタートを切りました。

1万人の支持者の中には、有名な画家ベドリ・バイカムさんや、アーティストのオルハン・アルカヤさんのほか、オルドゥ、サムスン、リゼ、トラブゾン、ギレスン、エディルネから来たグループが、6月29日の行進に参加しました。「あなたは1人で歩くことはない」と書かれたバナーが、途中の丘の上に掲げられていました。上昇する暑さのため、行列は何度も短い休憩をとりながら、サカリヤ県へと行進しました。

「私はプロテスターに感謝する」
クルチュダルオール党首は歩きだす前に、記者たちに、「CHPのエニス・ベルベルオール議員の投獄で始まったこの行進は、社会のさまざまな階層の人々の支持を得た。4月の国民投票で、憲法改正に賛成して政府を支持した人々も、行進に参加している」と、彼は言いました。

クルチュダルオール党首は、政府がテロ対策に失敗したことを批判し、公正発展党が“テロを終息させる”と言ったので、憲法改正に賛成票を入れた人たちは、AKPにだまされたことになると言いました。

・・・暑い中、歩きつづけるクルチュダルオール氏、「元気あるな、いくつだろ?」と、Wikipedia を見たら、68歳でした。


2000年前のローマの円柱を、自宅の前に建てている人がいた

2000年昔のローマ時代の円柱を、自分のアパートの前に建てている男がいて、論争を呼んでいます。

 Hurriyet

退職した美術史教師エルテキン・カヤさんが、アンタリヤ・ムラトパシャ地区の3階建てアパートの前に建っている円柱に気づいて、事件が表面化しました。カヤさんは自分のソシアルメディアに、この事件を写真つきで発表しました。

「2000年昔の円柱を装飾品として使う。これはちょっと、やりすぎです」と、カヤさんは書きました。ローマの円柱がこんなに無造作に使われているのを見て、びっくりしたと、カヤさんはHurriyet紙に語りました。「わが目が信じられませんでした。通りかかったアパートの前に、2000年昔の円柱が立っているんですから。私は柱をよく見て、写真も撮りました」

自分のアパートの前にローマの円柱を建てたムスタファ・アイデミルさんは、「私は1994年、アンタリヤのカレーチ地区でこの柱を見つけ、円柱を保護するという条件つきで、アンタリヤ博物館の許可を得て、自分のアパートの前に建てた」と言いました。「うちでは監視カメラで24時間、円柱を見張っています」

カヤさんはこの事件に関して、アンタリヤ博物館と文化観光省に連絡し、告訴しましたが、アイデミルさんはすでに、カヤさんに“侮辱された”として訴訟を起こしていました。「ムスタファ・アイデミル氏は、私に対して犯罪訴訟と、精神的苦痛を与えたという訴訟を起こしました。私はこの2年間、裁判を受けています。10日前、どちらのケースも、私は無罪になりましたが、柱はまだ、あそこに立っています」とカヤさんは言いました。

アンタリヤ博物館のムスタファ・デミレル館長は、以前、Hurriyet紙に、博物館当局があの柱を移動すると言っていました。「1人の市民がローマ時代の円柱を移動し、舗道に建てたのです。彼は当時の博物館長の許可を得ていましたが、われわれはラマザン明けの祭が終ったら、円柱を移動します」と館長は言いました。


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