PAI【193】
ギーガは伊雛の脇で宙にカナン―わかった。と言った。
「え、わかった?!見えるんですか?私には、」
「たぶん、ロハムの迎えだ。使者と従者で50人ほど」
「何ですかっ、見えませんっ!」
伊雛が言いながら前方を見ると確かに地平線が何やら砂煙を撒いているようにぼやけていて、それが次第に大きくなってくる。
「あれが?円祥さま、どうして...今、見えたのに、」
「俺はずるいのだ」
「 ...はあ」
答になってないっ...兄者はいつもだ...もうぅ。
ギーガは駆歩で横一列で走ってくる騎馬集団に寄った。
騎馬集団は西戎の青地に黒鷲図柄の旗を高々と上げて事前に使者
あった介軍大将の使者に違いないとしてこちらに進み寄って来る。
西戎の騎馬集団は伊雛には蛮族に見えた。
衣服は布も纏っていたが、獣皮分量多く頭も青銅や鉄の兜ではない獣毛そのままを被っている。
それだけ武に自負して防御服もいらないという自信か、それとも、軍衣ではないのか。
顔立は荒削りな感じで中原に見られる穏和で優美な品はなく、筋肉は肉塊という強い印象、それは剥き出しで全体から血と汗の混じる殺気と荒い気性が何にも包まれず表に出ていた。
兄者は戎と間違えられる虞あったろうが、こんな血生臭さはないし白い、何より精悍さ...気品がある。
...こいつらは殺戮部隊のようだ。戎とはまさに獣...なのか。
そして、伊雛は、え゛俺はこいつらに人身御供!?と気づいて怖気づいて―腰が引けた。
そのとき、ギーガは既に馬を降りて殺戮部隊の隊長のような獣衣を纏った一際大きい男と見えんとしていた。
彼も馬から降りてギーガに近寄った。
ギーガはでかいが、その男も劣らず大きかった。
「俺は西戎の王ロハムの王子、レノム。介軍の大将、円祥
どのを迎えに上がった。其方は秦は介の大将の使者か?」
レノム王子はまだ若く、他の男たちよりも味好く焼けていない風で顔立ち青く甘く、中味も薄い―と伊雛も思えた。
ギーガは中原の倣いのまま跪いて、自分が円祥。と名乗った。
驚いたレノムはギーガの体を起こし、失礼した。と言ってギーガの稀な顔立ちに魅入った。
「あ、再び失礼を。しかし、そなたが中原の人間と?」
「亜種にてご理解を。」
「あはは、己で己をそう洒落るか。玉の太い」
「レノムさま、お迎えありがたいのですが、このまま進みましては
城は夜に、それでは失礼にて明日朝伺うつもりでした。そのため
既に天幕も夕食も済ませ」
「そうか。しかし城は直ぐそこ。一刻かからん。実のところ其方
らがここまで来ているとは思わず我らが野営のつもりであった」
今直ぐ城に来いと言うレノムにギーガは、それ失礼。と丁寧に辞し
明朝に伺うとレノムの機嫌を損ねないよう言った。
そして西戎の騎馬隊が帰ろうとしたとき、レノムがギーガの後ろ、馬の横で控えていた伊雛に向いた。
伊雛はレノムと目が合って―にこりと微笑んだ。
「円祥どの...あの女は?ここに女など」
レノムはこんな場に不似合いな品好く笑う美女に気付いた。
しかし、王子に魅入られても意味がない。
ロハムをカナンで確認しても王子など考えてなかったなんていつものこと。と自分のミスが自分で可笑しい。
「いえ、あれは男」
「え?男...か?」
西戎にはこのような男の存在は有り得ない。
戦地にて男を抱くは西戎にもあるが、どうやら王子も王の趣味を
知らないようだ―レノムは驚いて、中原とは...。と感嘆している。
「男にしても性別の見えない場合は女として扱います
故に剣術乗馬はもとより舞も歌も習得しております」
「 ...そのようなものを?」
「王に、和睦のための献上品として連れました。それほどに中原に
美麗秀逸の品にございます。王に謁見の御前にはより磨いて参る
次第、ゆえに明日、」
「そうか!...名を何と?」
「伊雛といいます。明日は晴着にて」
「王にそれ伝えおこう」
レノムは伊雛を今一度見遣って―満足気に笑いかけた。
伊雛はどきりともぞくりともしながら―笑い返した。
|
|
|