ALLION【88】
アリオンが今夜このホールで演奏することは、つい先日決定された公演であり、一般に公表されていなかった。
どこで情報入手したのか、彼のファンは流石にファンならではで彼のことなら漏らさないのか、バックヤードにも関わらず、公演時間もインの時間も公表されていないのに待ち構えていた。
アリオンが到着した車は一瞬でファンに囲まれて彼彼女たちの黄色い声とカメラのフラッシュを浴びた。
売れっ子の芸能人スターと変わらない。
ここまで警護要る音楽家て...そんなに人気あったんかい。
何で?外見のせい?それとも何か異なヴァイオリン...?
自分もファンに押された経験あるエヴァは、と言ってもこんな風に詰め寄られるカタチではないが、アリオンの意識が、どこに向いているのか興味が出た。
嬉しいのか舞い上がっているのか、これ当然の自信家...?
アリオンは沸く黄色い声やシャッター音、その中を笑顔で少し振り返りながら建物奥に入って行く。
エヴァは気配を消してアリオンより先に走った。
アリオンより、自分の心配!
「ライラっ!待てよ何を、」
自分を放置して逃げ去ったようなエヴァにアリオンが叫んだ。
「あんなに人がいるなんて聞いてないっ!車から一緒に出た
私が誰?!ってことになったらイヤでしょ?そんなの面倒」
「僕だって驚いたよ、これは極秘なのに、」
「ファンなんて臭覚鋭いわ、いくら隠しても。ファンも必死」
「ライラ?...あ、まあいい。後でちゃんと聴かせて貰うから」
「何を、」
「何だよ、君のヴァイオリンだよ、」
エヴァは思わず手に提げていたケースの取っ手を握り締めた。
「いいわよ?じゃあ、ちょうちょね!」
「あっははは、難しいなあ!」
「アリオン!急げよ?」
前方からアリオンに近い年頃のタキシードの人が寄って来た。
「ああティム!紹介するよ、彼女はライラ。今夜の僕の付人
雇ったから今夜の報酬を頼む。ライラ、僕のエージェント」
ティムはエヴァを見止めて驚いたが、丁寧に挨拶をしてきた。
エヴァはティムの反応楽しく―くすっと笑って挨拶を返した。
アリオンは空かさず驚いた―エヴァは場慣れしているように物怖じひとつなくサ・ナールに見られる品ある物腰で流暢言葉を交わす。
自分よりティムよりずっと社交世界に慣れてるとしか思えない。
この子は...?何を隠している。
アリオンの控室に入って途端、アリオンはヘアメイクのスタッフに取り巻かれて、エヴァは隅にあるソファに座った。
ティムは耳にSPを当てたまま忙しそうに動き回っている。
慌しく沢山のスタッフと思しき人が往来―誰も自分に気づかない、人混って好き~と思っていたら、エヴァは声を掛けられた。
「貴女どこのスタッフ?誰の部下?どうして座ってるの?」
鮮やかな赤スーツの如何にもキャリアウーマンの綺麗な女性。
エヴァは一瞬見蕩れて―返事しなきゃ?と思い出して応えた。
「あ、アリオンの付人です。私が動いては邪魔ですから」
「付人?!」
女性は驚いて言うと同時に、アリオン!と声を張り上げてアリオンのいるだろう方に行ってしまった。
広い控室でアリオンの容姿が仕立てられていた鏡のある場所はそこから遠い―そこまでを阻む人垣を超える必要があった。
その女性はアリオンの方に行ったっきり戻って来なかった。
...ふん。自分こそ部署と立場を名乗りなさいよ?
エヴァの座っていたソファの正面には壁一面に大きいディスプレイがあって舞台の様子が中継のようにライブで映されている。
今は迎賓ゲストか、テレビも観なければ情報薄のエヴァが知るはずもないピアニストの演奏―ベートーベンの5番「皇帝」。
第三楽章...そろそろ終わり。
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