TELIPINU【100】
翌朝、早めに目覚めてギーガは天幕の外に出た。
まだ辺りは真っ暗で、夕べの焚火の赤く小さな火種が黒い地面にちらちらと揺れている。馬たちは何も変わりない。
ギーガが天幕と馬車の外周を見て回っていると朝の光の薄明かりは一気に桜色を放ってきた。
ギーガは馬車の中に入った―ひとつずつ顔を確認した。
気にしていたウーアはニセモノではなくウーアだった。
ギーガはホッとしてウーアが巻いていた布を剥いだ。
ウーアは迷惑そうな顔をして目を覚ました。
「心配した、肢体揃ってるから異常ないな」
「 ...ありがたい。嬉しいよ気遣って頂けて
納得しているよ。お陰様でぐっすり眠れた」
ギーガは、そうか。と言って馬車から降りた。
明るい空と地平を見渡すと昨日遭った樹海は消えていた。
ギーガは天幕に飛び込み、レイリィオンとテリピヌを起こして―出発の準備を急がせた。
「今、消えてもリュディアに近付くほどまた巨大な緑で現れる
ホンモノのサイズになるまで現れないで居てくれると幸運だ
今のうちに出来るだけ飛ばそう。食事なんかしてられない」
ナタもウーアもハスも外を見て声挙げて狂喜―ギーガに従った。
「これはやはりテリピヌ姫と居るからか...。」
「はは、そういうことにしとけ」
独り悦に入るウーアにギーガが笑って言った。
「何が起こっても現実だ。出よう!」
ギーガたちは昨日の利得選択の放棄によって鈍い空気に犯されなかったことから最初の進路を変えず真っ直ぐ、しかも利を得ようと立ち止まったことによって昨日強行突破しようとした条件よりはるかにラクに樹海の現れるエリアを迷わず走ることが出来た。
誰が何をしたとかどうなったとかまやかし出現に理由などない。
樹海は人に因らない。樹海はそこに在って生きている。
その存在を侵そうとする冒涜者を喰うわけでもない。
人が勝手に自分視野で作り出す狂想に自ら喰われる。
英雄宗教の人たちは 自然のありのまま を知らない。
好き勝手歪めてイメージしているに過ぎない。
見たいように見る。そのままを受け入れない。
樹海もまた綺麗な芥子の花と同じ。
砂漠荒野の続いた平原の先に緑の木陰は嬉しい。
疲れ果てた体と心に芥子は喜ばしい。
そのままを無意識に酔えば、天空が笑う。学べ。と。
レッディはナタたちに引っかかってなかったらまやかしは見えなかったかもしれない。見えてもギーガに樹海など何でもないが。
今は人の命を守り切るという状態にいた。
この旅のギーガは思いっきり英雄宗教で遊んで同化していた。
「だいたい何のための7日以上滞在駄目っの法だ、夕べのように
ガタガタ考えなくてもいいためだろ?英雄宗教に関わったって
結論なんか出るか。アヘン、あ、芥子はこの世に存在するよっ
だが何でリュディア内?7日の法守ればいいだけ」
「お前は不老不死の薬に興味出た。だから迷う...弱点になった」
「欲しいもののためのリスク...弱点」
「しかし、不老不死薬は俺たちの憶測。芥子は不毛の地に適する
と言われるが、ある意味、本当に芥子に最高の地かもしれない
そういうことはナーロンに聞かないとわからないが」
「のな、芥子のためだけなら許可しねえよ。あぁ表向きあるから
それに引っかかるんだ。ナタが最初からそれだけを言ってくれ
たらいいんだそれだったら王の許可の下に1年、疚しい気持ち
なしでやれる!」
「そうだな」
「だよ、俺は芥子は興味ない。リュディアは色々麻がある」
「はは、どういう意味の麻だ...で、どうやって吐かせる?」
「どうするか...樹海が見えたら芥子畑に見えるなあ」
リュディアの北からリュオル山の背後をリュオル西までリュオルを囲むように細く長く途中途切れつつ、どこまでが範囲か終わりかわからないほどそこに存在するリュディアのトウラス。
昨日、樹海が見えたことでリュディアはもう直ぐ、樹海に守られるリュディアの北から西の外周には賊も敵も存在しない。
ギーガとレイリィオンは樹海がまた変形する前にと急いで馬を走らせながらも馬車後尾で悠長に喋りながら風を切っていた。
馬車を誘導するように先頭をテリピヌが走る。
晴れ渡って空気は乾き、太陽は相変わらず空一面に厳しい熱を白練色に輝かせて―走る顔に触れる風は心地良い。
リュディアが近いと感じるほど馬の跳ね上げる砂は陽の光に反射してきらきらと目に嬉しい。
走り続けて日が暮れかかった頃、前方左に樹海の緑が見えた。
ギーガが先頭のテリピヌに寄って言う。
「あれはホンモノだ。国境はあと少し。もうまやかしを
気にしなくていい。そのままあれを左に真っ直ぐ走れ」
テリピヌは、はい。と溌剌返事をしたが、ギーガに安堵と不安の入混じった顔に見えた。
その理由が判っていても―言える言葉はない。
ギーガはすぐに馬を下げて後尾に戻った。
TELIPINU【101】につづく。 |
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