「あらたふと青葉若葉の日の光」
芭蕉が旅の途中で目にした日光の山々は、初夏のみずみずしい青葉若葉で覆われていたのだろう。
奥の細道の初めのころの作で目に映る風景が日の光を受けて輝いていた。
もちろん掛詞ではあるが、そうした常套句を陳腐かさせないのが「あらたふと」と敬虔な思いを隠さない芭蕉の率直さであろう。
蕉風の基本に数えられる<わび・さび・しおり・ほそみ>などが、旺盛な若葉の生命力のうちから暗喩されている。
ものが枯れる前から蕉風を感じてしまうのは、あるいは思い込みかもしれないが芭蕉の影響力と言っても過言ではないだろう。
本格的な夏の暑さにさらされる前の初夏を季語とする代表的な名句が日光で詠まれたことは、後世のわれわれにとっても「あらたふと」〈尊い〉ではないだろうか。
近代俳句の提唱者・正岡子規の作「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」は芭蕉の「花の雲鐘は上野か浅草か」にどことなく似ている。
正岡子規が芭蕉を尊敬し影響を受けていたのは事実だからこの似た句風にはニンマリするしかない。
芭蕉が「奥の細道」出発前に住んでいた庵からは上野も浅草も等距離であったという。
人々に時刻を知らせる鐘の音と季語の「花の雲」には親和力がより強く感じられる。
「柿」と「法隆寺の鐘」の間にも親和力はあるが<柿食えば鐘が・・>のカ行強調が目立っていることで逆に効果が薄れたかもしれない。
とはいえ法隆寺のある奈良県は柿を多く産するから、正岡子規の俳句も評価されて当然である。
俳聖・芭蕉の存在は数ある近代俳句作家がどうしても超えられない何かがあるようである。









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