「無き人の小袖も今や土用干し」
芭蕉は史上もっとも有名な刀工を念頭にこの句を詠んだ。
村正〈むらまさ、初代の生年は文亀元年(1501年)以前)、通称千子村正(せんご むらまさ)は、現在の三重県桑名市で活躍した。
千子派は六代以上あり、中でも右衛門尉村正(文亀・永生頃(1501–1521年頃)に活躍)と藤原朝臣村正(大永・天文頃(1521-1555年頃)に活躍)が最大の名工だが、名跡そのものは少なくとも寛文8年(1668年)[まで存続した。
歌人の西行に心酔するばかりでなく、切れ味鋭い戦の武器製作の刀工にも思いが及んでいる。
芭蕉の時代にはまだ美術品として扱う意識はなくあくまでも武器としての刀で。戦は日常の一端だったのかもしれない。
ちなみに小袖は刀工も作業用の衣類として着用した〈当時〉ことから連想し、〈今は〉虫干しの時期が来るたびに土用干しされているよ、と感慨をもよおしたのだろうか。









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