ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

ゴンドラリフト停止事故

2007年12月17日 | 新聞から
         八重の山茶花(見~つけた)
      道路わきで ひっそりと咲いていました

先日、学校の先生は社会人経験者や育児経験者が良いと書きました。そして、「私はこう思うのだが・・・」と何かを書くと、数日後にその件に対する答えといおうか、意見が新聞に載るとも書きました。今日同じ意見が「先生に社会人経験を」と言う記事が載っていました。

投稿した女性は社会人から先生になったのですが、教員を目指す若い学生達と接する中で、少し考えが変わったとも言います。失敗や挫折があっても、若い人の持つ情熱、まっすぐさは、何物にも代えがたいと。しかし先生の失敗は相手が人間である事が問題なんです。

15日に長野県大滝村おんたけ2240スキー場のゴンドラリフトの停止事故があり44基90人が長い人は11時間30分も閉じ込められた。警察に通報があったのは、事故発生後から2時間半後と言われている。何故そんなに遅れたのか?木曽、伊那、松本の消防、警察、村関係者らが投光器で照らしながら衰弱した客を慎重に降ろしたそうだ。

でも、ゴンドラリフトで良かったです。空中に身を置くリフトだったら、体温を奪われて、朦朧となり、事故者が出ていたかも知れません。

当日の11時まで救出活動が続いたが、その数時間後16日の未明には日曜日で晴天という事で、客が集まり始めたと言う。お客達は「知らなかった。知っていたら別のスキー場に行っている」と言ったそうだ。

結局他のリフトを稼動させて営業を開始した理由は「お客様からの問い合わせが多く、営業を決めた」と言うのです。事故に対する反省もないままの営業は「お客様の為」と言えるのだろうか?人身事故のない事故だからとあまりに安易に考えていないだろうか?

王滝村には一度行ったことがあります。王滝口から御嶽山に登った時です。行者さんたちが登るのは覚明行者によって開かれた最も古い行者道、黒沢口だそうですが、もう1本、開田のほうからはリフトで登れると聞いていましたが、故障したリフトも雪のない時は、御嶽登山に使われるとも書いてありましたが、そのリフトなのでしょうか?

私はスキーは2度しか経験がありません。樹氷を見たいのが第一目的で、蔵王スキー場に一度、琵琶湖畔のマキノスキー場に一度です。

蔵王スキー場のほうが先で、現地のスキー教室に入りましたが、運動神経の鈍い(47歳)私は劣等生でした。最終はリフトに乗って上まで行くのですが、そのリフトが行列で、踏み固められた雪はアイスバーンとなり、私には恐ろしい存在でした。又終点で、リフトを降りるのが又下手で、ぴょいと下りればいいのですが、必ずぼてんと転ぶのです。2度乗ったきりです。もっぱら1人で、途中までスキーを担いで登りこわごわ1人で遊んでいました。でも楽しかったです。もう一度滑ってみたいと思うのですが、骨折が怖くて出来そうにもありません。

マキノスキー場は蔵王より雪質がざらざらしていました。此処の想い出は帰りのリフトを待つ間の寒さばかり覚えています。夕日が落ちるとガクンと温度が下がるのです。あの身を切られるような寒さは忘れられません。

イメージトレーニングではありませんが、頭の中では気持ちよく滑っています。趣味としてスキーをしている人を羨ましいと思います。元々が運動嫌いで、ゴルフも習いましたが、とうとう好きにはなれませんでした。音楽に合わせて身体を動かすことは昔から好きでした。怪我をする心配もないし、フラダンス位が性に合っているのでしょうね。




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正月用お買い物

2007年12月16日 | 今日この頃
            まゆはけ万年青
      気付かぬ間にひっそりと咲いていました

中学時代の一時期、何年の頃だったか忘れてしまったのですが、とても仲よくしていた人がいました。この頃、その人のことが何となく思い出されるのです。「如何しておられるのかな~、一度お電話でも・・・」と思っておりました。先日受け取った喪中のハガキの中に彼女からのハガキがありました。今年の1月にご主人が亡くなられて、息子さんと同居されたらしく住所が関東に変わっておりました。

2.3年前から年賀状が来なくなった友達が2人居ます。如何したんだろう?と思いつつ又年賀状の季節になりました。今年こそもし来なければ電話でもしてみようと思っています。普段でも余り電話は使わない私です、不幸な予感が当るのが怖くて出来ないでいます。私がこの世からおさらばしたら、息子は私の友人にハガキを出してくれるとは思えないんです。自分の年賀状でさえ中々取り掛かれない筆不精なんです。彼女達も息子ばかりなんです。そこが一寸気がかりなんです。

花屋さんの前で思うのですが、阪急の園芸売り場にも行ったんですが、クリスマスと言えばポインセチヤと言う光景が変わっていました。今はシクラメンにとって変わられていました。大きい鉢、小さい鉢、赤いのピンク白いのとシクラメンのオンパレードです。

5年間咲き続けてくれた我家のシクラメンがとうとう枯れてしまったので、一鉢買おうと思ったんですが、葉も茂り、蕾も一杯のシクラメンは重くてとても持って帰れそうにありません。色んな色があったのですが、「やっぱり近所で買おか~?お買い物は尼崎で・・・って白井市長も言っておられるし・・・」と送料をケチった言い訳をしながら帰りました。

お歳暮のお返しを送りに行ったのですが、一寸正月用品でものぞいてみようと売り場に足を運びましたが、我ら世代で一杯です。でも所謂お節の品は一寸早いし、お重を頼んだ人も多いのでしょう、人だかりはありません。今買って置けるものを早めに買いに来たという感じでした。

去年、かにすきの後の雑炊の時、べったらが人気だったので、お漬物だけ買って帰りました。問題の賞味期限を見ると08.1.2です「あの~下のほうに期限2日以降のあるのと違います?」「ハイ」「賞味期限の遅いのをください」店員さんは一番下の方から抜き出してくれました。今までだったら嫌な顔をされたかも知れませんが、今話題の賞味期限です、嫌とは言えなかったのでしょう。「かなわんな~」と思いつつも探してくれました。「ありがとね」と包んでもらいました。

去年は何を買ったっけ、とキョロキョロしていましたら、次に目に付いたのが「粒うに」「いかすみ」です。去年、芦屋大丸に買い物に行った時、のん兵衛の主人が望んだ品でした。「粒うに」は兎も角として「からすみ」は年に一度のご馳走です。太っ腹に買い求めました。帰って主人に「粒うにとカラスミ買ってきたよ」と言いましたら「そんな高いもん買わんでもいいのに・・・」だって、食べたいくせに、「正月やな~、有難う」といえば良いのに、素直じゃない・・・。

結局昨日買おうと思ったものは何一つ買わずじまい。結局は毎年決まった地元のお店で買うことになります。でも「ごまめ」だけは近所で買えないのです。既にパックされているので、私は何時もデパートでいい品を少量計ってもらうのです。

帰ってみると、神戸のすし屋さんから「いくら」のお歳暮が届いていた。中央市場から直接送ってくるので新しくて美味しい。ありがたいな~。
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今年も後2週間

2007年12月15日 | 気にかかる
             ルミナリエ
   このま~るいドームが出来てから三回目でしょうか
       平面の形ばかり見ていましたから
       立体的なドームに吃驚しましたね

庭掃除をするつもりが風が強いので、風邪でもぶり返すと大変だと、台所の片付けを始めました。あっというまにお昼になった。お昼を済ませて、年賀状の残りを刷り、一筆書き加えて後は投函するのみとなった。今日から受付が始まっている。

夜はフィギュアースケートを見て過ごした。昼の疲れで、真央チャンのすってんコロリは寝ていて見なかった。出遅れた真央ちゃん明日は何処まで食い込めるか。高橋選手の「白鳥の湖」のホップス調とやら、誰もしなかったことに挑戦した勇気は素晴らしいですね。人間自信を持つと顔つきまで変わるのですね。いい顔になってきました。明日が楽しみです。

後半月で新年を迎えます。何となく「後時間がない・・・」と、心がわさわさと波立っています。準備が遅れがちだからです。

元旦は、前夜おそいので(テレビを見て)11時頃お節を囲みます。夜は「かにすき」ですし、2日は朝お餅を食べて、橿原神宮に初詣、帰る途中で外食、夜は「すき焼き」と大体決まっていますから、「お節」の出番はたったの一回です。でも新しい年を迎えた第一回目のお食事ですから、余りみすぼらしくてもと思い、ついつい作りすぎてしまいます。今年はもう少し考えて余り余るほどの分量を作らないことにします。

明日からそろそろ買い物をしなくては、心が落ち着くようにね。「鰆の味噌ずけの荒味噌」「ごまめ」「昆布巻きの昆布」「干瓢」「黒豆」「栗の缶詰」「数の子」ぐらいはもう買っておいていいのに、いまだどれも買っていないので、気が急くんです。例年ならいくつかの品は買っていたのに、だんだん始まりがおそくなりました。

昔は3日までぐらいは持たそうというので30日に全てが出来上がるようにしていましたが、今は1日の朝まででいいのですから28日ぐらいに出来上がってもいいかなと思っています。「きんとん」「くろまめ」は冷蔵庫に置けばいいし、「ごまめ」は日持ちがするし、「数の子」も漬け汁を別に用意しておけば、31日の晩に漬け込めばいいし・・・と考えれば31日は盛り付けをして、暖房の入らない部屋に置いておくだけだ。味はやはり落ちるかも知れないけれど、我慢してもらいましょう。

29日には餅をついてはいけないと昔から言われているので、28日に搗きます。昔は鏡餅も作っていましたが、丸々捨てることになるのでやめています。歯が悪くなって硬い水分の抜けた鏡餅は食べられませんし、水餅にすれば、まずくて食べられません。子供の小さい時は黄な粉餅にして食べたものですが、今は欲しがりません。神様と仏様に小さな鏡餅を作るだけです。今は暖房が効いていますから、かびるのも早いのです。私自身あんなに好きだったお餅を余り食べなくなりました。

「くろまめ」も色んな炊き方があるのでしょうが、豆自体も早く柔らかくなるようですが、今更煮方を替えるのも面倒なので、3日掛かる方法を続けています。

後は「ごまめ」が炒るのに時間が掛かります。例年お節の作り始めは「ごまめ」を炒り始めることだったのです。だからこれを2日前倒しにすれば、全て早くできるでしょうか。

飾り付けに使う菜っ葉は去年から、庭に生えているバランを使い始めました。萎びることもないし、今まで何故気が付かなかったのだろう。銀紙を敷いたりするより、ず~っと感じが良いの去年気付きました。

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ブログを読む

2007年12月14日 | 今日この頃
            神戸ルミナリエ
      「今年が最後だね」と語りつつ13年
         今年も元気で暖かい灯かりに
            出会えました

何時もなら11月には手元に届いている「ねむの木学園のカレンダー」が届きませんでした。先週末やっと届きました。宮城まり子さんのお手紙が同封されていました。

カレンダーおそくなってすみません。申しわけなく、どんなに待って下さっていたかと心配でした。出来上がりました。石油のネアガリは、こんなところにもひびいてきて、カレンダーをつくるところの見積もりが十月末まできませんでした。やっと今日、十一月三十日まいりました。必死にお送りします。十二月になってから、ごめんなさい とりいそぎ  宮城まり子

言われてみれば、インク、紙、機械を動かす為にも、皆、石油が使われています。お手紙を頂くまで考えもしないことでした。本当に身の回りのことしか考えて生きていないんだな~と思いました。

でもパソコンで「ブログ」を見させていただいてから、こんな世界もあるんだ~、とか、こんな考えもあるんだ~とか、色々刺激を受けています。

毎日訪問しているのは
「冬青(そよご)の風」:竜馬さんは歩き遍路のオフ会でお会いして訪れるようになりました。奈良地方の情報が写真で満載、又走ることの好きな方で、呆れるくらいの行動派です。

「カフェテラス」:同世代の方のようですが、車で、身軽に行動され、その記録写真と身辺記事、訪問初めてまだ日が浅いのですが、毎日の一句に引かれて訪問します。

「母ちゃんちの晩御飯」:料理番組を探していて見つけました。初めにお料理の写真とメニュー。3人の子持ちで、良くこれだけのお料理を作れるな~と思います。愛情たっぷりのお食事を食べるお子さんたちはほんとに幸せ。長男6年生、長女1年生、次女保育園の子供達の生活を書いておられます。その上に今度は仔犬を飼って仲間入り。本にもなっているようです。

「犬のいる生活」:「母ちゃん・・・」と首位争いをしているのでつい見てしまいます。こちらは成人した娘さん二人と犬3匹と手料理もですが、良く外食もされ、その情報写真。読むというより見るブログ。

「奥様は添乗員」:「犬・・・」の主の弟さんのブログ。題名どおりで奥様のお仕事先の外国の情報、主は家でパソコンで旅の関係のお仕事。子供代わりの犬と一緒の留守番のメニュー。男の人でもまめお料理をなさると感心する。

政治と言うか世論と言うかは
「国を憂い、我とわがみを」:産経の記者のようです。色々と政治関係を教えていただいています。語り口が柔らかいので、難なく私の頭に入ります。

「ムネオ日記」:どうして読み始めたのかきっかけは忘れました。でも何となく毎日訪問しています。行けば必ず新しい記事があるからでしょうか。

「きっ子の日記」:口が悪い。毎日、良くこれだけ書けると思う程長文である。パチンコと釣の記事の時は飛ばす。本になっている。

「あやっちのビストロ」:料理番組。毎日訪問していたが、1年ほど前に女の子さんが生まれてから忙しくなられて、毎日の更新とはいかなくなったので時々訪問。器を集めるのが趣味とかで、料理の盛り付けセッティング、その写真の写し方がとても好きなんです。

「長柄の備前焼:六地蔵窯」:知らない世界の事なので楽しみに訪問しています。

まだまだ単発で訪問後、毎日訪問と言うブログが増えて楽しみです。時間が掛かるのが難かな~。



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ルミナリエ

2007年12月13日 | 一寸そこまで
             ルミナリエ
     何だか年々小ぶりになっていくような気がする
          会期も時間も短くなった
           資金不足だそうだ

     テーマ 光の紀元

     作者からのメッセージ
   
    闇の恐怖を
    打ち消す光の誕生

    震災という闇と
    たたかってきた神戸の
    新たな紀元の象徴

    その輝きは
    過去への誘いとともに
    人と人との出会いを
    はぐくんでくれる

    驚きと言う
    無形の価値は神戸と世界を繫ぐ
    新たなメッセージとなる

         作者 ヴァレリオ オフエスティ

今年で13回目を迎えたルミナリエ。私も13回訪れたことになる。我家の年中行事の一つになってしまった。

今年から2日減って、12日間になった。時間も土日は5時半から10時までだが平日は6時から9時半になっている。花の金曜日はは10時までらしい。

何しろ資金が底をつているらしい。このままだと来年の開催は危ぶまれるそうだ。そこで1人100円運動が始まって、あちらでも此方でも募金をお願いする声がしていた。私達も500円を募金箱に入れてきた。

継続開催のお願いの「100円募金」は9日までの集計では約2640万円集まったそうで、やはり皆さん観れなくなるのは寂しいと思っているのですね。

この期間中、雨が多かったように思いましたが、案外人出はあったようです。観光バスで来る方たちは、お天気も関係ありませんし。中間の集計(11日の間での5日間)では計185万人で、昨年より7000人多かったそうですから、私の心配は無用のようでした。

2年目でしたか、たまちゃんと行った時に北野町の公園にも、小さいのが在って見に行ったのですが、これだけ予算が足りないと言うのだからないかも知れないね。

何処でも携帯で写している人が増えました。12年前は大方の方がカメラ片手でしたが、今の携帯は画素数も多くなって綺麗に写るのでしょうね。

我家のルミナリエ見物は行きつけのお寿司屋さんでのお食事がセットになっております。夕方の6時前に家を出ました。そして一目散にすし屋さんに・・・。

今晩は寿司ではありません。年に一度の「河豚の日」なんです。勿論養殖物です。水槽に泳いでいました。河豚は直ぐは食べられないんですよ。下ろしてからねかせて置くんです。何故そうするのか聞こうと思って忘れました。案外養殖は直ぐでもいいのかも知れません。

去年、コースを取りましたら、食べ切れませんでした。年々一度に食べられる量が減っていますので、お願いしてみました。「主人はコースでいいのですが、私は焼き河豚やから揚げ(どちらかを選ぶ)は要りません。其れを食べるとちり鍋が食べられないないから」とふぐ刺しと鍋のコースを頼みました。

ふぐ刺しの量も減りました。連続続いていた切り身が間を空けて並んでいます。驚きました。やはり専門店ではありませんから、薄さが厚い。普通の刺身なら喜ぶべきところですが、河豚だけは薄い方がいいし、小ぶりの河豚(名古屋だと思う)なので切り身も小さい。もう一度だけでいいから大きくて薄いトラフグの刺身が食べたい。それに私の好きな「縮」(河豚の身をさっと湯通したもの)が出てこない。去年までは少しだけれど刺身の中央においてありました。今日は皮だけでした。

結論、やはり河豚は河豚屋やな~。
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母と子

2007年12月12日 | 新聞から
            桜の葉の紅葉
         大井戸公園で見つけました

1ヶ月振りの「フラダンスの日」です。私が旅行で休んだのと、先生がハワイに研修旅行で2週間休まれたのです。毎週参加していても覚えられないのに、すっかり忘れておりました。何かを習う時、その先生が現時点で勉強をしている先生を選ぶべきだと思っていますから、先生が研修にハワイに行かれた事は嬉しいです。

なんだか、一段と上手になられた感じを受けました。音楽も新しい曲でした。新年から、新しい曲に入るそうで、今月は今まで習った復習だそうです。それで充分です。すっかり忘れておりますから。生徒さんも上手な人と、そうでない人とに別れてきました。身のこなしが様になってきました。私?分かれ道でどちらに行こうかと迷っております・・・

もう数十年前になりますが、私の周りに起こる事を、事前に夢で見た時期がありました。その頃は自分の事は解らないのです。又自分が知りたいと思っている事でもないのです。でも夢見たことが現実になったのは確かです。不思議と良い事だけでしたから、嫌ではありませんでした。今は全然です。

この頃です、私が何気なく書いた話が、翌日遅くとも2・3日後には新聞にそのことについての記事が載る、と言うか問題提起される事が良くあるんです。初めは「あれ!」って感じだったんですが、近頃は「やはり・・・」と思うようになりました。

昔と種類は違うのですが、又、予知と言うほど大げさなものではありませんが、私の頭の中で何かが始まっているようです。何故こんなことを書くかと言いますと、おととい「親と子」について、特に母親と子供のふれあいの大切さについて書きました。朝刊に学者さんが私の書いたことを詳しく肯定する論を書いておられるのです。「やっぱり?!」と思ったのです。

『家庭での愛としつけの大切さ
家庭にとってまず大切なのは、そこに親、特に母親の愛情が溢れ注がれていることである。赤ん坊は、母親の体内にあるときから、その愛情を体感する。生まれては母乳を、やがては食べ物を与えられ、身の回りの世話をされ、1年ぐらいたってようやくよちよち歩ける。その後の数年間も、親の世話に成らなければ、自力ではほとんど何も出来ない。ところが、子供の発育にはこの数年が決定的に重要なのである。

最近の脳科学は、人間の脳細胞の9割が、この期間に育成され、<愛は脳を活性化する>ことを明らかにした。この時期の子供に、親が言葉と行儀作法などを教えるのがしつけである。

この時期こそ、子供が情緒や感受性を習得する大切な時である。子供に絵本をあたえ、おもちゃで遊ばせ、お伽話を話して聞かせ、子守唄を歌って寝かせ、やさしい音楽を聞かせ、庭や公園で花の色や香を楽しみ、そして少しずつ挨拶や感謝の言葉を教える。子供の情緒は次第に豊かに、親子の愛情も深まる。かくして子供の心の中に芽生える親、特に母親への敬愛の情こそ人間の情緒の根源である』

後は小学生時代に触れています『学校では特に小学校の教育が大切だ』と・・・。昔から私もそう考えていました。小学校の先生は一度、一般社会で働いた人か、子育てを経験した人になってもらいたいと言う考えです。小学校の先生は学校出たてで世間を知らない若い人より、大人として生活経験の有る人を採用すべきだと思っているのです。小学校の先生と言うのは子供にとって大事なポジションの人だと思っています。

母と子の為に、せめて3歳までは安心して育児休暇が取れる世界を望んでいます。
                           (580回)




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遅まきながら賞味期限

2007年12月11日 | 気にかかる
              松江城
          こじんまりしています
       千鳥が羽を広げたように美しいので
         別名「千鳥城」とも呼ばれる

一日中、降ったり止んだりのお天気でした。お日様が顔を出さないと、空気が冷たいです。やっぱり冬だな~と感じます。


陰地に植えたからでしょうか、小菊が中々咲きません。蕾は一杯付いているのですが、来年は日の当る、しかし西日も当る場所に植え替えてみようと思っています。だけどそうすると日が当りすぎて、葉っぱが今年のように青々としないかもしれません。


「賞味期限」の改竄が問題視されています。先日取り寄せた「鹿児島の菓子」で試してみました。賞味期限12日のものを、届いた直後に食べて、期限を明日に控えて今日食べて見た。到着直ぐは、弾力感、餅々感、口当たり共に最高に「美味しい!」でしたが、今日食べてみると、微妙に違うんです。ちゃんと一つずつ包装されているのですが、水分が抜けていると言うか、全ての点で味に変化があります。

「賞味期限」と言うのはその日までなら美味しくいただけますよと言う目安になる日付だと思うのですが、その日付を先延ばし書き換えるという事は、正しい表示の時には美味しい筈の物を「我が社の商品はこんな不味いものです」と思わせるようなものではないでしょうか。

今回の実験で、生菓子は賞味期限の3.4日前から味が落ち始めると思っていい様です。「日にちがたてば、レンジで暖めると美味しくいただけます」と添え書きがありますが、甘みが強くなったりとか、直後の美味しさには及びません。来年からは「送料が勿体無いから」何て言わないで、美味しい内に食べきれる量づつを注文しようと主人と話しました。


中国の大学卒業生も就職難だそうです。増えていく大学卒の数に受け入れる会社の数が追いつかないのでしょう。日本語熱も盛んなようです。日本語を専攻して日本の会社を希望する生徒が増えているようです。

広い中国、中西部や東北部では大学卒業者の初任給が1000元(日本円で1万5000円)程度と労働者の平均給与を下回る地域もあるそうです。

日系の大手家電で月給が3500元(約2万2500円)貰っている友人を持つ女の子は、自分も日系会社に勤めたいという。そして就職できても、日本人のように退職までと言うのではなく、5年10年勤めてみて、その時の条件を考えて、転職か続けるかを考えると言うのです。この考え方はアジア人間でありながら西洋的な考え方のようです。

それにしても物価の関係でしょうが、初任給にも、日本と中国との差は歴然としていますね。日本企業もこんなに安く優秀な人(日本の企業会社説明会に求人41社に対して1400人集まったから選り取り見取りだろう)を雇えるなら現地で雇うでしょう。

反対に国費留学で日本に勉強に来ている人が、日本で就職した場合(色々条件はあるらしいが)給料は日本人と同じだから故郷で就職するのと4倍ぐらいになるのだから、金額だけを聞けば、日本の物価高は想像も出来ないだろうから、故郷の親は吃驚するだろう。

国費留学生と結婚した娘を持つ友人がいる。国際結婚といっても日本語ぺらぺらだから意思の疎通には事欠かない。娘が二人生まれて「バイリンガルだね」と私が言うと「中国語を学ばせる気は無い」と言う答えだった。何故だろうか?と不思議だった。父親が母国語で話しかけさえすればいいだけなのにな~と思った。結果はどうなっているのか、聞いていないが・・・。
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親と子

2007年12月10日 | 気にかかる
           松江城の貫禄の紅葉
          これぞ紅葉 これぞ紅葉

月曜日と言うことを忘れて、郵便局にいきました。小さな郵便局は満員です。思わず「わ~凄い人!」すかさず「どうぞ・・・」って椅子を譲ってくださった若い男性。これって喜んでいいのやら、悲しいのやら、複雑です。勿論ありがたく腰掛けさせていただきました。

2歳ぐらいの男の子と3歳ぐらいの女の子を連れたお母さんがいました。女の子は弟と背丈も余り違わない年子のようでした。小ちゃくったってお姉ちゃんですから、お母さんはお姉ちゃんに我慢するように言います。それに慣れている弟はわがままです。でもいじらしいくらい小さなお姉ちゃんは我慢するのです。我家も年子でしたから、私も知らず知らずの内にお兄ちゃんに辛抱させていたのだろうか?と考えさせられました。

このお母さんが順番が来て。用事が終わった時、小さな二人の子に「お待ちどうさま。有難うね」って声を掛けたんです。ドアを出る時もう一度「有難うね」って言っているんです。若いのにこのお母さん凄いな~と思いました。

この頃「有難う」と言う言葉を聞くことが少なくなりました。其れはその親が言っていないという事ですよね。このお母さんのように、「一緒に待ってもらって有難う」と言う気持ちを言葉に出す人は少ないですね。子供のお手本は母親ですから。
きっとこの子達は大きくなったら「有難う」の言葉が何気なく言える人になるのでしょうね。

今は保育園に預けて働く親が増えました。共稼ぎで豊かな生活と、やりくりして、子供と接するのと、どちらが幸せなんでしょうね。勿論後者だと思います。

日本の社会が一度職を離れると中々いい条件で再就職できないから、どうしても人に子供を預けて働いてしまうんでしょう。保育所を増やすことを考えるよりも、子育てを終えた人が安心して再就職できる制度を考えた方が、子供の為にもいいような気がするのですが・・・。

メキシコのオユキサンは次女、三女はメキシコで結婚しているのですが、長女だけは日本に住んでいます。彼女が働きたいと言ったら「ママは子供が小学生の間は働きに出てはいけないと言うの。子供には母親が必要だからって」と言っていました。私も同感です。どんな理由をつけても、子供を人に預けていいとは思えません。親が必要な期間は長い人生のほんの一時なんです。

それ以前の問題なんですが、知人で子供のない人が居ます。理由が「子供を産まなかったのは、仕事がしたかったから。姑は私が育ててあげるから産みなさいといってくれたが、其れは嫌だった。自分で育てられないのなら、子供は要らないと思った」と言うのです。私は驚きました。その人の心の中には姑になつくわが子を見るのが嫌だったのかも・・・。でも心配無用なんです。祖父母と孫との間なんて、ほんの短期間なんですから、親との生活の方がず~っと長く続くのですから。

私が専業主婦だったから言うのではありません。母が働く人だったからです。母と接する時間が短かった、その結果として母と子の関わり方が私の身に付いていなかったのです。だから私は息子達との接し方がとても下手だったのではないかと、今になって思います。自分の経験の無い事をすることが出来なかったのです。一概には言えないのですが、母と密に接した子と、預けられた子とでは、親になった時違うのではないかと思うんです。それに気付くのは子育てのとっくに終わった頃なんです。大家族で色んな愛に包まれて育った子と一人っ子で育った子の差でも有るかしら?
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富山市はグー

2007年12月09日 | テレビから
          松江・嫁ガ島に沈む夕日
         これが夏場ですと色の変化も
          鮮やかだったと思うのです
       でも私にとっては満足の日の入りでした

目覚めて直ぐ、プリンターのセッティングしました。面白いことに、前回セットするときに迷って時間を掛けたところは今回も頭をひねりました。どういう事でしょうね、これは。

運転していてこんな事ありませんか、間違った場所まで行って、前回も此処で間違ったんだわと気付くこと?私だけでしょうか?

サンディ・プロジェクトで「農村の過疎」ではなく「市」と付く場所の過疎について話していましたね。「ローカル線」の廃止は勿論の事、「路線バス」が赤字だという事で廃止され、「マイカー族」でない老人の足を奪ってしまっているのです。

「路線バス」を廃止して、申し訳のように数本の小型バスを出した市もありました。でも「私達にも都合がある」という事で不評のようです。どうしても用事のある時は纏めておいて「タクシー」を呼んで、一度に仕事を済ませ、待たせておいたタクシーで帰宅すると、2時間ぐらいで6千円を越すんだそうです。だからおのずと外に出なくなりましたと話しておられました。1人暮らしで、外へも出ず、人と話すこともない、そんな環境にお年寄りを置いていいのでしょうか?

富山市は違うんです。富山市の森市長は過疎の市民から、老人からその足を守っているのです。今、マイカーで用がなせても、老後は不可能かもしれない。30年後を念頭において、電車やバスを廃線にはしないという事です。

富山港線と言う赤字路線も、ポートラム・富山ライトレールとして残しました。見せ掛けの予算を計上せず、初めは2000万の赤字覚悟と発表しましたから、そんな赤字を出してまでと反対がありました。しかし長い目で見れば交通機関は絶対に必要だからと頑張られました。赤字のはずだった今年、予想を覆して数百万の黒字だったそうです。30分足らずの距離なんですが、新設の駅も増やして、利用しやすくし市民の皆さんのお役に立つ路線にしたのです。

富山ライトレールと言う車両はスマートな車体です。「国際交通安全学会賞」「CSデザイン賞」「日本鉄道賞」「グッドデザイン賞」「バリアフリー優秀大賞」等、9っの賞を取っています。「バリアフリー賞」と言うのは、電車の出入り口とプラットホームが、面一になっていて段差がないのです。だから足の悪い方にも乗り降りし易いのです。「グッドデザイン賞」は、ほんとにスマートで可愛い車体に人気があり、観光客も乗る人が増えているそうです。私も乗りたいな~と思いましたよ。

電車だけではありません。孤立している町をバス路線で結んでいます。フィーダーバスと言う名前です。電車も・バスも65歳以上の人のために「シルバーパスカ」があり、それぞれ、100円(電車もバスも、普通一回200円)で一日中乗れるようになっています。何処の市も赤字財政の今、老人だからといって無料にする必要もないし、このような特典を作ってくださればありがたいと思います。

トップが良いと市民は助かります。森市長を少し調べました。56歳の働き盛り、月一で市のホームページにエッセイを書き、「森のひとりごと」と言うブログもあります。我尼崎の白井市長は「車座集会」と銘打って、市民との意見交換の場を作っておられますが、森市長も「出前トーク」と言う市民とのふれ合いの場を持っておられます。市民の為の市長さんのお仕事、これからも見守っていきたいと思います。
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プリンター

2007年12月08日 | 今日この頃
           足立美術館の庭
        庭園日本一の庭のほんの一部
       大きすぎて一枚には入りきれない
      好みの一部分を切り取るより仕方ない
         手前の影は白砂に続く

昨日は体調が良かったので、だが夜まで出歩くから・・・と心配しつつもインフルエンザの予防注射に行った。幸い風邪を引き戻すこともなく今日も快調。

この機会を逃すと、又、何時風邪に取り付かれるかも知れないと思い切って大阪に出かけた。一番の用事はヨドバシカメラにプリンターを見に行くこと。

年賀状の宛先を印刷して、文面を印刷しようとした途端、プリンターが動かなくなった。以前動かなくなった時はインクによるものだったが、今度の故障は、メーカーに問うだけではすまないものだった。まだ買ってから2年しかたっていないのだが、私は頻繁に使っている。回数からすれば、人様の2倍や3倍ではきかないように思う。修理に出して直せないことはないかも知れないが、一番の書き入れ時年賀状が間に合わなくなる。それに今の人件費の高さから何千円と取られるだろう、それなら高いものではないし買い換えようと思った。

今は「A3]印刷の大型が花形です。でも「A4]で充分です。次が複合型ですが、私は別になったスキャナーを持っていますから、その必要がない。どんどん絞っていきますと、2.3種類しかない。そしてそれらは1万円前後の値段である。私は買う気になった。値下げ札の上に又2千円引きの紙が張ってあった。2007年度の新型であるにも関わらず、残品整理に入っているのだろうと思った。

現在持っている機種の同系列のものを選びたかった。相すれば使用方法も変わらないから使い易いし、まだ残っているインクも使いたいと言うミミッチイ考えもあった。これがその型だろうと見つけてから、女性の説明係を見つけて、自分の希望を伝えた。私は現在のプリンターの資料を持っていたので、其れを示して説明を乞うた。購入予定の機種と色々照らし合わせてみて、この機種が私の望んでいる条件を満たしていると説明してくれた。

即日配達できるとのことで、もう手元に届いている。説明書を読んだので、明日にでも入れ替えようと思っている。夜の疲れた頭より、朝の生き生きした頭の方が間違いがないだろうという理由をつけて、今すぐにでも取り付けたい気持ちを抑えている。何でも新品になるという事はワクワクすると同時に、使いこなせるかしらと言う一抹の不安もある。

現在のものと新しいプリンターの心残りな違いは、今の機種が6色+別の黒なのに対して4色+別の黒と2色少ないのである。大方の4色と言うのと比べるとやはり色合いは落ちるのかも知れない。しかし、今の機種と同じ6色+別の黒は複合器にしかないのだから仕方が無い。涙を呑んで色数を落とすことにした。

今回は「A3」の機種のほうは見なかったのだが、大きさだけではなく、色々と便利な機能が付いているのだろうか。新しいだけに値段も8万とか10万とか高いもの。今回の機種はバーゲン・バーゲンの値の重ね売りの上に、貯めていたポイントを使ったので1万円札にちょっぴりだがお釣が来た。

製造会社を変えようかと考えもしたが、そうすると、使い方は初めてになるし、新しいインクも用紙も無駄になる。という事から会社は変えない事にし様と思った。

色々とこまごまとした買い物が溜まっていたので、其れを急いで済ませて帰宅しました。

今夜は新しいプリンターの夢でも見ながら眠りましょう。

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