蘭
20年前鹿児島の叔父が88歳叔母が80歳の祝いの時
従兄弟の家で咲いていた貰って増やして大きくなった
見に行ってきました。「寝ずの番」過日、徹子の部屋に津川雅彦さんが出られた時又鶴瓶さんが出られた時「面白いから・・・」と言う事で、是非見たいと思っていた。放送禁止用語がバンバン出てくる。これくらいの予備知識しかなく行った。主人の予備知識はゼロ。新聞の映画欄を見ていると、一日2回だけの上映だったのが先週辺りから3回になっているこれは観客が増えたのだと思った。事実私達は1回目(10時)の部で早かったから半分の入りだったが、12:10の部の人は驚くほど次から次へとエスカレーターを上がって来た。
原作:中島らも 角川文庫 420円
監督:マキノ雅彦(津川雅彦)
出演:長門裕之 中井貴一 木村佳乃 堺正章 富司純子
宣伝の言葉に「バチが当たるほど面白い」と在った。中島らもの人情喜劇が原作。
本を読んでいないので原作にどれほど忠実なのか分からないけど、放送禁止用語がこれでもかこれでもかと言う程出てくる。それも役柄とは言えお堅いと信じてた中井貴一さんの口から・・・
この映画で「寝ずの番」とはお通夜で仏様の守をして起きている事を意味するらしい。上方落語家の重鎮の死、一番弟子の死 女将さんの死、三人の通夜での故人を偲ぶ席での思い出話である。
始めに臨終の落語家の言葉を日ごろの生き方から誤解してしまう事から始まる。
まず主人が噴出した「あれ!何か面白い事いった?」私は急いで頭の回転を逆回しして「そうやったん」と合点、大笑いした。その道に関しての理解度は主人の方が数倍上、それが笑いの時間差として現れたのである。
本当に、歌の歌詞として放送禁止用語がどんどん出てくる。始めこそ驚いたが頭の回転が順応して反射的に理解し笑える。笑った笑った笑った。唯、生真面目一本で放送禁止用語に笑ってる自分にブレーキをかけてしまう人には勧めない。私はすぐ同化するので結構楽しんだ。隠語と言われる言葉の連発ではあるが陰湿な感じは受けない。余りにもストレートで迷いがないから。
帰る道すがらも二人でどんなに思い出し笑いをしたことか・・・。兎に角腹の底から笑ったのであるから、精神衛生上は良かったのではないか。
中島らもさんの本は一時よく読んだ。らもさんの実家の歯医者さんは我家の近くであり、我家の歯のお医者様でもある。お兄さんが現在は継いでおられる。らもさんに似ているかな?と思うのですが、いつもマスクでお顔が見えない。残念!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
帰宅すると「いっささん」から嬉しいお便りが届いていた。彼女の俳句が「高野山の俳句大賞」の佳作に選ばれ、一年間木札に書いて掲示されるというのです。
彼の山の 彼の世を照らし 月冴ゆる
彼女とは遍路の時に知り合いました。二晩同宿でした。その朝私は自分の住所を書いた「納め札」を差し出し「よろしければ住所の交換を・・・」と申し出た。幸い承知していただいてた。結願の高野山には同道させていただいた。私の遍路記もお読み頂いた。
彼女が遍路の俳句を送ってくださった。それを読ませていただいて「この人に才能あり」と感じた。先生につこうかと言う話が出た時、私は「自己流で」とお勧めした。何故ならば先生に手を入れられると一段と良い句になるかもしれないが、それは先生好みであり先生の句になってしまう。右も左も分からないのなら未だしも、彼女の場合は立派に自分の思いを自分の言葉で作っておられる。それで良いのではないかと私は思ったのです。
私の主観で「自己流で」とお勧めし、そのようにして下さっているのですが、私の感に間違いはなかった。それ以後も「歳時記」「奈良の千人一首」「伊勢神宮の観月会の献句」この度は「高野山の俳句大賞の佳作」と自力で「賞」を引き寄せておられる。私はとても嬉しく、自分の目に狂いの無かった事を誇らしく思っています。これからも自分の力を信じて精進していただきたいと思います。
子供の俳句のような句しか作れない私の言葉を信じてくださって有難うございます。感謝しています。
20年前鹿児島の叔父が88歳叔母が80歳の祝いの時
従兄弟の家で咲いていた貰って増やして大きくなった
見に行ってきました。「寝ずの番」過日、徹子の部屋に津川雅彦さんが出られた時又鶴瓶さんが出られた時「面白いから・・・」と言う事で、是非見たいと思っていた。放送禁止用語がバンバン出てくる。これくらいの予備知識しかなく行った。主人の予備知識はゼロ。新聞の映画欄を見ていると、一日2回だけの上映だったのが先週辺りから3回になっているこれは観客が増えたのだと思った。事実私達は1回目(10時)の部で早かったから半分の入りだったが、12:10の部の人は驚くほど次から次へとエスカレーターを上がって来た。
原作:中島らも 角川文庫 420円
監督:マキノ雅彦(津川雅彦)
出演:長門裕之 中井貴一 木村佳乃 堺正章 富司純子
宣伝の言葉に「バチが当たるほど面白い」と在った。中島らもの人情喜劇が原作。
本を読んでいないので原作にどれほど忠実なのか分からないけど、放送禁止用語がこれでもかこれでもかと言う程出てくる。それも役柄とは言えお堅いと信じてた中井貴一さんの口から・・・
この映画で「寝ずの番」とはお通夜で仏様の守をして起きている事を意味するらしい。上方落語家の重鎮の死、一番弟子の死 女将さんの死、三人の通夜での故人を偲ぶ席での思い出話である。
始めに臨終の落語家の言葉を日ごろの生き方から誤解してしまう事から始まる。
まず主人が噴出した「あれ!何か面白い事いった?」私は急いで頭の回転を逆回しして「そうやったん」と合点、大笑いした。その道に関しての理解度は主人の方が数倍上、それが笑いの時間差として現れたのである。
本当に、歌の歌詞として放送禁止用語がどんどん出てくる。始めこそ驚いたが頭の回転が順応して反射的に理解し笑える。笑った笑った笑った。唯、生真面目一本で放送禁止用語に笑ってる自分にブレーキをかけてしまう人には勧めない。私はすぐ同化するので結構楽しんだ。隠語と言われる言葉の連発ではあるが陰湿な感じは受けない。余りにもストレートで迷いがないから。
帰る道すがらも二人でどんなに思い出し笑いをしたことか・・・。兎に角腹の底から笑ったのであるから、精神衛生上は良かったのではないか。
中島らもさんの本は一時よく読んだ。らもさんの実家の歯医者さんは我家の近くであり、我家の歯のお医者様でもある。お兄さんが現在は継いでおられる。らもさんに似ているかな?と思うのですが、いつもマスクでお顔が見えない。残念!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
帰宅すると「いっささん」から嬉しいお便りが届いていた。彼女の俳句が「高野山の俳句大賞」の佳作に選ばれ、一年間木札に書いて掲示されるというのです。
彼の山の 彼の世を照らし 月冴ゆる
彼女とは遍路の時に知り合いました。二晩同宿でした。その朝私は自分の住所を書いた「納め札」を差し出し「よろしければ住所の交換を・・・」と申し出た。幸い承知していただいてた。結願の高野山には同道させていただいた。私の遍路記もお読み頂いた。
彼女が遍路の俳句を送ってくださった。それを読ませていただいて「この人に才能あり」と感じた。先生につこうかと言う話が出た時、私は「自己流で」とお勧めした。何故ならば先生に手を入れられると一段と良い句になるかもしれないが、それは先生好みであり先生の句になってしまう。右も左も分からないのなら未だしも、彼女の場合は立派に自分の思いを自分の言葉で作っておられる。それで良いのではないかと私は思ったのです。
私の主観で「自己流で」とお勧めし、そのようにして下さっているのですが、私の感に間違いはなかった。それ以後も「歳時記」「奈良の千人一首」「伊勢神宮の観月会の献句」この度は「高野山の俳句大賞の佳作」と自力で「賞」を引き寄せておられる。私はとても嬉しく、自分の目に狂いの無かった事を誇らしく思っています。これからも自分の力を信じて精進していただきたいと思います。
子供の俳句のような句しか作れない私の言葉を信じてくださって有難うございます。感謝しています。
「寝ずの番」ご紹介有難うございます。
是非行ってみたいと思っております。
「寝ずの番」気持ちを開放して「アハハアハハ」と笑ってください。底辺には亡き人を偲ぶ心が詰まっている事を感じていただけると思います。
心のタフなお友だちを選んで行ってね。ハハハと笑い飛ばせる人・・・
お山の県はお天気かしら?関西は暫く雨みたいね。気をつけて行っていらっしゃい。
有難うございます。
かなり太目のからだなので、入る穴がありません!
本当に、誰でもが持てるものでない力を持っておられてうらやましい。今後とも楽しませていただきます。