ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

竹林はるか遠く

2014年02月06日 | 読みました






今朝はバケツの水に氷が張っていました。寒かったのですね。一日中家篭り
でした。


     竹林はるか遠く     ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ


「日本人少女の戦争体験」と言う副題がついております。1986年ごろ出版され
たそうですが、其の後20年たった2006年の秋、ボストン近辺に住む在米2世
韓国人たちが突然怒りを爆発させました。

本文の中には、韓国にいた日本人達が、本国に帰ろうと着のみ着のまま歩き続
けていました。其の列を襲い、身につけているものを剥ぎ取り、命さえ奪ってしま
いました。日本の娘と見れば、強姦をする、したい放題の韓国人の行動を、当時
9歳だったヨーコが覚えていて、それを書き残したのです。

これを読めば、今の「慰安婦問題」等言えた義理かと思いながら読み続けました。
私も「日本女性を強姦」と言うことはうすうす知っていました。お若い女性は、女に
見えないように頭を丸刈りにし、胸にさらしをきつく巻いて男性に見えるようにした
そうです。また、娘達を魔の手から守るために、自らが犠牲になって、不特定多数
の韓国人を相手にした、日本の売春婦もいたという事も読んだ記憶があります。

中国から帰国してきた、姑の妹も、丸刈りで、ぼろぼろの服で帰ってきたと聞きま
した。戦に負けた日本人は、生きて帰るのが精一杯だったようです。

そういえば、今は無きオユキさんも上海からの引き上げでした。小学4年生ですか
ら、あまり分からなかったのかも知れません。今から思えば、おばさん(オユキさん
の母)に「もう一度上海に行きたいですか?」と聞いた時「行きたくない」との答えが、
私には不思議でしたが、今思えば、上海での豊かな生活を捨て、引き上げてくる
までが大変だったのでしょうね。

ベトナム戦争でも、韓国兵はベトナム女性に、同じような罪を犯したとも聞いていま
す。日本人相手の「売春婦」は大金を儲けたというではありませんか、身体的にも、
日本の身体検査で、性病になることからも守られていたと聞いています。

其の生活を、軍隊に強制されたとか、「売春婦」を「慰安婦」と名を変えて、日本に
圧力をかけようとする。「売春婦」は貧乏から親に売られて(昔は日本でも貧乏で、
子を売るということはあったようですが)なった人で、同じ「売春婦」と言っても、巷
の売春婦と軍に志願?した「売春婦」とでは、収入に雲泥の差があったそうで、軍
関係の人は豊かな生活だったと読んだことがあります。

「男の性」といいますか、求める者が居れば、それに答えて、身を売る者も出る。こ
れを国際問題にする女性大統領の頭の中はどうなっているのでしょう。この本を大
統領に読んでもらって、感想をお聞きしたい。

コメント
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