ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

京都の紅葉

2006年11月22日 | 一寸そこまで
         佐藤さんの見事な菊もこれでお終い
           庭に咲く花が少なくなって
              助かりました

わが市の「花いっぱいの会」から京都の紅葉を見に行った。南禅寺と京都府立植物園の予定だったが、バスの駐車場の都合で永観堂の駐車場(南禅寺の駐車場が満杯だった為)を使わせてもらうべく立ち寄った。

しかし永観堂に入場しなければダメと言う。もっともではある。61名中9人では不足だという。私は過って「見返り菩薩」も拝観した事があるが、こんなに数珠繋ぎの人出の時に拝観するものではなく、静かな雰囲気の中で拝観するものと思うので、希望しなかった。まして普段は600円で入れるのに、紅葉の時期は1,000円だという。人の足元を見て、是では商売だ。名物の紅葉に手間が掛かる(我家にも紅葉は2本あるが、そんなに手のかかる木ではないと思うが)にしてもひとり1,000円は高すぎる。

結局私達のバス2台はバスガイドさんと連絡を取りながら、近くをぐるぐる回る羽目になる。運転手さんはお気の毒。私達が南禅寺の紅葉を楽しんでいる間にバスガイドさんの機転で見つけた空席に滑り込んで私達を待ってくれた。

南禅寺の紅葉は見事でした。南禅寺垣根といわれる竹?の垣根に紅が映えていた。レンガ作りアーチ式水路に映える紅葉も綺麗だった。

お食事は「順正の湯豆腐」。有名なお店だが私は始めてである。特別お豆腐が好きでもないので行かなかった。初めは南禅寺の店(風情がある)の予定が清水寺に変更となった。
時間より早く着いた為に此処でも待たされた。店の前は満員の待ち人。それを狙ってちゃっかりとお土産店を出している。情緒も何も無いお部屋だった。

ガスコンロの上に4人前ずつのお豆腐が煮えている。薬味は刻みねぎだけ、ゴマ豆腐は見たこと無いくらい薄っぺらい。田楽や天麩羅は冷え切っている。がんもどきだけが少し暖かい。御飯にしばずけ、是で2100円だ。それも次から次に運んでくる、狭い机に一杯だから、つい急いでしまう。詰め込まれた鶏の前に餌を並べる如く・・・。何だか悲しくなってきた。後で調べるとこの店は団体専用とあった。

京都の道路事情の悪さ、この食事然り、心使いの無さは「京都は来て下さいと呼ばなくても人が寄ってくるから」とガイドさんが言っていた。清水寺の三年坂などは人に触れないで歩けないほどの人・ひと・ひとである。春に桜を見に来た時でもこんなに一杯ではなかった。歩いている人が言っていた「平日だというのに、人は働いていると思うのに、この人たちは何処からきたん」って。

植物園も花は少なかった。温室が僅かに救いだった。これぞと思う珍しい花はパチパチ撮って来た。グロブのトップを飾る為に。

ガイドさんが面白いことを言っていた「奈良と京都のお寺の違いは?」「奈良のお寺は檀家を持たない、だからお墓が無い。京都は小さなお寺でも檀家がいて墓がある」って。じゃ~奈良の人のお墓は何処?

思えば私は京都の紅葉は初めてなんだ。でももういい。秋の京都はこりごりだ。とはいっても阪急友の会の「京都八瀬の瑠璃光院の乗車券つき入場券」を持っている。はや~くに家を出よう。

秋は奈良が多かったような気がする。奈良は静だったように思う。来年は奈良にしよう。

私が今までで一番美しいと思った紅葉は「乗鞍」だった。マイカーの旅だったが、コーナーを曲がるたびに「うわぁ~綺麗!」と叫んでいたもの。花木のいい時期に出会うのはとても難しい。「乗鞍の紅葉」もあの日の思い出だけに留めて置いた方が良さそうだ。
コメント (2)
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