ちいさな幸せ

幸せの基準ってある?
それは自分の心の中にあると思う。
私は何時も陽だまりのような幸せの中に居た。

めぐみちゃんと家族のメッセージ 横田滋写真展

2006年09月16日 | 一寸そこまで
             アロエ
        斑入りのはずが何処へやら
         隠れてしまって緑一色

昨夜、横田さんご夫妻がこの写真展の事でテレビに出ておられた。さきえさんがお元気に見えるのは1年前から栄養剤の点滴を受けておられるからだそうだ。何時も胸にあるブローチは支援者の94歳の方の手作りだと知りました。その方の手が不自由になり、娘さんにバトンタッチされたようです。

千里の朝日阪急ビルの4階で開催の写真展に行きました。土曜日だったので大勢の人でしたが、会場では皆さん黙々と見つめておられた。其処には両親の愛を一杯に受けた13年間のめぐみさんが居た。

横田ご夫妻の言葉:写真をご覧頂いてめぐみが決して特別な子ではなく、めぐみが他のあらゆる子供とどうよう家族にとってかけがえの無い存在であり、それを北朝鮮の国家犯罪と言う突然の暴力によって連れ去られてしまった事を知って頂きたいと思ったのです。

転勤族ゆえ転校もした、家族旅行もよく行かれたようだ。さきえさんはめぐみさんの服はほとんど手作りだったそうだ。私達の時代は子供服は今のように豊富ではなかった。可愛い服装をさせようとすれば親の手作りしかない。私も男の子だったけれど普段着はほとんど手作りだった。

若い頃のさきえさん写真を見て「えっ!この人が・・・」と思った。感じが違っていた。今も美人だとは思うが、やはり違う!と思う。28年もの間行方不明でやっと9年前に拉致されたと知ったのである。生死の解らない20年がさきえさんの心に沈み顔に表れたと感じた。拉致されたと知った頃、街頭の署名運動の頃から髪が急に白くなられたようだ。人前ではしっかりしておられるが故に人の目の無い所では倍苦しかろう寂しかろうと察する。

横田さんご夫婦の家にはめぐみちゃんとヘギョンチャンの写真が並べて飾られていました。やっぱり孫娘しっかりと抱きしめたいであろう。この人の幸せで在るはずの人生を根こそぎ奪ったのだ、北朝鮮と言う国は。

めぐみさんの作文が2.3ありました。しっかりしたお嬢さんだと言う事が良く解ります。私の心を引いた葉書がありました小学4年生の時、自然教室の合宿からの一足早い家族への年賀状です。自作の版画に「たくやてつやおとうさんおかあさんもうすぐかえるよ!!まっててね」これが北朝鮮からの便りであったらな~・・・と私は一人呟いた。

青いピンバッチ2個とさきえさんの書かれた「めぐみ、お母さんがきっとたすけてあげる」も買いました。私にはこんな事しか出来る事がない。

写真を見た感想を書くテーブルがありました。私も書いてきました。

感想文:ある日突然娘を北朝鮮に拉致された横田さんご夫妻、わが子の29年間の成長を見守る事も、手塩にかけることもできなかった。さきえさん一日も早く貴女の元にめぐみさんが帰ってこられる事を祈り、信じております。そして残りのこれからの時間をめぐみさんやヘギョンチャンと静かに過ごせる人生で在る事を祈っております。母親達は皆貴女を応援しています。
朝日新聞さんに:もし会場が堂島の朝日ビルであれば、もっと多くの方に見ていただけるだろうにと残念に思います。

私の家から乗り換えもあって約1時間掛かりました。堂島ならオフィス街ですしもっともっと見てくださる人があるだろうと思いました。

9月20日までです。地下鉄千里中央に在るA&Hビル(朝日阪急ビル)4階です。すでに10数万人の方が見ておられるそうですが、大きな事件のあるたびに「拉致問題」は霞んでしまいます。一人でも多くの人に見ていただきたい。私達に出来るのはこうして世論を盛り上げる事しかありません。

































コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする