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「引用元:Yahoo!JAPANニュース」

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投票はIOC方式か=W杯サッカー開催地決定

2010-10-21 12:12:13 | NEWS
 日本が立候補しているサッカーの2022年ワールドカップ(W杯)に関し、日本協会の小倉純二会長は21日、開催地決定の投票方法について、いずれかの候補が過半数を獲得するまで最下位を振り落としながら繰り返す、国際オリンピック委員会(IOC)と同じ方式が採用されるとの見方を示した。 

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坂田が右肩負傷=J1横浜M

2010-10-08 13:51:45 | NEWS
 J1の横浜Mは8日、FW坂田大輔が右肩鎖関節亜脱臼で全治3~4週間と診断されたと発表した。6日の練習中に負傷した。 

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温和な人柄、さい配には厳しさも=ヤクルト立て直した小川監督代行―プロ野球

2010-10-07 06:07:31 | NEWS
 今季途中からヤクルトを指揮する小川淳司監督代行(53)には、近寄りがたい厳しさのようなものがない。正式に次期監督となることが決まったが、「正直、自分でいいのかなという気持ち」と謙虚な反応。ファンの声援には、いつも柔らかい表情で手を挙げて応えるような、温和な人柄だ。
 ただ人が良いだけではない。結果を出した。5月27日にチームを引き継いでからの勝率は6割を超え、最大19あった借金を完済。守備に難はあるが、打力に優れる畠山や川端を先発で使い続けるなど、小川代行ならではの起用が当たった。「常識人という感じで、熱いものも持ちながら冷静さもある」とは、チームリーダー青木の言葉だ。
 9年間の2軍監督の経験から、チーム全体をよく把握し遠慮はない。走塁や守備でミスをした選手をすぐに先発から外すという厳しさも見せる。その上で、コーチや選手とのコミュニケーションを重視するやり方が一体感を生んでいる。
 「選手の掌握術と人間性が今の成績に出ている」とは鈴木正球団社長。フロントからも高く評価される小川代行だが、「監督としてどういう風に変わるのか、自分でも想像がつかない」と話す。どん底にあったチームを変えるため、思い切った策がとれた今季。来季は状況も違ってくるだろうが、この温和で厳しい監督が率いるヤクルトは、今後もセ・リーグを面白くするはずだ。 

引用元:Yahoo!JAPANニュース
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中継ぎひと筋、木塚引退=気迫の投球、若手に継承―プロ野球・横浜

2010-10-05 07:27:56 | NEWS
 プロ野球横浜の木塚敦志投手(33)がユニホームを脱ぐことになった。中継ぎの「スペシャリスト」として11年。来季は2軍コーチに就任し、闘志あふれる投球を若手に受け継ぐ。
 埼玉・浦和学院高から明大へ進み、大学通算12勝6敗。2000年にドラフト2位で横浜入団、1年目から46試合に投げて7勝18セーブを挙げ、プロで生きる道を切り開いた。
 他人のスパイクで荒らされたマウンドが木塚の仕事場だった。プロ11年間で通算489試合の登板はすべて救援。先発は一度もなく、ほとんどが中継ぎだった。「しびれ上がる場面を何度も経験した。逃げることなく勝負をしてきたことに胸を張れる」と、誇らしげに話す。
 今季は開幕1軍メンバーには入ったものの、2試合目の阪神戦で城島にサヨナラ本塁打を浴びるなど、6試合に登板しただけで2軍降格。「2軍で成果を残して、もう一度、横浜スタジアムで投げたいと思っていた。必死にもがいたけれど、結果は得られなかった」と、気持ちは引退に傾いた。
 来季は2軍投手コーチ。「やりがいのある仕事。若い選手に刺激を受けながら、いい影響を与えていきたい」と意気込みを話す。マウンドで雄たけびを上げる姿はもう見られないが、低迷続きのチームで、生きのいい若手を育てる仕事が始まる。 

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五十嵐、試練の1年目=変化球決まらず苦戦―米大リーグ

2010-10-02 05:39:10 | NEWS
 プロ野球ヤクルトを退団し、米大リーグに挑戦したメッツ・五十嵐亮太投手(31)の1年目が終わろうとしている。救援として活躍が期待されたが、今季は32試合に登板し、0勝1敗、防御率7.45に終わり、「自分を見失っていた。思ったようにいかなかった」と苦しいシーズンを振り返った。
 抑え投手のロドリゲスにつなぐセットアッパー役として期待されながら、首脳陣の信頼を勝ち取る投球はできず、特に後半戦はリードされた場面での登板ばかり。同じメッツ1年目で、クラブハウスのロッカーが隣の高橋尚成が先発、救援にフル回転する一方で、力を発揮する機会は少なかった。
 日本球界でも大きな武器だった150キロを超える快速球は簡単には打たれなかったが、変化球の精度を欠いて投球の幅を狭めた。カウントを追い込みながらウイニングショットを決められなかったり、コーナーを狙い過ぎて四球を出したりの悪循環に陥った。「フォークが落ちなかった。自分の理想の形はあるが、できなかった」と言う。
 夏にはマイナーリーグで登板する試練も経験した。「カーブの精度を高め、フォークをコーナーに投げ分ける」と課題を明確にし、今オフは早めの調整を心掛ける。「この悔しさを忘れないようにしたい」と視線を来季に向けた。(記録は9月30日現在)。 

引用元:Yahoo!JAPANニュース
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