サッカー日誌 / 2007年05月22日


鈴木武士さんの思い出 (中)


ペレとの出会い

◆メキシコでのインタビュー
 1970年のメキシコ・ワールドカップのとき、鈴木武士さんといっしょに、ブラジルのペレにインタビューしたことがある。
 そのとき、ブラジルのチームは、グアダラハラ郊外のスイテス・カリベという別荘風の宿舎にキャンプしていた。そこの芝生の中庭にデッキチェアが、ばらばらに置いてあって、選手たちが腰掛けている。それを記者たちが、てんでに取り囲んで話を聞くというブラジル式の記者会見である。
 もともと、ブラジルからついてきている記者たちのための会見で通訳はいない。だからポルトガル語ができないと話にならないのだが、鈴木さんには共同通信のメキシコ通信員をしていた留学生が通訳としてついていた。それで、ブラジル人の記者の間にもぐりこんで質問することができたわけである。

◆プロとアマチュアの違い
「プロとアマチュアはどう違うのか?」と鈴木さんがペレに質問した。
「アマチュアは自分の好きなようにサッカーを楽しめばいい。プロは多くの人のためにプレーするから、自分の好きなようにはできない」。これが、ペレの答だった。
 当時、日本のスポーツは偏狭なアマチュアリズムできびしく統制されていた。「プロは金儲けが目的の汚いものであり、アマチュアは自分自身のために純粋にプレーするきれいなものだ」とスポーツ総元締の日本体育協会のお偉方は考えていた。これは「プロアマ共存」のサッカーのあり方とは正反対の考え方である。
 ぼくは、日本体協のアマチュアリズムに反対するキャンペーンを展開しようと考えていた。だから「プロは大衆のためにプレーする」というペレの発言は、格好の援護射撃になった。鈴木さんも、ぼくと同じ考えで、ペレの発言を引き出してくれたのである。

◆ペレ自叙伝の翻訳
 ペレがサッカーの指導書を書いたとき、ぼくが、その日本語版を『ペレのサッカー』というタイトルで出した。英語版から翻訳したのだが、もともとはポルトガル語の本である。その各国語版のそれぞれに、ペレにサインしてもらった。ぼくが寄付して、いま日本サッカーミュージアムにある。
 そのあとで鈴木武士さんが『サッカーわが人生 ―― ペレ自伝』を翻訳して出した。
 この2冊の出版の面倒を見てくれたのは、講談社の風呂中斉さんだった。広島の高校でゴールキーパーだったというサッカー好きだった。「ペレ自伝も牛木さんにお願いしようかと思ったけど忙しそうだったし……」とぼくに言い訳して鈴木さんに回したが、本音は鈴木さんのほうが文章もいいし、仕事も早いし、というところだっただろう。
 その風呂中さんも早くに亡くなった。優秀な人がさっさと「さよなら」するのは、サッカー界のために悲しむべきことである。

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