サッカー日誌 / 2010年05月01日


戦後の学制改革とスポーツ


森健児さんの中学、高校時代
第36回日本サッカー史研究会
4月19日 東京JFAハウス

★修道中、修道高で6年間
 「日本サッカー史研究会」の4月例会で、森健児さんに来ていただいた。森健児さんは、1980年代後半に日本サッカーリーグ総務主事を務め、日本リーグ活性化委員会を立ち上げた。それがJリーグ創設に結びついた。その後、Jリーグと日本サッカー協会の専務理事を務め2002年ワールドカップ日韓大会開催を支えた。というわけで、日本サッカーの転換期を担った方に当時の事情を伺おうと、お招きしたわけである。
 主なテーマは、企業スポーツからクラブ組織への転換、プロ化へ踏み切った背景などだった。もちろん、それはそれで、たいへん貴重なお話だったのだが、ぼくは別に、この日のテーマとは関係のないことに興味を持った。それは、森健児さんの若いころのサッカー経歴である。森さんは広島の修道中学、修道高校で6年間、サッカー選手として活躍している。

★敗戦直後の学制改革
 森健児さんが中学に入学したのは1950年(昭和25年)である。
 第2次世界大戦が終わって間もなく、日本が米軍の占領下にあった1948年(昭和23年)に、占領軍の指示で学制改革が行われた。それまでは小学校6年が義務教育で、その上に5年制の中学校があった。進学率は低く恵まれた者だけが中学へ進んだのだが、学制改革によって、小学校の上に3年制の新制中学校ができ、中学までの9年間が義務教育となった。それまでの旧制中学校は3年制の新制高校になった。いわゆる6:3:3制である。旧学制のとき、サッカーの名門校だった中学校、たとえば東京の都立五中、埼玉の県立浦和中などは、それぞれ新制3年間の都立小石川高、県立浦和高になった。
 森健児さんが中学に進学したのは学制改革後である。つまり新制中学、新制高校と、完全に6:3:3体制の中で育ったわけである。

★中高一貫教育の利点
 旧制中学は新制高校になったから、学制改革後の中学はまったく新たに作られたものである。そのために旧制中学のサッカー名門校の伝統は新制中学には受け継がれなかった。そのころの中学サッカーは空白期だったといっていい。
 森健児さんが中学に進学した1950年は、まさに「中学サッカーの空白期」だった。それでも、中学からサッカーを続けることができたのは、修道が歴史のある私立校だったからである。旧制の5年制修道中学は、そのまま、6年間の新制中学・高校になった。したがって、森さんは中学から高校までサッカーの伝統を受け継いで育つことができた。
 修道高は1953年(昭和28年)の高校選手権と国体で優勝している。このころは「新制中学の空白」がない私立や大学(高師)附属校などが有利だったのではないか? 「中高一貫教育」はスポーツをするために、いい条件になるのではないかと考えた。

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