復活!やまがたの四季と暮らし

東北地方を転勤し現在は仙台勤務の週末山形県人。
前タイトル名「山形弁で青森暮らし」から継続のブログです。

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三内丸山遺跡

2009年03月20日 20時23分18秒 | くらし
地元の方には今更何言ってんのと言われそうですが、

とにかく凄いです!

何が凄いといえば、入場・入館料が無料です。

しかも、縄文遺跡を展示してある遺跡展示室の受付では、

写真撮影自由と立て札まで置いてありました。

それだけでも十分凄いのに規模の大きさと展示品や保存施設の内容に

ただただ驚くばかりでした。

縄文人って現代人と比べても見劣りしない生活を送っていた様子を感じることができましたから。

山形にも縄文遺跡の展示館があったりしますが、当然ここと比べるほどの規模でなくても

しっかり入館料を取られますから。

野球場にならなくて良かった。



三内丸山遺跡正面入口
縄文時遊館という建物に入り、エントランスホールを通り抜けて園内に入っていきます。



五千年の時を越える時遊トンネルを抜けると、
縄文遺跡「三内丸山」への入口という設定。



三内丸山といえば、他所から来た人間にはやっぱり大型掘建柱建物(想定復元物)
園内に入ると最初に目に付くのは竪穴式住居ですが、足は自然とここに向かいました。





想定復元でしょうが柱が立派
もしかしたら当時はもっと太くて立派な建物だったかも?



隣には本物の大型掘建柱建物跡が保存展示しています。
その規模に感動、掘った穴の直径が2m、柱は1mだそうです。
穴の間隔がすべて4.2mで当時の長さの単位に一つの基準があったそうです。




側にある大型竪穴式住居(想定復元)の内部のようす
縄文時代の建造物とは思えない立派な造りと柱の太さ。



思わず手を添えたくなります。



小型の竪穴式住居と掘建柱建物





これも保存展示してあった南盛り土
生活の廃棄物や残土が1,000年間積み重ねられたもの。
大量の土器や土偶、ヒスイの玉が出土したそうです。



同じく北盛り土




三内丸山遺跡展示室の内部の様子
写真撮影自由です。





入って最初に目に付くヒスイの大珠
きれいな円形と開けられた孔に感心。



本物の土器が混じった地層を剥ぎ取って展示したありました。



土偶が面白い




ゴミ捨て場から発掘された、縄文人が食したと思う色んな動物や魚の骨



同じくクルミや木の実



様々な展示物です
他にも沢山の興味深い展示物があります。



縄文人って現代人のように結構おしゃれに気を使っていて、生活の豊かさとか余裕が
感じ取れる。



人骨、埋葬のための土器もあったりして埋葬の習慣があったようです。



正面入口のモニュメントにあった三内丸山を象徴する土偶
結構大きめで顔に表情を感じる土偶でした。


ゴミ捨て場も、終えるものと燃えないものを分別して廃棄していたそうですから、
縄文人ってけっして四千年も前の古代人って感覚ではないです。
なにせ1,500年間も続いた三内丸山の縄文集落ですから、現代人と変わらない
文化的な生活の様子を感じることができました。

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