南会津生活記

南会津での日々の〝ひとコマ〟をご紹介しています。
by s-k-y (presented by taito)

南山六義民の見た風景 喜四郎編その1

2011年01月25日 06時22分12秒 | いにしえへの思い
演出家平田大一氏による舞台「南山の息吹」で取り上げられている御蔵入騒動、そのサブタイトル「南山義民喜四郎伝」として名前が挙がっているのが小栗山村出身の喜四郎です。

現在でいうところの金山町大字小栗山。
ボクの住む南会津町田島から国道400号で昭和村を通り過ぎ金山町へ向かい、国道252号との交差点の2キロ程手前、谷深くには野尻川が流れています。

ここに立って見渡す限り、耕作地に適した平地は少なく、あるとしても谷沿いの斜面に段々畑がある程度かな?雪が多くてよく分かりませんが
南山御蔵入騒動記録研究会による「南山六義民の碑建設記録」誌(以下「記録誌」と呼びます)によると、ここから見える屋根の家が喜四郎の実家とされ、末裔が住んでいると記されています。
ここか~~~と想像以上の環境に絶句です。。。



集落内の広場には〝義民の碑〟が建てられています。石碑は大正9年、案内板は平成6年にそれぞれ建立されたようです。
義民と言って真っ先に上がる名前、喜四郎。なぜに喜四郎なのでしょうか?

御蔵入騒動の伝聞としてまとまったモノははっきりせず、記録誌によると明治二十年から大正六年にかけて行われた室井平蔵氏による調査と昭和三年に建立された石碑によりあらすじが垣間見えます。
その後、昭和三十八年に義民の一人である界村兵左衛門が書き残したとされる名主文書が発見され、これにより御蔵入騒動の全容が判明し、絵入りの昔話として物語が確立されたようです。
つまり、物語の構成の拠りどころとされているのは兵左衛門の名主文書であり、この中で喜四郎に関する記載が多くあることから物語の中心に据えて描かれることが多くなっていると思われます。



また、喜四郎は南山領内→江戸→南山領内→宿屋小川屋潜伏中に逮捕、と移動していることから活動的に描きやすく、また坂本竜馬の寺田屋事件を思わせる逮捕劇に様々なエピソードを盛り込み易かったのかもしれません。
義民6人の中で喜四郎は唯一、代官所のある田島で打ち首になっています。
領民の見ている前で死んでいった喜四郎に皆の思いが惹かれていったのは自然なことかもしれません。



ただ、冷静に見てみると…
六義民の内、黒谷村儀右衛門、布沢村茂左衛門の2人は江戸で直訴途中で投獄されているので別として、御蔵入領内で資金調達をしていた4人の内、喜四郎以外の界村兵左衛門、新遠路村久次右衛門、滝沢村喜左衛門は江戸へ送られ、そして5人は江戸で打ち首となっています。しかし、喜四郎だけは江戸へ送られることなく南会津町田島の代官所で打ち首となっています。
なぜ喜四郎だけが?喜四郎は特別だったのか…

その理由は…、おそらく名主層と領民という格の違いだったのでは?
直訴が江戸の奉行所で審議されている間、領内の主要な名主は呼び出され聞き取り調査を受けていました。つまり、名主は奉行所の取り調べ対象であり必然的に刑罰を下す対象であったのでしょう。一方、領民はその対象ではなく代官所の管轄であり、従って刑罰を下すのも領民に対しては代官所が行う必要があったのではなかったか。。。

結果として、喜四郎は地元で打ち首となり、そのお蔭で英雄でありかつ涙を誘う対象として長く愛されることとなったのでしょう。



記念碑の近くには小さなお宮様。喜四郎の実家とされる家のすぐ近くでもあります。



その裏には小さな公園。。。すべて雪で埋まってます




ブラブラしていると地元のじい様登場!「何撮ってんだ?」「義民?この上の方さ墓があっけど、埋まってる。今頃来てはダメだべ~、ハハハハハッ(笑)」
義民と尋ねて直ぐに反応が返ってくるあたり、やはり地元では有名なのですね!
今頃来てはって…、ごもっとも!もう少し早く来ようと思ってたんですけどね~



昔ながらの木製の電柱、凍て付きます。。。









●●●○○○  南山六義民の見た風景  ○○○●●●


プロローグ

喜四郎編(小栗山集落)
その1、 その2、 その3

久次右衛門編(新遠路(にとうじ)集落)
その1その2

喜左衛門編(滝沢集落)
その1、 その2

茂左衛門編(布沢集落)
その1、 その2

儀右衛門編(黒谷集落)
その1、 その2

兵左衛門編(界集落)
その1その2

エピローグ




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2 コメント

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喜四郎さん (夢子)
2011-01-25 23:24:35
 こんばんは。
喜四郎さんは、田島で打ち首になったのですか…
それにしても、すごい雪が降るのですね。
この墨絵のような冬景色を、喜四郎さんはどんな思いで見てきたのでしょうか。

義民と聞いてすぐ反応する地元では有名なお話なのですね。
冬の夜にピッタリ!!
夢子さんへ (s-k-y)
2011-01-27 06:34:40
小栗山のある金山町の雪の量はすごかったです
降り方も半端ではなく、ボサボサって感じで雪が落ちてきてました。

物語の全容は分からなくても、それぞれの集落でそれぞれの義民の話は語り継がれているようです。
〝語り継ぐ話〟を持っているというのは羨ましいですよね!

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