眠れる世界の日記

スーパーウルトラアトミックファイヤーサンダー不定期更新

昔話

2008-04-05 00:42:55 | Weblog
ソーサーに戻したカップの淵に、べったりと口紅が付いていた。貧相になった唇を一度噛んで、彼女は僕に背を向けた。手元が震えていた。両肩は下がって、曲がっていた。細い指は手持ち無沙汰に空のタバコを弄んでいた。声の掛けようが無かった。そんなこと出来るわけが無かった。

「あなたの言うことも分からなくはないの。本当よ」

すまなそうに鼻の頭を掻いて、彼女はそれっきり、僕を見るのを止めた。そして実験の結果を端末に打ち込み始めた。これでこの話は終わり、彼女の後ろ髪はそんなことでも言いたげに、タイプの度に慎ましく揺れた。

居た堪れない思いが、僕を実験室から立ち去らせた。そこにいることが僕にとっても彼女にとってもいけないことのように感じられていたのだ。レストルームで缶コーヒーを買って、三口分ほどの量を一気に流し込んだ。砂糖もミルクも入っていないコーヒーは苦くて、とても飲めたもんじゃなかった。けれども、舌を気にしている間は怒りが幾らか散漫しているように感じられて、僕は結局六口目でコーヒーを飲み干すことに成功したのだった。

それからしばらく、窓の外を眺めてみた。他国の空はどんなもんなんだろうかと、思いつきのノスタルジーに駆られたからであって、特に深い意味はなかった。強いて言うなら、己の身に降ってかかった不幸ってやつに浸ってみたかったのかもしれない。

空は不透明で、まるで判然としていなかった。青いといえば青いのだけど、安っぽい風船が萎んだみたいに、所々が層状に黒く落ち窪んでいた。空の下には腐葉土で黒ずんだ痩せた森林が見えて、後で聞いたところによると、植林地帯ということだった。

ハノーヴァーの市街はその腐葉土で覆われたように暗かった。深く広がる雲に地表まで射光が届かず、地平線に近づくにつれ、建物の輪郭がぼんやりとして出来の悪い加工写真を見ているみたいだった。窓を開けてみると、強めの風に前髪が揺れてむず痒かった。僕はそのまま暖房で火照った顔を外気で冷やして、――気分転換のつもりだったのだが、さっきのやり取りを思い出して、思わず盛大な溜息をついてしまった。気づけば、いつだってこうだな、と苦笑していた。僕は回りに誰もいなかったことに安堵しながら、もう一度窓の外を一望することにした。

相変わらず暗幕が下りた空は、街をじっとりした陰鬱な気配で覆っていた。眺望の良さは露ほどもなく、視界はただ漫然と暗い。無性に舌打ちしたくなるような、そんな忌々しさがある空だ。

ふと思ったことがある。この薄暗い空が本当にさっきの植林地帯のようなものだとしたら、その腐葉土の空には一体何が芽吹くのだろう?瑞々しい力強さに溢れた新緑だろうか?それとも、もっと別の他の何かだろうか?

もう一度見上げたところで、やはり空は空だった。先程より心なしか、雲が厚くなっているように感じる。遠巻きに枯葉を巻き上げていた風も、ずい分と冷たかった。
雨でも降るんだろうか?そんなことを思った時だった。

「良い見晴らしでしょう?ここ」

リツコさんだった。彼女はこちらの視線を追って空を見上げ、「雪雲ね」と言うと、僕に二本目の缶コーヒーを手渡し、それっきり黙ってしまった。彼女はコーヒーの変わりに、セーラムのピアニッシモを飲んでいた。僕は、あれは雪雲なのか、馬鹿なことをしたなぁ、と憂鬱に思いながら、二本目のコーヒーのキツい香りと慣れない煙草の臭いに思い切り顔をしかめることになった。


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(タイトル未定)  第一章 女は笑う







「出張だ。宜しく頼むよ」

僕を他国へ追いやるきっかけとなった言葉は、頼むというより無責任に言い放った印象を受けた。安寧にどっぷり腰を落ち着けていると、予想外の出来事には大抵慌てふためいてしまう。今思い返せば、当時の僕もそうに違いなかった。

突きつけられた書類には見慣れた国連のマークが大きく証印され、(国際活動を行う場合の決まり文句のようなものだ。一応、僕は国連職員という扱いらしい。)それだけで僕にとって「嫌」な部類の文書であることが分かった。もちろん呼び出された時からそんな気はしていたが。

「またパーティーの顔見せですか。それとも一週間近く監禁されるわりに、いつまでたっても実りのない実験ですか」

こんな言い方をしたのは、まったく気が乗らなかったせいだ。僕は外部に出向くのは元々好きではない。パーティともなると、訳の分からないお偉いさんには毎度頭を下げなければならないし、そうでなくともそれに近いことを要求される。実験と来れば、被験者に人権は無いような日程だし、僕としてはせめて文句の一つも言いたくなったのだ。

「今回の場合は後者だな。だが、安心したまえ。日程はたったの四日間だ」

司令はこちらの皮肉をかわすように早口で呟くと、僕の手から書類を奪い取った。そしてその書類に手早く印を押した。事務処理の完了だ。これでこの書類は正式な辞令となる。僕は心の中で舌打ちした。

「‘たった’四日間ですか。技術部も随分と良心的になりましたね」

「皮肉は聞かんよ。気持ちは分からんでもないがな」

「…で、今度はどこになるんです?また松代ですか?」

「書いてある」

司令はまだインクが滲む書類に軽く息を吹きかけて、もう一度こちらに書類をよこした。使われている言語は当然のように英語だ。僕はなけなしの知識を総動員しながら、少しずつ下に読み進み、(もちろん、どうでもいいような部分は無視した。無視しなかったところで、僕にそこまでの英語読解力はないが。)ちょうど中頃に差し掛かる辺りで、該当単語を見つけた。「in German」、思わず頭をひねった。

「Germanって…。もしかして、ドイツですか?」

「そうだが?」

「そうだが?って…。海外なんて聞いてませんよ!反則技じゃないですかぁ」

「反則も何もない。君にはまず、ハノーヴァーにある実験ラボに行ってもらう。そこでパーソナルパターンの解析及び、模擬体の機動実験を行う予定だそうだ。‘たった’四日間なんだろう?楽なもんじゃないか」

言い返そうにも何も言えなかった。元大学助教授の論理展開は伊達ではない。これがぐうの音も出ないってやつなんだろうかと、不覚にも感心してしまった。

「勘弁してくださいよ。わざわざ出向く必要なんかないじゃないですか。解析なら、こっちでやったものを向こうまで送ればいいわけですし…」

「向こうが正式な手続きを踏んで、君の渡独を公式に要請してきた。どこの支部にも面子というものがあるだろう?特別こちらが何かするわけでもないのに、無下には出来んよ。…まあ、早いうちに諦めることだ。それが一番疲れずに済む」

何を言っても駄目か――。心の中では初めから分かっていたことだけど、僕は改めてげんなりした。元々、外に出向くのは好きな方ではないし、当然実験だって好きなわけがない。それが今回は海外出張と来た。この時点で胃の痛みはいつもより三割増しだ。飛行機の中で足は浮腫むし、時差ぼけだって辛い。これが旅行好きの青葉さん辺りなら喜んで行ったんだろうが、少なくとも僕には苦痛でしかない。

「はぁ…」

辞令と空調のおかげで身も心も凍死寸前だ。これから行くことになるドイツはもっと寒いのかと思うと、やるせない思いだった。僕はもう一度息を吸い込んだ。そして、大げさに溜息をついた。司令への当てつけの気持ちが無かったといえば嘘になるだろう。

「溜息か。それは止めたほうがいいな」

僕の当てつけが届いたのかどうかは知る由がないが、司令は作業の手を休め、こちらを見てニヤリと笑った。拍子に額の皺がいっそう深くなった。年輪のいった切り株のような顔だ。若者を戒める老人はいつだってこんな顔をしている。

「どうしてです?」

「簡単だ。溜息ばかりしていると、私のようになってしまうからだよ」

彼は乱雑な机に手を突いて、自嘲気味に笑った。その拍子にペンが落ちたので、拾い上げてやると、それを見て彼はまた笑った。訳が分からなかった。

(駄目だこりゃ)

そう思って僕がやんわりと退室を告げると、司令は最後に「こういう具合にな」と、老人らしく机に穴が開きそうなくらいの深い溜息を吐いた。これはもしかすると、彼なりの嫌味だったのかもしれないと今は思う。









思い返せば、おかしい話だった。どうして、この時期にわざわざ出張をすることになったのか。司令の言ったように政治的配慮だと言えばそれで済んでしまうが、問題はその配慮の遠因だ。ハノーヴァーの空港へ降り立った僕を迎えに来た支部の職員(どこへ行っても偉そうな責任者クラスが来るので、僕としてはそれに慣れているつもりだったのだが…)を見て、計らずも僕は不意打ちをくらうことになってしまった。


待ち合わせは7番ゲートだった。アインス、ツヴァイ…、7番目の数字は何て言葉だったろうか?のん気にそんなことを考えていた時だ。

「こんにちは、シンジ君。…いえ、ミスター碇と呼んだほうがいいかしら?」

濃紺のスーツに身を包んだ女性がこちらに笑いかけた。背格好は凛として、鋭い目鼻が特に際立って見えた。厚めの唇にはパールの光沢が目立ち、控えめである彼女の格好をどことなく派手なものにしていた。淵の厚い眼鏡のせいで幾らか顔の印象が違っていたが、見覚えのある容姿に僕は内心飛び上がった。赤木リツコさんに見間違いようがなかった。スーツケースを落としてしまった。驚いたからだ。どこかの支部に移転したとは風の噂で耳にしていたが、まさかこんな所で会うとは夢にも思わなかった。思えるはずがなかったのだ。

『赤木リツコ』

2010年過ぎから本部に詰めている人間であれば、知らない者はいない。30歳の若さで技術部の全権を任され、E計画の中枢を担っていた。彼女は天才だった。誰もがその才能を羨むような人物だった。だが、彼女はある日を境に本部から忽然と姿を消した。栄転。出世。ほとんどの職員は今でもそう思っているが、実は違う。僕は知っている。彼女は左遷された。それもとびきりクレイジーな理由で。

一生忘れることが出来ないだろう。
瞳孔が見開いたままの『人形』が肉塊へと変わっていくあの様は――。



ロータリーまで進み、タクシーへ乗り込んでからも僕らはずっと無言だった。彼女と最後に会ったのは「あの時」以来、まともに会話をするのも「あの時」以来となる。僕の中で赤木リツコという女性は、今でもダミー複製機の前で延々と咽び泣いている。自分の最も浅ましい部分、それを14歳の子供に憚りなく見せ付けてしまった彼女は、一体どんな思いで僕と接しているのか?何かしらの葛藤はないのだろうか?そんなことばかり思ってしまう。施設に着くまでに何度か彼女を横目で窺ったが、車外の雑踏を悠然と眺める横顔からは結局何も分からなかった。



施設に着くと、挨拶もそこそこにすぐに中に招き入れられた。見学の付き添いはやはりリツコさんで、彼女は熱心に設備の規模や実験の説明をしてくれた。けれども、残念ながら内容は半分も頭に入らなかった。突如として現れた「赤木リツコ」という非現実性。僕はどこか浮ついた気持ちが取れないでいたのだ。

施設の見学を済ませ、この時はそのままリツコさんと別れた。リツコさんは別れ際に「またすぐ会うことになるけど」なんて言っていたが、僕は差し当たり会釈だけしておいた。どうせまた仕事で明日に会うことになる。そういう意味だろうと思った。帰り際に施設の車が使えないと言われたので、ホテルに向かうのにはタクシーを使った。車種はベンツだった。(驚いたけれど、この国のタクシーでは普通のことらしい)ラボを出ると外はもう真っ暗になっていて、どこもランプを灯したような明度しかなかったように思う。行き交う人々は皆、分厚い重ね着をしていて、鋭利な風が吹くたび、アメリカのコメディーみたいに全員で身を縮めていた。

中央駅からショッピングモールをつき抜けて進み、大きな教会が見える辺りがハノーヴァーの旧市街だ。この辺りに差し掛かった時、もう真っ暗になった空から小さく、けれども、はっきりとした雪の粒がもの凄いスピードで辺りを白く染め始めた。雪の粒は意外に大きかった。どれも飴玉くらいの大きさで、その一つ一つがサイドウインドウに当たるたびにポンと弾け飛んだ。

(積もるのかな)

熱帯の日本に育った僕に雪は珍しい。辺りが暗いおかげで、よほど目を凝らさないと降雪の様子が見られなかったので、運転手に苦笑されるのも構わずに僕は窓に張り付いた。タクシーの中からという、いささか色気に欠けるシチュエーションではあったけれど、曇ったガラス越しに見る雪はシンプルに綺麗だ。触れれば簡単に解けてしまう、それも人が認識する単位としては最低に近いのに、一度雪が集まれば、地域全体を容易に覆いつくす。美しいけれども、凍えるような気温の中でしか見れず、外気が暖かくなれば跡形もなく散ってしまう。
――虚しいもんだな。
僕の雪に対する印象はそんな平均的なものに落ち着いた。


その後も僕は過ぎていく景色をぼんやりと見ていた。車内はよく分からないラジオと適度な暖房の熱で充満し、クリーム色のタクシーは緩やかな傾斜をのんびりと走っていく。時間も10分を過ぎると、物珍しかった雪も単調な景色に変わり、車内の快適さも手伝って僕はすっかりまどろんでしまった。

(人前で眠るって、こっちじゃ失礼なことなのか?)

欠伸を噛み殺して、僕はドイツ人の運転手に眼をやった。見た目には老紳士。彼は首を軽く左右に振っていて、ステレオの音楽に夢中になっている様子だった。

(これなら寝ても…、いやいや、待て。人がどうだからって問題じゃないだろう。やっぱり、常識は守られてこそなんぼのものだし…、でも眠いなぁ…)

寝ようか、寝まいか。人に言ったら一笑に付されるような悩みを真剣に考えていた時だ。


真っ白になった視界に不意に割り込むものがあった。赤色の帯。それも眠気も覚めるような鮮やかな赤だ。気になって、また身体を窓に張り付かせてみると、その赤は歩道を沿うように線上に伸びていた。 その存在感は強烈だった。何しろ外は大雪の状態で、白のまだら模様の中に僅かに他の色彩が見通せる程度。線自体も雪に隠れてはいたものの、僅かに覗く線身からは、そこだけが何か別の世界であると思わせるような異質さを匂わせていた。

僕はその赤い線に興味を持って、運転手にあれは何かと聞いてみた。(正確には通訳が聞いたのだが)すると、あれは市内散策用の目印のようなものだという。何でも、これを辿るとハノーヴァーの観光名所を回れるようになっているとのことだった。

「なるほどねえ…」

あれだけ異質に見える線がただの市内散策の目印だと聞くと、正直、拍子抜けした思いがする。もちろん、何か特別なストーリーを期待していたわけでもないが、それでも面白みを望んでしまうのが人間というものだ。

「彼女でも誘って歩いてみたらどうです?」

僕が苦笑したのはいうまでもないだろう。




◇       ◇       ◇       ◇       ◇




赤い線に別れを告げると、間もなくホテルに着いた。ホテルは豪華というほどではなかったけれど、いかにも日本人が考える「ヨーロッパ」的なスタイルを持っている外観で、東洋人の僕にはそれが新鮮でもあり、また気押されてしまうような感慨もある。ホールに聳える真鍮の柱などはその代表。ボーイの愛想笑いにも何故か背筋が寒くなる。はっきり言えば、くつろぐとかそういう感覚はなかなか得がたい印象。僕は座敷でコタツに入るほうが好きだ。…実物を見たことはないけれど。


部屋に入るとそんな不満も消えてしまった。内装は打って変わって日本のビジネスホテルのようだったし、何より僕は肉体、精神の両面で疲れていて、余計なことを考えられるほど元気ではなかった。それに僕にはどうしても確認しておかなければならない事があったのだ。この出張での最大の重要事項、そういってもよかった。

逸る気持ちを抑え、まずシャワーで一日の疲れを洗い流した。それから手早く身支度をし、スーツケースの中から持ってきたノートパソコンを取り出して、立ち上げる。OSの起動画面がこんなにじれったいものだと感じたのは、後にも先にもこの時だけだった。

「さて、と…」

期待と不安が入り混じる中、僕はメールソフトを開いた。IDの確認に始まって、すぐに受信トレイが新規メールで埋まっていく。メールの九割はスパムメール。あまりの壮観さに頭痛がするが、そうも言っていられなかった。

「こんなことならフォルダを分けとけば良かったな…」

独り言を呟きながら、僕は送信者の欄を慎重に調べていた。だが、見渡せど見渡せど、目的のメールが発見出来ない。

(もしかして、こっちのメールにまだ気づいてないとか…?)

十分ありうる話だと思った。何せ、向こうに連絡を入れたのは昨日だ。僕としてももっと早く連絡を取ればよかったんだろうけれど、この出張は急に入ったものだったし、本部のプレゼンや何やらで時間が取れなかった。‘彼女’のことだ。仕事用ならともかく、プライベート用のメールを毎日チェックするなんて殊勝な心がけはないだろうし、あったとしても即返信なんてこともあまりしそうにない。最悪の場合、見てすらないかもしれない。これはさすがに勘弁して欲しいところだった。

「嫌な予感…って、おお?」

マイナス思考スパイラルにでも巻かれてやれと、投げやりになった時だった。変なものが視界に入った気がして、目を何度か擦った。それでもう一度ディスプレイを見てみた。

「…Asuka Sohryu、だよな」

間違いなかった。思わず、安堵の溜息が出たのを覚えている。これで最悪の事態はひとまずは回避されたことになる。自分の顔がにやけていくのが分かった。まだ、メールの中身を見てすらないのに、だ。いつの世も、男は女性の行動に一喜一憂するもの。それが気になる相手ならなおさらだ。嬉しくないわけがないのだ。

僕はにやつく顔を必死に抑えながら、メールを開いた。他人から見れば、きっとすこぶる不気味な光景だったんじゃないかと思う。



送信者: Asuka-L <Asuka@un-nerv.de>
受信日時: XXX, X XXX 202X 21:02:08 +0900
宛先: Shinji-Ikari
件名: Re:そっちに行くことになったよ

ハロー。
これを見てる頃には、もうホテルに着いてるのかしら?
私は今、家に帰ってきたわ。
頭の使いすぎで何だか全身がふらふらする。
足も浮腫んじゃったし、ここ最近のワーカホリックぶりはちょっと異常だわ。
まるで日本人になったみたいよ。

で、私の予定だけど、明後日がオフ。のんびりできるのはそれくらいね。
急な話だから、仕方ないわ。
来るなら来るで、もっと早く連絡しなさいよ。相変わらず馬鹿なんだから。

そっちの予定はどうなの?
私は有給が取れなかった代わりに、後の三日は定時に帰れることになったから、
あなたがよければ、夜にでもそっちまで行くわ。
もし会えたら、食事でもしましょう。美味しいお店知ってるの。

返事待ってます。
それじゃあ、おやすみ。




「日本人みたいって…、自分だってクォーターじゃないか」

僕はメールのつっけんどんな内容に苦笑しつつも、嬉しさを留めることが出来なかった。差出人、――惣流アスカは昔の同僚だ。特殊な言い方をすれば、戦友と言っても間違いじゃない。綺麗で明るくて、誰もが認める才媛だ。一時は仲違いしたこともあったけれど、今はこうして良好な友人関係を築くまでに至っている。(とはいっても、そのきっかけを作ってくれたのは彼女で、僕はほとんど何もしていないに等しい)

でも正直に言えば、僕はこの文面を見たとき少しガクッとしてしまった。彼女の都合が合うのは明後日だけ。先のリツコさんの説明だと、ちょうどこの日は大掛かりな実験をするらしく、その終了時刻は見当がつかないと聞いたばかりだ。

「会えるしても、ほんの数時間か」

僕は「つかないなぁ」と呟きながら、ベッドに倒れこんだ。ベッドは予想以上に硬く、スプリングが軋む、というよりは跳ね返るという表現が正しくなるくらいだ。女々しく意中の相手を思う僕を馬鹿にしてるみたいだった。僕はベッドにもお国柄が出るのか、なんてことを思い、融通の利かないドイツ人達のことを少し憎らしく感じたりもしていた。






大昔に没にした話を載せてみました。
92%くらい続きません。