磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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ヘレン・ケラー全集 〔1〕 私の生涯 其の1

2011年08月06日 | 読書日記など
『ヘレン・ケラー全集 〔1〕 私の生涯 其の1』
   ヘレン・ケラー(著)/岩橋武夫、他(訳)/三省堂1937年

現代表記に変更しました。
口絵で、タゴールとヘレン・ケラーの写真がありました。



病後……。下「」引用。

「病気の後の二三ケ月間の出来事については、私は思い出すことが出来ません。ただいつも母の膝の上に坐っていたことや、母が家事の用に立ち働く時、その着物に縋りついていたことだけが頭に残って居ます。」

自分の意志で身振り。下「」引用。

「私の手はあらゆる物に触れ、あらゆる運動を観察し、そうして沢山の事物を知ることを学びました。やがて私は自分の意志を他人に伝える必要を感じて来ましたので、簡単な身ぶりを用い始めました。首を振れば「ノー」で、頷けば「イエス」で、引っぱるのが「カム」で、押すのが「ゴー」でありました。-略-」

母の愛から……。下「」引用。

「それに母の方でも沢山のことを私に分からせるのに成功しましたので、母が何か以て来て貰いたいと思う時には、私はそれを察して、早速二階に駈け昇ったり、そのほか何処へでも、母の示す場所へ駈けて行きました。かうして長い夜の闇の中にある私にとって、明るいもの、善いものの総ては母の愛から出た知恵の賜物であるといわねばなりません。」

洗濯物の区別可能。下「」引用。

「私は自分の周囲に起りつつあることは、大概分ってきました。五歳の時には私は洗濯屋から洗った物を届けて来ると、それを畳んで片付けることを覚え、自分の物と他人のものとを区別することも出来ました。」

そして、サリヴァン先生の教育がはじまる……。

「初等読本」 下「」引用。

「こうしたわけで印刷した紙片から、印刷した書物へはただの一歩でありました。私は「初等読本」を手にとって、自分の知っている言葉をさがしましたが、さがし当てた時の悦びは、丁度隠れん坊をの遊戯と同じことでありました。こんな風にして、私は読むことを習い始めました。纏まった読み始めた時については後程語りませう。」

雑誌にのった「霧の王様」 下「」引用。

「アナグノス氏は「霧の王様」を大変喜んで、「パーキンス盲学校雑誌」に掲載して下さいました。これが私の幸福の絶頂であったのです。そしてやがて私はその絶頂から絶望のどん底へ突き落とされてしまいました。私がボストンに行くと間もなく、私の「霧の王様」によく似た「霧の仙女」という物語が、マーガレット・キャンビー女史の手で私の生まれる以前に出版され、それが「小鳥さんとお友達」という本の中にあることが発見されたのです。」

信じて下さったアナグノス氏。下「」引用。

「最初アナグノス氏は大変困られていましたが、私を信じて下さっているようで、私に対していつもより優しく親切でありました。束の間ではありましたが、そのために暗い雲が晴れたような気がして、私は彼に心配させないように、つとめて快活な風をし、間もなくめぐって来たワシントンの誕生記念祭のために、出来るだけよい子であらうと努めました。」

アナグノス氏をひどい先生のように書く人もいますが、本人の書いた方があっている場合が多いだろうなあー……。






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