VI.青の部屋(虹の世界) D080.タコクラゲ 「人間は、文化などというが、自滅しようとするのが、文化なら、そらあー、馬鹿げた話だよ」 「自滅する……」 「そのとおりじゃ、人間だけが自滅するなら、ご勝手にと思うが、他の動物まで巻き添えにすることはあるまい」 「何よ、人間は自滅なんてしないわ」 「そんなことはあるまい。まあ、そんな怖い顔をしていないで、クラゲでも見たまえ、実にきれいじゃないか。そして、文化がある。文化とは」 「何が、クラゲに文化よ」 「そう言うもんじゃない。怒りは素晴らしいことではないんじゃなー、アハー」 「そりゃ、そうでしょうね。でも、クラゲに文化なんてあるの」 「文化とは『人類の理想を実現して行く、精神の活動。技術を通して自然を人間の生活目的に役立てて行く過程で作られた、生活様式およびそれに関する表現』と辞書には載っておる。人類じゃなければならんというのなら、そらー、クラゲには文化はなかろうよ」 「そうでしょう」 「しかし、言葉は人間だけが使うから、そんなふうになってしまっただけのこと。話す芋虫が現れたんだから、それはくつがえるね。それが科学的な見方というものじゃないだろうかね」 「科学的?」 「そうそのとおり、差別などしないのが科学的な見方である。人類の理想を実現して行く、精神の活動が文化としたら、人間は戦争を望み、環境破壊を望んだというわけか?」 「まあー、皮肉家ね」 「そういわれると……」 「まあ、でも、人間って、何が理想かなんて、考える余裕もないような気がするわね」 「そうだろうとも……」 「毎日、忙しいものね」 「忙しいのは、かまわん。暇はつまらんよ。でも、クラゲも暇なわけじゃない」 「でも、戦争だって、敵から身を守るためには必要なことかもしれないわね。戦争も文化なのよ」 「そんことは文化とは呼ばない。人間の敵は人間か……。まあ、そのうち、自分自身も敵にならんように、気をつけた方がいい」 「本当に皮肉家ね」 近くにきたクラゲをユリカは触ろうとした。 「これこれ、クラゲは毒を持っているから、気をつけるんだよ。オーストリアに住むクラゲなんて、その毒で人が死んでしまうほどなんだよ」 カールは警告した。 「毒をもっているの」 「文化っていってもいいだろう。彼らは自分自身を敵にすることはないさ」 「そんなこと、誰もしないわよ」 ユリカはカールとの話が面白くないので、クラゲを見つめることにした。 「クラゲって、不思議な感じがするわね」 「そうだね。ああ、ふわふわしているのは、実はクラゲには心臓がないからなんだよ。いや、全体が心臓なんだよ。いってみれば、泳ぐ心臓なんだよ」 「心臓……」 「それに、神経はあるが、脳はないといわれている。だけど、神経どうしは結びついて、全体が脳なんだよ」 「いってみれば、泳ぐ脳なの?」 「そのとおりさ」 「本当なの?」 ユリカは驚いた。 「タコクラゲというクラゲもいるんだよ」 「タコクラゲ?」 「タコに似たクラゲなんだよ。だから、そんな名前がつけられたんだよ」 「そうか……、会いたいな……」 「南の海に行けば会えるかもしれんな……。タコクラゲは、体の中に、共生藻を飼っているんじゃ」 「共生藻?」 「藻だよ。植物じゃから、光合成をして、糖分をつくりだす。その糖分は、タコクラゲの栄養となるんじゃ、まったく便利にできたものじゃ、タコクラゲは日の当たるところで浮いているだけでいいんじゃ、毎日が夏休みということじゃ……」 「そうなの……。忍者よりすごいな……。でも、夏は終るから、すぐに秋休みがはじまるのよ」 「そうかー、おもしろいことをいうなあー。どうじゃ、人間ばかりがすごいんじゃない。地球の上で生きているものには、いろんな者がいるんじゃ……。アハー!」 下のほうからホオジロザメが泳いできた。
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