磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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内田百集成22 東京焼盡 ちくま文庫

2009年09月28日 | 読書日記など
『内田百集成22 東京焼盡 ちくま文庫』
   内田百・著/筑摩書房2004年

百間じゃないですね……。(*2009年9月28日現在、文字化けしています。)
--後でそのことは書きます……。



広島長崎の後。下「」引用。

「○広島長崎ノ件ノ後ハ又一機デモ空襲警報ガ鳴リ出シタ」

風呂に入れぬ。下「」引用。

「十二月二十七日水曜日。-略-小林博士の許(もと)にては従来いつも先ず裸になりて目方を量り血圧を調べて貰い、ヴィタミン剤の注射を受けるのを例としたが、目方はもうこの頃となりてはどうせ痩せるにきまって居るし、裸になるのが今の時候では寒くもあり、又滅多に風呂に這入(はい)れぬので身体が汚く洗濯を十分させられないから肌着(はだぎ)もよごれている。当分そっと包んだ壗(まま)にしておくに限ると思う故、目方を計るのは暫く省略しようと考えた。-略-」

「第十二章 銀座の爆弾攻撃」 下「」引用。

「一月二十七日土曜日十三夜。-略-今日の空襲が銀座の方面では大変だった事が段段わかる。山水楼は吹っ飛んで無くなったとの事なり。まだ編隊が頭上に合って、銀座から離れたこちらの五番町でも雲の裏の轟音が聞こえている最中に、いきなり空襲警報解除のサイレンが鳴り渡った。数奇屋橋の近くでは、そのサイレンを聞いて今まで防空壕に待避していた火とが出て来たところへ爆弾が落下したと云う話を聞いた。-略-」

中島飛行機にいた唐助が心配、4月7日土曜日二十四夜。下「」引用。

「-略-九時三十五分空襲警報となり、間もなく晴れ渡った西の空に、実に沢山の飛行機が一どきにかぶさる様になってやって来た。どかどかと云う百雷の如き地響きがして、頭の上には来ずに北の方へ遠ざかった。B29一つが銀色に光りながら落ちて行くのを見た。覚悟した程こわくはなかったが、ただ方角から考えて荻窪の中島飛行機へ行っている唐助の安否が気に掛かる。-略-」

「解説「酒」に執する百先生」半藤一利・著。下「」引用。

「-略-もうじかに手に触れることのできない戦時下の日本に、可能なかぎり近寄って実感しようと思えば、後知恵の加わっていない当時に書かれた日記がいちばんに頼れる。それが活字になっている日記がわが書棚には八十冊ちかくある。軍事関係を除けば、永井荷風、高見順、徳川夢声、山田風太郎、そしてこの内田百のそれが断然群を抜く。-略-」

作品としての日記。下「」引用。

「つまり百にとっては、この日記を綴ることが「作品に代える」作業であったのである。したがってここにはほかの小説・随筆などの基調である百独特の、時代や人間さらには自分自身にたいしても客観視し、万事においてのヘソ曲がり的不機嫌さを示す姿勢がほうぼうに書きこまれている。それが皮肉となり、滑稽味となり、トボケとなって、他の人の日記では思い当たらない面白さをいっぱい読者に味わわせてくれる。-略-」


内田百間は、戦後に百に。(*リンクしたところで、文字化けしていません。)







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