磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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広島・板門店・ハノイ バーチェット自伝

2008年01月31日 | 読書日記など
『広島・板門店・ハノイ バーチェット自伝』
   ウィルフレッド・バーチェット(著)/
     新庄哲男、石坂欣二(共訳)/河出書房新社1972年

一線のジャーナリストがかかれた自伝のようです。



表紙の裏に書かれてあります。下「」引用。

「-略-彼は旅行者が称賛してやまないアウトバーンが、実は機械化部隊を高速移動させる電撃作戦の一部であることを見抜き、新聞に投書した。」

数か月後、事実と立証。
その記事を書いたのはウィルフレッド・B・バーチェット。

中国の抗日戦の実状をつぶさに取材。

そして、戦後、いちはやく広島に飛んで、原爆の惨禍を全世界に伝える歴史的第一報を送る。
--国際記者として名声をえた。

朝鮮動乱で米国の細菌戦の実態をすっぱ抜く。
ヴェトナムでは解放戦線と密林の強行軍を共にしてた。


最初のころ、原爆で亡くなっていく人たちは、有毒ガスだと思っている人たちがいたようです。下「」引用。

「原爆病
「世界に対する警告として私はこれを書く」
 医療に従事する医師たちも次々倒る。
 有毒ガスの恐れ--みなガス・マスクをつける。」

しかし、日本人でも、物理学の第一線を知っている人たちは、放射能の影響と理解していたようです。

決死の取材という感じを受けます。下「」引用。

「「エクスプレス」紙のピーター・バーチェット記者は、連合軍報道班として最初の原爆都市入りをした。同記者は東京から四百マイル、ただ一人で、武器を持たず、七食分の携帯食糧と--日本では食糧の入手は困難である--一本の黒い洋傘とタイプライターとを以て旅行した。以下は同貴者記事である。」

ヒトラーという人物を、この記者は見抜いていたようです。下「」引用。

「私たちはシドニーに向かい、一九三九年七月初めに到着した。オーストラリアの新聞でも、ヒトラーは“平和の人”であるという恐るべき思い違いや、そのほかミュンヘン協定によって催眠術にかけられたような馬鹿らしさが発見されたのである。-略-ヒトラーは“平和の人”どころか、まさに戦争をはじめようとしているという私の確信について書いた。」

今も、平和のための戦争をいう人がいますね。

そのような人物には要注意だと思います。

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その違いは、くどいようですが何度も書かせていただきます。
「戦争は究極の差別」
--差別主義者が真の平和など求めているわけがない!

訳者のあとがきでは、ウィルフレッド・B・バーチェット(Wilfred G. Burchett)は“ノーモア・ヒロシマ”の作者でないそうです。
--本人がそう語っていたそうです。








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