ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




秀明閣アパート。中央区日本橋蛎殻町1-18。1985(昭和60)年10月10日

この建物はすでに「秀明閣アパート、堀善商会/蛎殻町1」に載せた。写真も旧記事のものとほとんど同じだ。今回は永井荷風がこのアパートを訪れたことがあるらしいと知っての再登場である。

川本三郎著『荷風と東京』は「『断腸亭日乗』私註」の副題がある。『断腸亭日乗』を読まなくても、その内容が解ったきになる便利な本だ。なんといっても索引が付いている。この本で「箱崎町」や「蛎殻町」の箇所を調べていたら、「日中戦争下の日々」という章に、「戦時下にあっても荷風は私娼に目を向けていた」という意味の文の後に「舗下かきがら町アパート秀明閣に野口老婆を訪ふ。……」が引用されていた。『断腸亭日乗』の昭和15年11月10日である。

この日、荷風は寒くて寝床で正午まで本を読んでいた。食後、「かきがら町アパート秀明閣」に野口老婆を訪ねる。私娼が二人いて赤飯を食べながら、紀元2600年の祭礼なので料理屋やカフェーでは朝から酒を売っているし、待合茶屋や連込旅館の臨検もないだろうと、一緒に商売に出かけてしまう。9時過ぎにアパートを出て電車に乗る。新大橋通りの蛎殻町か水天宮停留所から9番の渋谷行きに乗ったのだろう。歌舞伎座前(三原橋停留所)で偶然斎藤氏が乗ってきたのに出会い、一緒に芝口の金兵衛酒店に入る。そこにまた偶然杉野昌甫氏が来る。

秀明閣が出てくるのはこの日が最初ではないだろう。『日乗』を読んで調べる根気はないから、昭和15年1月から11月10日までをざっと眺めてみた。
9月23日に「燈刻蛎殻町に野口を訪ふ。」
10月31日(巻末のメモ)に「秀明閣 (六六)五二〇八」
が見つかった。電話番号と共に「日本橋区蛎殻町1の10」と住所が書かれていれば、写真の建物が『日乗』の秀明閣だと確定したのだが。
『日乗』を精読したり、荷風の研究本を調べればもっとなにか出てくるのかもしれないが、ぼくの調査はこれまで。




「goo地図>昭和38年航空写真」から。左写真の左上の広い道路が新大橋通り。右写真は秀明閣アパートを中心に拡大したもの。

旧記事と重複するが、ぼくの知っている秀明閣について書いておく。古い航空写真に写っているように秀明閣は2棟が中庭を挟んで建っていた。東側に2棟をつなぐ渡り廊下があった。玄関は建物南側の道路にあって、たぶん引き戸だったのだと思うがいつも開いていた。三和土で靴を脱いで廊下に上がるようになっていたのだろう。小さな日本旅館の玄関を思い浮かべてもらえばいいだろうか。中庭は日本庭園風に造ったもので、池もあった。昭和8年5月作成の火保図ではこのアパートはまだない。南北に長い長屋が2棟並んでいたようだ。
いつのまにか南棟が取り壊されて、昭和60年頃には駐車場になっていた。取り壊される前の玄関の写真は無理だったとしても、駐車場ごしに北棟の南面は撮れたはずなのに、悔まれる。

荷風が初めて秀明閣を訪れたとき(2012.02.02追記)
『断腸亭日乗』の昭和11~14年をボチボチと読み進めていたのだが、その最後のほうに秀明閣が出てきた。昭和14年12月22日の記述を引用する。
・・・昏暮土州橋病院に往き帰途叶家を訪ふ。叶家の紹介にてかきがら町日本橋区役所側のアパート秀明閣に至り野口といふ女を訪ふ。大正十三四年の頃麻布我善坊ケ谷の横町に生花教授の札を下げ私娼の取持を業とせしもの。久振の奇遇にて互に一驚せり。滑稽といふべし。(電話・・・ 部屋十一号室)
日本橋区役所のそばというから、写真の建物に間違いなさそうだ。叶家というのは同書に「水天宮裏の待合叶家」「かきがら町叶家」などとして出てくるが、「水天宮裏の鼎亭」というのも同じかもしれない。『荷風と東京』では「叶家は竃河岸(へっついがし)にあった小待合。・・・連れ込み宿に近いところだったようだ。・・・」と説明されている。
秀明閣の野口ばあさんを、麻布で商売していた頃に知っていたとは確かに笑ってしまうしかない。

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コメント
 
 
 
追記 (流一)
2012-02-02 13:51:56
「荷風が初めて秀明閣を訪れたとき」を追記しました。また、左の航空写真を差し替えました。
 
 
 
この写真^^ (くまです)
2017-01-22 14:36:27
この写真、すごい写真ですね~~
引っ越す前の家の位置と引っ越したとの家の位置
両方でてました^^
永久保存したいです
 
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