元高校教師のブログ

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真波連路が歌う「雨降りお月さん」

2013-11-26 06:09:17 | 異端日本史・民俗学

《北原白秋と「赤とんぼ」》

 わらべうたは民族学の宝庫である。
 60年安保闘争時、一触即発の、機動隊と睨み合う学生の輪から、つられて相手側からも、♪夕焼けこ焼けの♪ の歌が沸き起こり、流血の惨事が避けられた(という話を、吉本隆明*の本で読んだことがある)。「赤とんぼ」にはそのような力がある。『君が代』と替えたら、という意見さえある。{*吉本ばなな の父で、戦後日本の思想界のリーダー。}

  以下の白秋の話は、今は亡き矢切止夫から直接聞いた話だ。
 歌詞は三木露風作ということになっているが、この文部省唱歌に対して、江戸時代からの
原詞を示して白秋が抗議をした。ために権力から睨まれ、彼は弾圧されていく。

 そう言えば最近の歌集では肝心の歌詞を抜いてある。「十五で ねえやは惣嫁(ヨメ)にゆき、お里の便りも絶えはてた」が白秋の採詞したもの。
小学館の国語大辞典を見ると、「ねえや」は勿論、「さと」の意味がちやんと載っている。
当て字の「惣嫁」は、everybody's wife ということであろう。「十五」という年齢もうなずける。そうすると「追われて見たのは..」は、まさに逃亡奴隷の身の上であり、「赤とんぼ」は
自由の象徴ということになろう。

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 ※上記の文章は、現役時代に小岩高校のPTA機関紙に書いたもので、livedoor でホームページをやっていた頃、それに転載した。
 次に書く文章は、私にとっては、どういう訳か、この「赤とんぼ」に繋がる。

《真波連路が歌う「雨降りお月さん」》

  真波連路という人は不思議な人だ。そのブログや「鯰の急」を読んでから歌を聴くと、同一人物とは思えないほどのギャップだ。歌はYouTube で聴ける。低く温かい声だ。いずれも、幸薄き娘への、遠くからの、ひそかな応援歌かな?---これ一筋のようだ。「ラスト・ララバイ」もいい。もどかしくも優しく、しかも心の震えが伝わる。

「雨降りお月さん」野口雨情作詩・中山晋平作曲
   →雨降りお月~雲の蔭.wmv - YouTube

雨降りお月さん 雲の蔭(かげ)
お嫁にゆくときゃ 誰とゆく
一人で傘(からかさ) さしてゆく
(からかさ)ないときゃ 誰とゆく
シャラシャラ シャンシャン 鈴つけた
お馬にゆられて ぬれてゆく

いそがにゃお馬よ 夜が明けよう
手綱(たづな)の下から チョイと見たりゃ
お袖(そで)でお顔を かくしてる
お袖はぬれても 乾(ほ)しゃかわく
雨降りお月さん 雲の蔭(かげ)
お馬にゆられて ぬれてゆく

『赤とんぼ』の「ねえや」と、ここの「お嫁」の類似性--
 目出度い嫁入りなのに、何故、「一人で傘 さしてゆく」のか、----昔から引っかかっていた。普通は、大勢の親類縁者に囲まれる祝いの行列だろう。
 それが、たった一人で雨の中を、馬の背にゆられて「お袖でお顔を かくしてる」、つまり、涙を流しているのだ。----こんな嫁入りなんて、あろうはずがない
 この娘の先に待っているのは、何んなのか?幸薄き娘の将来を思うと、胸が締め付けられるではないか?---何とかしてやりたいのに、どうすることもできない。
---それが、白秋・雨情や真波連路の、薄幸の娘への遣る瀬無い想いなのであろう。


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