元高校教師のブログ

地元仲間とのウォーキング、ハイキング、サイクリング、旅行の写真入報告。エッセイや意見も。

塩原温泉から三春の滝桜へ

2019-04-20 14:27:30 | 旅行

日程;2019-4-14 松戸--[湯けむり号]--ホテルおおるり
         午後:湯っぽの里と文学碑巡り
   2019-4-15  ホテル---地蔵桜---三春滝桜
         ホテル帰着後:ホテル→塩原八幡宮・逆杉→源三窟→ホテル
   2019-4-16  午前:ホテルから妙雲寺往復
         昼頃:ホテル---[東北道]---松戸

今回の費用;松戸・塩原間バス 540円 (バス代)三春観光 2,160円 
      宿泊代;5,431円☓2日  

湯っぽの里と文学碑巡り--松戸からの(おおるり)湯けむり号は昼頃ホテルに到着し
 た。夕食までの時間を文学碑巡りに費やした。


やしお躑躅とミツマタ

 

 


道路を挟んで、妙雲寺入口の真向かいで。塩原を訪れた谷崎は年老いた芸妓を呼んだ
のだろう。八十路の媼→やそじの おうな

地蔵桜--生憎、ニ分咲きぐらいだった。


名のとおり、小さな地蔵堂があった。


地蔵桜の満開写真(パンフより)



上の2枚は地蔵桜の右手にある「はなもも回廊」で。桃はまだ蕾だった。

三春滝桜--大学のクラスメイトが三春に住んでいて、2004年に案内してもらった。
 その時と比べて、環境は様変わりで観光地と化していた。
 かなり離れた所に大駐車場があり、そこから滝桜まで舗装の道路が延びていて、
 両側には土産物店などの建物が並んでいた。その道路はバスから降りた人々でごっ
 た返していた。

 

塩原八幡宮--三春の次は鶴ケ城へ行くものと思っていたら、おおるりバスは三春から
 2時半頃、ホテルに戻ってきてしまった。夕食まで半端な時間ができてしまったの
 で塩原八幡宮と源三窟へ歩いて行った。


塩原は、清らかな湧き水が各所に見られる。

源三窟--「げんざんくつ」と読む。源は源氏の源、みなもと。
 源三位(ざんみ)頼政の孫・源有綱が身を隠していた洞窟。彼は義経の腹心で壇ノ浦
 の戦で大いに活躍したが、後に頼朝に追われる運命となり、この地で殺害された。


笹竜胆は源氏の紋章。義経ジンギスカン説があるが、笹竜胆を飾る博物館(?)がロシアにあるそうだ。この説は大正13年、小谷部全一郎成吉思汗ハ源義經也』を世に出したのがきっかけである。→義経=ジンギスカン説 - Wikipedia

 


笹竜胆(ささりんどう)に注目


今回の同行者

上の系図を見ると有綱は、頼朝や義経の従兄弟に当たるようだ。 


源三窟の近くで。 

妙雲寺--4月16日、松戸へ帰る湯けむり号は昼頃出発ということで、それまでの時間
 を妙雲寺及び裏庭の墓地で過ごした。


「しゃくなげの 坂をのぼりて 牡丹咲く 甘露の園に 君はやすらぐ」
あと10日もすれば、境内は石楠花牡丹の花で賑わうであろう。甘露とは、蜜のように甘く,飲むと不老不死になるという湧き水。当所の水の素晴らしさを讃えた。


 墓地は静かで平和な自然に富んでいて、裏山から猿・イノシシ・鹿・熊が下りてくるそうだ。それで、寺では供え物は必ず持ち帰るように訴えているとのこと。また、植物の新芽なども食べられてしまうので、菊の苗など植えられないという。
 
 実はこの日、この裏庭墓地に地元の庭師?が三名来ていた。落葉の清掃、樹木の根元に藁を敷いたり、その他諸々の仕事をしていて、我々に話しかけてくれた。
 上の写真で、右下の建物は藁などの物置とのことだが、つい最近、此処で熊が寝ていたと聞かされた。危ない、危ない。
 
 すでに塩原は限界集落であり、塩原の水が中国資本に狙われていることなど、この地が置かれている状況や歴史も語ってくれた。最近、水道の民営化などが新聞に出るが、とんでもない事。日本国民、断固として反対せねばならない。民営化と言えば、
国鉄や郵政。なるほど、水道もその延長上にあるのか。政府の企みなのか。民間では、日産自動車が禿鷹ゴーンに骨の髄までしゃぶられて、やっと気づいた次第。 

玄道桜。玄道→玄道 - Wikipedia

↓ ここからは下の寺境内での撮影


ここでも、やしおツツジ。

 

以下2枚は境内にある民俗資料館で撮影。


木挽の鋸。山で杉の大木などを切る道具。昔は左右両方に取っ手が付いていて、二人で切っていたこともあるのでは。→南部木挽き唄 - YouTube


昔は日本狼もいた。 

おおるりグループ;新聞広告と実際の違い--信用問題だ。

 これは3月の読売新聞に載った広告である。これを見て4月15日を中日に連泊を5名で申し込んだ。予約の際、くどいほど確認した。「15(月)は三春の滝桜と会津鶴ヶ城へ行くんですね?」と。電話口の係は「そうです」との返事。そして、12(金)に確認の電話が我が家に来た。「予約どおりの人数ですね?」その際、「桜バスも大丈夫です」とも言った。
 ところが、14日にホテルに到着し、フロントで住所・名前などを記入しようとして下を見たら4/15のコースは「合戦場・鶴ヶ城」となっているではないか。フロントでの手続きは我々が最後であった。バスから下りた他の客は、先に手続きをして部屋に行ってしまった。皆、このことに気づかなかったのであろうか?

 我々の申込みコースとは異なるので、抗議した。そしたら、「これで決まっています」とフロント係。「そんな馬鹿な」と我々は引き下がらない。気づくと、横に今日の客が一人来ていた。彼女も気づいたのだろう。
 それから押し問答が続く。下の「桜三昧ツアー」に化けている。それが「合戦場・鶴ヶ城」コースらしい。我々はフロントに着いて初めて知らされたのだ。

 「行き先を変えればいいだけの話でしょう」と詰め寄ったため、「調整してみるので部屋で待っててください」の言葉が出た。それで、ようやく部屋に入った。だが、いくら待っても連絡が来ない。我々は昼食も食べていない。
 しびれを切らしてフロントに行った。「キャンセルするので松戸に返して下さい」と言ったら、「いま調整中ですので--」。それに対して、「調整中とは?--」と訊くと「三春へ--」との返事なので、部屋に戻って仲間に告げ、外に出て食事処を探すことにした。 

 

夕食後に再度確認したら、我々の希望通りにしたとのことで一件落着(と思った)。
ところが、翌日のコース、確かに三春には行ったが、鶴ケ城へは行かず、三春からすすぐ戻って来てしまった---もう、抗議をする気力も無い。

先日、以下のような広告が、おおるりから、また出た。「ひめさゆりの里プラン」である。紅葉の頃には湯ノ湖畔・おおるり山荘に宿泊も予定していた。竜頭の滝から湯ノ湖まで戦場ヶ原を歩きたいからだ。
だが、「ひめさゆりの里プラン」を申し込んだのに、当日、行先を勝手に変更されかねない。数年前の10月に戦場ヶ原を歩いた。そのとき、竜頭の滝前で「湯けむり号」を停めるのは難しい言われた。道路が猛烈に混んでいるからだ。だが、現場に近づいたとき、強引に停めてもらい、大急ぎで下りたことがある。黙っていたら、おおるり山荘まで連れて行かれただろう。

今回のことで、おおるりグループへの信用は落ちた。上記2プランは断念する。しばらくは、おおるりと距離を置くことにした。


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