元高校教師のブログ

地元仲間とのウォーキング、ハイキング、サイクリング、旅行の写真入報告。エッセイや意見も。

勝海舟生誕地から葛飾北斎美術館へ

2018-06-09 17:10:28 | ウォーキング

実施日;2018-07-07
天気;曇り後晴れ。最高気温は26℃くらいだったようだ。
同行者;鎌ケ谷ハイク&ウォークの会、メンバー7名
カメラ;ニコンcoolpix (B500+S6600)

徒歩コースとタイム--
   両国駅(9:50)→芥川龍之介生誕地(10:00)→(10:10)両国小[芥川文学碑](10:20)→勝海舟生誕地(11:10)→吉良邸跡(11:35)→(11:45)回向院(12:15)→両国橋→(12:25)隅田川河畔テラス[休憩](13:00)→国技館→舟橋聖一生誕地[花の生涯]→
北斎通り→北斎美術館前→(13:50)ジョナサン[昼食](14:45)→(14:50)北斎美術館(17:10)→緑町公園→(17:20)野見宿禰(のみのすくね)神社(17:30)→北斎生誕地
→(17:45)両国駅

※以下の地図で、最下段のバーを右にスライドすると、隠れた部分が出てきます。
[両国駅周辺図]goo地図を基本に、ソフト「ペイント」で上書きして作成しました。

芥川龍之介-- 

伊藤左千夫一家は成東から出てきて、この地で牛乳販売業を営んだそうだ。芥川家もそうだとすると、明治中頃の当地は牧畜が盛んだったのだろうか。
芥川は旧府立3中(現両国高校)出身で、私の大学の恩師とは旧東大英文科で級友だったそうなので、他の作家以上に親しみが増す→あの頃の自分のこと--私の場合 - 元高校教師のブログ - Gooブログ


芥川龍之介『杜子春の一節』から


芥川文学碑の隣にある。以下の由来を読むと、歴史の生き証人だ。

勝海舟--幕臣でありながら明治政府にうまく取り入った、と福沢諭吉は徹底的に糾弾したそうだ。だが、賛否両論あれども、先を見る眼力に優れた真の政治家と言っていいだろう。上野の山に西郷さんの銅像、隅田川河畔に榎本武揚の銅像建設に努力したのも海舟だそうだ。徳川慶喜の行末も心配していたのは明らかだ。坂本竜馬が師と仰いだのもうなづける。


槍の名手・泥舟は徳川慶喜の身辺警護に徹し、義弟の鉄舟は(西郷と海舟に頼まれて)
明治天皇の教育係となった。だから、この「三舟」は明治革命の柱だったと言える。

 


この人は我が国における英語教育の大先輩だったのだ。知らなかった、申し訳ない。


吉良邸跡
--当時の敷地は広大で、回向院と隣り合わせだったという。
 


現・本所松坂町公園の北側にある。

この小さな公園は壁に囲まれている。その壁面に当時の絵師が描いた絵が飾られて
いて、下の3枚はその一部だ。


香蝶楼豊国絵--「松の廊下」の場か?

回向院--現在もかなりの敷地だ。本所深川の大空襲までは、国技館は回向院の中にあったのだ。その周りには、屋台や芝居小屋もあって賑わっていたのだろう。現在の「力塚」辺りが中心だったようだ。
鼠小僧の墓は冒頭の地図の裏門の所にある。裏門は鍵がかかっていて、そこからは入れない。正門の方に廻らねばならない。


文化12年、浮世絵美人画。鳥居清長は回向院に葬られている。
写楽・北斎・広重と並び六大浮世絵師の一人。堂々たる八頭身の美人画で、今日では
世界的に高く評価されている。


義賊などの墓石は角を欠いて持っていく者が後を絶たないので----

周囲には、犬猫や浄瑠璃関係者の墓石が並んでいる。

墨田川河畔テラスと浮世絵壁画--テラスは格好の休憩所で、お菓子を食べながら、
しばし、川面を行く舟や鉄橋上を行く電車を眺めていた。
なお、背後には以下のように、有名な浮世絵師による大作が描かれていた。 

 


永代橋付近か? 歌川広重


不二三十六景両国橋下 歌川広重(初代)


江戸百景 両国橋大川ばた 歌川広重


両国橋 歌川広重(2代)


歌川豊国


墨田川 小林清親


両国 歌川国郷

舟橋聖一邸跡--「花の生涯」は第一回NHK大河ドラマの原作。歌舞伎界と映画界のトップスターを集めた画期的作品。第二回は「忠臣蔵」。間接的だが両国は、奇しくもNHK大河ドラマ発祥の地となったわけだ。


徳川家康像--平成になって建てられた家康像。霊獣・贔屓(ひいき)の上に立ってます→神使の霊獣 - ホツマのひかり - Yahoo!ブログ

葛飾北斎美術館--部屋が暗くて、絵も説明文も良く見えない。おまけに撮影禁止ときたら、館を出たら何も頭に残ってない。(本物でないからと)常設館内のみ、フラッシュoff で許可されたがコンパクトカメラで小画面のスライドを写したのが下記の画像です。
これしか残っていません。画像がぼけている。
こんなことなら、年末に録画したNHK/BSで充分だ。北斎の娘・応為(おうい)が描いた
女郎屋や女たちの光と影。これに関しては父親の北斎よりも上だったと言われている。応為の名を記した作品は数点しかないようだが、NHK/BSでばっちり録画済み。

◎帰りに感想アンケート記入があったが、こちらのブログが回答です。

 ①観覧料→ホームペイジに400(300)円とあったが、あれは常設館のみの金額で、
       企画展を入れると1,000(700)円と言われた。
 ②建物内の移動が分かりずらい→料金を支払い、四階から順次に降りてこよう
  と、四階に行ったら順序が違う、階下に行ってからこちらに、と言われた。
  一階から始めるのかな、と思ったら、二階が無く三階のようだった。
  後で分かったのだが、企画展込みのチケットを購入すると、そういう順序になる
  らしい。
 ③三階の企画展室に入ったら驚いた。室内が暗いのだ。最初に書いたが、年寄り
  には、絵も良く見えず、説明文も見えない。せめて、説明文だけでもとコンパクト
  カメラを向けたら、手で塞がれた。
  四階の常設展示室も同様に暗い。後継者には貴重なお手本なのに、込み入った
  細い線描も小さな字も全く読めない。
 ④娘の応為の本物の作品をぜひ見たいと思ったが、期待外れ。
 ⑤企画展 HOKUSAI WATER WORLD「変幻自在 北斎のウォーターワールド」
      外国人受けを狙ったにしても、これは気に入らない。日本の宝なんだから、
  もっと日本語で勝負したい。「ウォーターワールド」なんて、ディズニーシー
  みたいだ。私なんか、ウォーターシュートを想像してしまう。
  『北斎から学ぼう--砕け散る大波、激流の飛沫--躍動する水の描き方』
 ⑥トイレが狭い。女性の団体が来たらお手上げか。 


TV画面でお馴染みのシーン。向こうに丸めて捨てた紙がありますね。これが引越しの原因。

野見宿禰神社--相撲神社→(2)大和・山之辺の道[後]---桧原神社から長岳寺へ
 当麻蹴速(たいまけはや)の塚→霧雨にけぶる二上山---五木寛之『風の王国』のコースを歩く

緑町公園--この公園の南端に北斎美術館が出来たのだが、公園自体はまだ残っていて
 子供の遊び場になっている。


これも、緑町公園で見かけた。 

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