元高校教師のブログ

地元仲間とのウォーキング、ハイキング、サイクリング、旅行の写真入報告。エッセイや意見も。

浦安の歴史を歩く

2018-11-03 15:25:54 | ウォーキング

実施日;2018-11-01
天気;快晴。気温は暑くなく寒くなく理想的であった。
同行者;鎌ケ谷ハイク&ウォークの会、メンバー4人
カメラ;ニコンCoolpix S6600

徒歩コースとタイム--*トイレ /約6キロ
東西線浦安駅*(8:40)→(8:45)浦安魚市場(9:00)→(9:20)善福寺(9:30)→(9:45)稲荷神社(10:10)→舟入緑道→(10:35)当代島水門跡(10:40)→(10:45)慈悲地蔵尊(10:50)→江戸川沿い遊歩道→船宿地帯→浦安橋→(11:30)境川西水門・リンド技師記念碑(11:35)→境川遊歩道→清滝神社(12:00)→フラワーロード→旧宇田川家→旧大塚家*(12:35)→東学寺(12:55)→(13:00)豊受神社→花蔵院→江川橋(13:25)→(13:45)浦安市役所*・食堂[昼食](14:20)→(14:25)浦安市郷土博物館*(15:40)→(16:05)京葉線・新浦安駅 


参考地図① 東西線・浦安駅~境川西水門--当代島水門跡にあった地図より


参考地図② 境川西水門~JR京葉線・新浦安駅--Google 地図に「ペイント」で上書きして作成しました。赤線は徒歩コース。

浦安魚市場--営業時間4:00~12:00
『親子クジラの大きな看板が目印の本格的市場。魚介類を中心に乾物や食料品など、50ほどの店舗が軒を連ねており、一般の方でもお求めになれます。』--「浦安ガイドマップ」より。
 早朝は活気に満ちているだろうが、我々が訪れた9時頃は、下の写真のように閑散としていた。

 

※次に善福寺に寄り、そこから市販の地図を頼りに稲荷神社を目がけて行ったのが
 失敗だった。神社周辺は複雑な住居地で、路地を行くと行き止まりが多く、目的地
 に着けない。おかげで時間をだいぶ無駄にした。舟圦緑道の大鳥居から入るのが正 
 解のようだ。

稲荷神社--『元禄2年(1689年)に創建された神社です。古くから疱瘡(ほうそう)に
   霊験があるといわれ、境内にある小石を持って帰るものが絶えなかったといわれ
   ています。
 境内には、市指定有形文化財の大鯨の碑のほか、富士塚などがあります。』
 --「浦安ガイドマップ」より。以下『 』の文は全て、同マップより抜粋です。
 境内も広く、格式の高そうな神社だ。この稲荷は元禄2年に小岩の善養寺から移
   されたそうです。


4年に一度、浦安三社祭があり、図のような派手な神輿が練り歩くようです。


境内に富士塚があり、富士講が盛んだったのでしょう。
富士塚の横に歌碑が刻まれていました。我がメンバーに、このような書を読める人が
いて、下記のように解読してくれました。
「三国の 光の元を たづぬれば 朝日に夕日 不二の極楽」--高梨謹書


明治時代にあった鯨の大捕り物事件が記されています。

舟圦緑道--『現在は遊歩道ですが、かつては船圦という川でした。その面影を残すた
  めに人工的な小川が造られ、今でも子供たちの遊び場となっています。』

当代島水門跡--かつては船圦川の水門であった。ここから旧江戸川沿いに快適な遊歩
  道が整備されている。

慈悲地蔵尊--(度重なる洪水などで)当地に漂流してきた人畜の骨を集めて供養した
  のが始まりということだ。

船宿地帯--浦安橋周辺には船宿が軒を並べている。川には大型の屋形船も係留され
  ていた。釣り客もいるだろうし、営業は夏ばかりではなさそうだ。土手の宿の方を
  見ると広い駐車場もある。

 


吉野家は山本周五郎の定宿だったのか。

※浦安橋を過ぎ、東西線の線路下を抜けると、境川西水門のある所だ。そこに大木が
 数本聳えていて、その下にオランダ人土木技師・リンド技師の記念碑があった。
 ここから、境川沿いの遊歩道に入る。少し進むと新橋で、この橋の上を宮前通りが
 横に延びていて、橋の右手が清滝神社だ。

清滝神社--写真省略。
 『海の神である大綿津見神が祀られています。市指定文化財の本殿には、龍、浦島
 太郎、竜宮城、千鳥などの精巧華麗な彫刻が施されています。このほか大正11年
 建造の富士塚などがあります。』
 また、境内には「リンド水準標石(堀江水準標石)」が設置されている。

フラワーロード--この神社の道路を挟んだ向こう側がフラワーロードのはじまりで、
  そこに入れば旧宇田川家も旧大塚家にも出会える。
『かつて「漁師の町」。当時から「フラワー通り」は近隣の人達に親しまれている
 商店会です。堺川と並行したフラワー通りは、当時浦安唯一の商店会で、通りには
 映画館、日常雑貨の店、飲食店などが並びにぎわっていました。今も400mほどの
 フラワー通りに、本市の文化財である旧宇田川家・大塚家や民家、個性的な品物を
 取り扱うギャラリー、昭和のはじめから営業している飲食店など、見どころや味ど
 ころもそろっています。』

旧宇田川家--『明治2年(1869年)に建てられた、建築年代がわかるものでは市内最古
 の民家です。1階の揚げ戸、かぎの手の土間、2階の出格子窓など、幕末から明治
 にかけての江戸近郊の町屋の形をよく伝えています。』


フラワーロードに面している宇田川家の外観。先隣りは風呂屋。左手裏側が境川。


宇田川家は名主の分家だそうだが、なにか衣装の商いでもしているのか。


隣には現役の風呂屋があった。

旧大塚家--『建築構造や様式の特徴などから、江戸時代末期に建てられたと推定さ
 れる魚家です。度重なる水害の際、上がって避難したり、家財道具をしまうなど
 するための小屋裏2階が作られているのが特徴です。』


半農半漁の生活だが、夜は藁仕事や網の修理などもしているのか。

境川--『境川は、浦安のまちを二分して流れる川で、かつての漁師町・浦安のシン
 ボル的存在です。川は長い間に、川幅が広げられたり、川岸が整備されて漁船の
 航行に支障がないように改修され、長く漁船のたまり場として、また海へ出る航
 路として重要な役割を果たしていました。川水は、かつては食器などを洗ったり、
 洗濯や防火用水などに利用されていました。』

現代の境川遊歩道--快適な遊歩道がずうっと長く整備されている。ある所では、
 魚が水面で跳ねたり、水鳥も遊んでいる。場所によっては、高くなっている道路
 側の側壁が綺麗なレンガになっていて、周囲に洋風の建物がある場所ではベニス
 の水路を思わせる。


1964年と言えば、東京オリンピックの年だ。

豊受神社--『保元2年(1157年)の創建といわれる、浦安で最も古い神社です。境内に
 は市指定天然記念物の大銀杏のほか、富士塚などがあります。』


歩いてきた稲荷神社・清滝神社にも、同様の富士塚があった。この豊受神社と合わせて浦安三社と言うのだろう。なお、太い幹が7(?)つに分かれている此処の大銀杏の
巨樹は見事。こんなの初めてだ。

浦安市役所--近代的な素晴らしい建築だ。文化会館といい、次の郷土博物館とい
 い、病院といい、このエリアには豪華な近代建築が集まっている。
 時間の都合で、我々は先に市役所に入り、そこの10階の食堂に入った。

浦安市郷土博物館--下記写真の他、当時の店など、いろいろな建物*があったが、いずれも本物を移築したとのことだ。*豆腐屋、魚屋、三軒長屋、天ぷら屋、たばこ
屋、船宿、漁師の家、海苔製造場、共同水道、共同便所

 上記は野外だが、隣のビルの1Fと2Fには、浦安の漁業を中心とした展示室がある。1Fにはカフェレストランもあります。


水路の打瀬船を背景に、本日のメンバー
(隠れて見えないが)水路の右手にベカ舟が2捜。希望者は乗船可。


民家


(大衆)風呂屋。今なお、浦安には風呂屋が多い


懐かしい映画館のポスター


夕暮れとともに漁から戻って来るベカ舟--館内にある写真集より

※当初計画では、博物館のあとは東京湾の海を見に行く予定であったが、博物館で
 大幅に時間をとってしまったので、そのまま新浦安駅へ向かった。

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