ユラーナ Ulana - A bridge between Japan and Overseas Countries

龍神由美のブログ。江戸の面影を残す川越に、先祖代々300年住んでいます。私の川越暮らしを綴ります。

おいてけぼりの私

2012年01月15日 | 川越
もうお正月も終わりというのに、川越の町は、人で賑わっています。コスプレの人や、訳のわからないキモノ姿の女性も多く見かけます。
どれほど訳がわからないかというと、まず、冬であるにも関わらず、洋服のコットン地で仕立てた浴衣まがいの着物に、兵児帯をしている、という勇敢な女性・・・

それで寒くありませんか?真冬ですけれども。それでは、羽織を羽織っても寒いでしょう。冬用のコートは?

などと心配する必要はありませんね。彼女は、自信満々でしたから。着付けしてもらって、カメラマンに写真を撮ってもらって、幸せそうでした。

でも、私は、ちょっと哀しい・・・ずっと、この川越に住んで来ました。しっとりとした良い町で、隣近所が仲良しで、知り合いがたくさんいて、顔を合わせれば、ご挨拶。そんな川越でしたのに、この10年ですっかりと町の顔が変わってしまいました。

古くから住む人間は、こんな川越に嫌気が差したのか、家に籠りきり。顔を合わせることもなくなってしまいました。

観光客を呼び込むことは大切なことでしょう。町に活気が生まれますし、お金を落としてくれます。

しかし、何かが違う・・・これで良いのか?川越人としての私の中には、疑問符がたくさんあります。

日本もヨーロッパもアメリカもダメ、という経済状態の中、破れかぶれの手に出たくなる気持ちはよくわかりますが、もう一度、基本に戻って考えませんか?何故、川越が注目を浴びるようになったのかを。東京が捨ててきてしまったものを残してきたからではありませんか?

京都・東山でも、同じような観光誘致が、地元のひんしゅくを買っていると聞いています。(私の母方の先祖は、京都・東山出身です)

着物姿の女性が美しく見えるとき、それは、お茶等のお稽古の賜物であると、私は思っています。歩き方、所作。それらは、一朝一夕には身につきません。

おいてけぼりを食った私。ウェイキペディアで、「おいてけぼり」を引くと、次のような説明があります。

置行堀(おいてけぼり、おいてきぼり)は、本所(東京都墨田区)を舞台とした本所七不思議と呼ばれる奇談・怪談の1つで、全エピソードの中でも落語などに多用されて有名になった。置き去りを意味する「置いてけぼり」の語源とされる。

概要 [編集]江戸時代の頃の本所付近は水路が多く、魚がよく釣れた。ある日仲の良い町人たちが錦糸町あたりの堀で釣り糸を垂れたところ、非常によく釣れた。夕暮れになり気を良くして帰ろうとすると、堀の中から「置いていけ」という恐ろしい声がしたので、恐怖に駆られて逃げ帰った。家に着いて恐る恐る魚籠を覗くと、あれほど釣れた魚が一匹も入っていなかった。

この噺には他にも

「現場に魚籠を捨てて逃げ帰り、暫くして仲間と一緒に現場に戻ったら魚籠の中は空だった」
「自分はすぐに魚籠を堀に投げて逃げたが、友人は魚籠を持ったまま逃げようとしたところ、水の中から手が伸びてきて友人を堀に引きずり込んで殺してしまった」
「釣り人以外にも、魚を持って堀を通りかかった人が魚を奪われた」
「声を無視していると金縛りに遭った」
などの派生した物語が存在する。

東京の堀切駅近くの地にもかつて置いてけ堀と呼ばれる池があり、ここで魚を釣った際には3匹逃がすと無事に帰ることができるが、魚を逃がさないと道に迷って帰れなくなったり、釣った魚をすべて取り返されたりするといい、千住七不思議の一つとされた。

また埼玉県の川越地方にも「置いてけ堀」という場所があり、やはり魚が多く釣れるにもかかわらず、帰ろうとすると「置いてけ、置いてけ」との声が魚を返すまで続いたという。


尚、川越地方の「置いてけ堀」がどの場所であったかは、私は把握しておりません。もし、ご存じの方がありましたら、お教えくださいませ。


ユラーナ
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