嶋津隆文オフィシャルブログ

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弥生の登呂と縄文の渥美半島をリンクする構想

2014年12月02日 | Weblog

静岡県HPより

先週の土曜日に、静岡の登呂遺跡を訪れました。教科書で知ってから60年経っての初めての訪問です。

いうまでもなく登呂遺跡は弥生時代後期に属し、1世紀ごろの集落と推定され、農耕を示す水田の発見で全国的に知られる遺跡。高床式倉庫、祭殿、水田跡が史跡公園として開放されています。

その折、一緒に行った同僚がこう呟きました。「弥生の登呂と縄文の渥美。この2つを日本列島の文明発祥の東海道ステージとして発信できないか」と。

晴天の霹靂です。確かにわが渥美半島は縄文文化の宝庫。考古学上も極めて貴重な半島となっています。例えば吉胡(よしご)貝塚。縄文時代の後期・晩期を中心とした日本を代表する貝塚遺跡のひとつ。これまでの発掘調査で341体もの縄文人骨が出土し、考古学・人類学の研究に大いに貢献してきました。

なるほど、この弥生、縄文の二つの文化をリンクさせようというのです。ふーむ。考えても見れば弥生の登呂と渥美は距離にして100㎞、車で2時間ちょっと。浜名湖を楽しみ、その後に伊良湖岬から伊勢神宮への旅も可能です。歴史軸はどんどん伸びます。

時空を超えて甲と乙を結ぶ。こうした広々とした発想には何ともわくわくとするものがあるようです。

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