嶋津隆文オフィシャルブログ

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教育長辞任は何故か、この2年の総括を問われて

2015年03月05日 | Weblog

【2月9日堀切小】

【3月2日議場】

市議会で教育長の職を3月で辞すことを表明しました。その理由と在職2年間の総括を市議会の代表質問で求められました。その答弁は以下です。

(問)「新教育委員会制度」がこの4月から始まる。これを機に残り6ヶ月を残して退任すると教育長は表明された。仕事をやり遂げての退任表明ではないように受け止めているが、教育長には教育長としての考えがあっての決断でしょう。そこで在任2年間の総括を伺う。

(答)私が任期を残して教育長の職を辞す理由を2つほど申し上げます。
ひとつは教育委員会の制度改革が行われ、この4月から新しい制度が始まることであります。他の自治体はいざ知らず、この改革は、首長と教育長との新たな関係構築を求める歴史的な改革と捉えており、そうであれば「新しい酒は新しい革袋に」との喩えに従うべきと私は考えました。

もうひとつはこの間進めてきた学校改革が一定の目途を得たということであります。岬3小学校の閉校式が行われ新設小への期待が語られました。田原市の27校の全体配置計画も提示いたしました。学校再編のレールは敷かれ、私の改革担当としての役割は果たしたものと考えます。また教育改革全体にわたる「緊急改革プラン」も昨年策定し、いま出せる改革の基本はその大半を方向づけたものと自負しております。

先般、商工会のある役員さんから、「教育長、嵐のように来て、嵐のように去っていくんだね」と言われました。それは何ともうれしい言葉でありました。一昨年来、学校統合に関し40回も50回も半島内を駆け巡って話合いの場を重ねてきました。そうした姿勢を評価いただいたものと率直に歓んでおります。

それにしても学校再編を進めるなかで実感したことは、子どもの減少は即ち地域の衰退であることが明確になってきたことです。いわばこの渥美半島には2つの国が生じているのです。人口が減る太平洋沿岸、そして渥美、野田といった地域と、人口が増えている田原の市街地周辺の地域の2つであります。この2つの国を真に1つの国として発展させていくこと、このことがこれからの田原の課題であろうと考えております。

…こう答弁した後、4月からは大学人として、渥美半島の歴史文化や観光資源の発掘と田原市の全国発信に尽力していきたい旨、申し上げました。

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