嶋津隆文オフィシャルブログ

嶋津隆文オフィシャルブログ

NIRAの下河辺淳理事長に久方ぶりにお会いする

2012年04月13日 | Weblog

写真:『時代の証言者』(読売新聞)
・・・このお二方には大変ご指導を受けた

昨日は港区の愛宕神社の近くにオフィス「青い海」を構える下河辺淳元NIRA理事長をお尋ねし、久方ぶりの下河辺節に酔いました。戦後の全ての国土計画を指導し、「MR全総」と称せられた御大です。大正12年生まれとはいえ、時空を超えエスプリのきいたあの下河辺節は、今回も変わることなく健在でした。

東京都庁から出向し、30代の3年間を研究員として過ごしたNIRA(総合研究開発機構)。そこの理事長として我々を啓発し続けてきた御大に、昨日は新NPOの顧問就任をお願いに伺ったのです。しかし話しは当然のようにNIRA時代の思い出から、沖縄の基地問題まで及び、約束の小一時間があっという間に過ぎてしまいました。

それにしても最近、NIRAという組織が、昭和15年に発足した「内閣総力戦研究所」(昭和20年解散)の機能を継承するものとして発足したことを知らされました。

内閣総力戦研究所は、各省庁の官僚や陸海軍、民間企業から選抜された総勢35人のメンバー(平均年齢33歳)によって構成され、総合的な国策の立案研究が目的でした。現に昭和16年には日米開戦をシュミレーションし、開戦の回避まで提言していたものです。

NIRAの研究員も殆ど同様の出身母体で構成されていました。そして「JAPAN AS NUMBER 1」として伸びていた日本の、坂の上の雲を見上げるような、そんな気迫の充満した研究集団でありました。

しかし今やNIRAは、先般の一連の行革に中で一財団法人化し、往年の活動を終えしまっています。それだけに帰途に愛宕山に桜を愛でに散策したものの、時代が移る物悲しさを強く味わわされたものでした。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする