寓話の部屋

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第031話 革命前夜

2021-07-31 18:54:53 | 召喚大統領が異世界を逝く!

労働組合運動が盛んになると、一方でワリを食う人々がいた。

まずもちろん雇用者側ではあるが、こちらはまだ利益を確保できている。
問題は、労働組合を組織できるほどの被雇用者の数がいない中小規模の事業所・企業の労働者や自営業の労働者には、まったく恩恵がなかったことであり、労働組合に入れる者とそうでない者の間の労働条件の格差が広がった。
労働組合も調子に乗って、噴飯物の待遇を要求する職場もあり、中には労働組合専従で業務自体に関わらない人間まで出るに至っては、その恩恵を受けられない者たちからは、憎々しげに
「ふん、平民がお貴族様気取りか!さしずめ”労働貴族”だなっ!」

と揶揄された。
その言葉を聞いた、チキン屋を営む知恵者が(チキン屋をやるものに知恵があるのかどうかはともかく)、天啓を受け、「チキン貴族」というチェーン店展開をして全商品2800ヲンという高級感を演出し、スマッシュヒットを得た。
更にそれを見て「チキン・パンパン(コーライの貴族階級を指す)」という類似店を出店して泥沼の法廷闘争に発展したが余談が過ぎるか。

労働者階級の分断という事態に危機感を覚える労働組合の一部の賢明な者は、労働組合を母体に政治活動団体を組織し、労働組合という枠では、すくい上げきれない庶民の不満を吸収するという方針を推し進めた。

パーク政権への不満を高めさせた背景には、とあるフェリー事故の処理に失敗したというものもあった。
事故自体は政権に発生の責任を帰すべきかどうかは正直微妙だったが、事故発生から7時間もの間の去就が不明瞭で、ヘアメイクに90分かけていただとか、エステに行っていたとか、巫女を呼んで祈禱していたとか、男と密会していただとか、様々な憶測が飛び交った。
かつてモトヒノでも大きな海難事故が起きたときに失言癖で有名な首相が急報を受けたゴルフ場でその場で指示を出していたというのを非難されたことがあったが、その方が、よほどまともな対応だっただろう。
こればっかりはムーンの存在とは無縁の自業自得である。
巫女といえば、この巫女の影響でヌルヌル体操なる怪しげな動きの運動を広げようと公費を投じたのは事実であり、しょっぱい・こすい汚職も色々としていたが、なぜか政治的な失策による大惨事までがこの巫女の影響だと邪推されたのは、完全に濡れ衣であったw。

パーク政権打倒運動の動きは、ツイステ合州国の長い手によって察知されていた。
通称カンパネラと呼ばれている対外諜報機関の工作員が活動し、反政府運動に資金援助を行った。
次の大統領になるべき人物達に接触し、誰がいちばんツイステの靴を綺麗に舐められる逸材かという品定めを始めた。

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とあるモトヒノの下町の工房

「父ちゃん、もう三日も寝てないんだろ!もうお休みよっ!死んじゃうわ!」

「てやんでぇっ!海の向こうじゃ、オレッチのローソクを待望している高貴な趣味人が今か今かと待ってるだぞ。なんとしてでも間に合わせなきゃ、この道50年の低温ローソク職人、エスエム・ハンテイ、4代目フォーラム屋の名がすたるってもんよ!」

「……。父ちゃん…。言いにくかったんだけど…。言うよ。なんでも今度の注文は、媚薬を配合したりだとか、凝った造形とかは、要らないって先方から連絡があったんだ。簡易な作りでいいから、コストも下げて欲しいって…。安い大量生産が必要なんだってさ…。」

「なん…だと…。」

「父ちゃんの採算無視の職人仕事では、うちの経営は火の車だったんだよ。そこにまとまった注文が入って…。しばらくはこの注文が続くって話だし、弟子達の給料だってこれで払えるようになるんだよ!」

「もう、おれの仕事は古いってえのかい…。そうかい…。わかった。残りの仕事は弟子共に任せる…。少し休ませて貰うぜ…。」

降って沸いたローソク需要であったが、後に新聞でコーライの事件の様子を目にし、ローソク職人の親父は想定外の用途に驚くことになった。
なお、この事件の後にコーライからローソクを使った「灯籠飛ばし」が輸入され、モトヒノで灯籠祭りが流行り、ローソクの安定した需要を生むことになった。

 

 


第030話 コーライを革命する力を!

2021-07-29 08:48:06 | 召喚大統領が異世界を逝く!

第三十話

アツイ夜の一件以来、コーライ社会では、反パーク・シネ政権の気運が高まる一方、従来なら、暴動などで発散される反政府活動が、むしろ鎮静化する傾向があった。
公安関係者は、不気味に感じていた。
一方、大企業の労働者を中心に、労働組合の結成が相次いでいた。どういうわけか(もちろんムーンの不作為な仕込みではある)、ちょうど労働の基本法が最低労働賃金の法案の際に整備され、この世界では先進的な労働者の権利保護を含んでいたので、労働組合を不法な結社として、取り締まるのが憚られた。
法律を作った者達には、労働組合ができるとどうなるかということまでは想像の埒外だったので、すんなり通してしまったことも幸いした。

ストライキ・ピケット・団体交渉などの組織化が進み、労働者の権利を勝ち取るという今までにない成功体験を平民が経験することになった。会社単位では個別撃破されるので、業種ごとのユニオンを組み、更なる上位組織まで組むに至っては、公安関係者もなにか危ないものを感じ、厳重監視対象に加えることになったが遵法闘争の形態を取っているうちは、なかなか手を出すには至れなかった。
労働組合を母体に、平民の間で広く政治活動にまで手を広げる素地ができあがっていった。

しかし、安易な行動は体制側につけ込まれて潰されるという(金曜日の酒場の賢者の)助言により、小規模な政治デモ・暴動などは抑制され、静かに力を貯めていった。組織力の涵養は、合法的な労働争議を通して行われた。
平民の不満というものは一揆のような頭の悪い暴動で発露されるという古い考え方しか持っていない体制側の公安関係者は、法律のギリギリを攻めるような狡猾やり口に変貌したことに対応できていなかった。

労働者達の雑談
「しかし、こんなに労働組合というのが強いとは思わなかった。」
「今までの苦労は何だったんだろうと思うくらいだ。」

「まるで労働組合のために出来たとしか思えない労働基本法がちょうど先だって成立していたのが大きいなあ。」
「あの最低賃金というやつは評判悪いらしいが、賃金交渉の権利が保障されたのは怪我の功名というヤツだろう。」

「”ねだるな。勝ち取れ。さすれば与えられん”か…」
「あ、俺もそれ聞いたことある、酒場の賢者の格言だよな。」

「”燃やせ、奪え、とか、取られたものは取り戻せ!”という過激なのもあったぜ。」
「燃やすって何だよw。その辺のものを燃やしたら放火の罪で捕まるいい名目ができてしまうだろう!」
「そういえばそうだな。なんでも、賢者様の説話では、ローソクというのを燃やしたらしいぜ。」
「ローソクって、あの特殊なプレイに使うヤツだろ?なんで?」
「さあ、よくわからんが、手を出したら、この火を街に放つぞって脅しなのかもな」
「取り締まろうとしても、一揆とかの夜襲で使われる、あからさまな松明とかじゃなくて、”高度に趣味的で文明的な照明器具です”って言い張れるところが良いんだろう」
「えげつねえなあw賢者の智恵ってヤツかw」
「さっそく、ローソクを揃えようぜ。しかし、ローソクなんてどこで手に入るんだろう…。」

この世界の灯りは、煤は出ずロウもたれない魔法道具が担っており、薪や焚き火は安い魔道具のひとつも買えない貧困者の象徴であった。
首都ウルソの繁華街には街灯も整備されており、夜に松明を持ってスラム以外の街を練り歩こうものなら不審者として取り締まられても文句は言えなかった。

ローソクは垂れるロウを使った極めて特殊なプレイにしか使われておらず、低温ローソクは比較的高価なものだった。魔導ランプの方がランニングコストを考えたらよほど安く、貧乏人がわざわざ購入するものでは無い。
そんな特殊な需要しかないローソクの突然の大量発注を受けたウルソの街の「大人のおもちゃ屋さん」は腰を抜かした。
その生産産業はコーライにはなく、「Hentaiの国」として名高いモトヒノに輸入を全て頼っていた。
趣味人に向けて贅をこらした高品質の低温ロウソク(造形に拘ったり、媚薬を練り込んだりと職人さんの工夫が光る)を製作していた数少ないモトヒノのローソク職人が、他国の労働者のために昼夜を問わないブラック労働でフル生産に勤しむことになった。

来るべきK(コーライ・革命・賢者・金曜日…あとなんだろう、なにかKのつく単語があった気がするが思い出せない…)-dayの為の準備が水面下で進められていた。


第029話 金曜ドウデショー

2021-07-28 09:40:12 | 召喚大統領が異世界を逝く!

第二十九話

ムーンがこの世界にやってきて、1年半が過ぎた。
王宮内に居室を与えられ、普段はマルペ君との凸凹コンビで、特殊技術研究本部との往復と時折、相談に来る官僚の相談への応対で過ごしていたが、次第に飽きてきた。
いつぞや街の繁華街に遊びに行ったのが大変楽しかったので、せめて週一花金くらいは、軽く飲みニケーションをするくらい、いいじゃないかという主張に、これまた一応貴族のマルペ君も今まで知らなかった庶民の気安い酒場が、ことのほかお気に入りになってしまい、二人は結託して、しばしば夜の街に繰り出すようになっていった。
ちなみに飲み食いの費用は王室の機密費から出ていたが、まあ、貴族がふつうに散財する奢侈に比べたら、週一の大衆酒場の支払いなど端金であったので、特に問題視されることもなかった。
付き合わされる下士官が気の毒ではあったが、最近ではだいぶ耐性と諦めがついてきた。

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「今週も行くニダか?」
と、クイッと酒杯を傾けるジェスチャーをするムーン。

「よいですね。お供します!」
「(はぁ…、またか)」
とマルペ君と下士官が応じて、今日も光学魔法管に照らされた繁華街に出陣した。

最初は、比較的、高級な店に入っていたのに、そこで知り合った吞み仲間から誘われて段々と、おつな大衆店にも出入りするようになった一行である。

「あ、"金曜先生"だ!」
「あああ、先生聞いてくださいよぅ…。」
「まてまて、まずは乾杯だろう!」

ムーンが店に入ると、顔なじみになった酔っ払い共が歓迎する。
毎週金曜に現れるムーンには”金曜先生”というあだ名が付けられてた。
聞き上手と言うよりは、自分の素性をあまり喧伝できないムーンは、一般市民が酒の席でこぼす愚痴や相談をひたすら聞きに回り、適度に相槌を打ちながら、時には、かつて、人権派弁護士として活躍した経験を生かし、なかなか穿った意見や適切な解決法を提示したりして、意外な人気を博していた。
なにしろ、司法制度自体はコーライにも存在はしたが、法とは貴族が平民を支配するためのものでしかなかった。庶民とは縁遠いものであり、庶民が法的問題に巻き込まれたときに、庶民側の立場でちょっとした法的アドバイスが受けられるというのは望外のことであったのだ。
もちろんムーンはコーライの公的な司法資格を持つものではなかった。しかし、その頭脳の中には、異世界の現代法学の知識が詰まっており、こればかりは怪しい軍事・科学知識とは一線を画す、本物の元弁護士の専門知識であった。
吞み仲間の紹介で、コーライの弁護士も宴会に参加し始めるようになった。
聞いたことも無い斬新な法理論や判例などの知識が酒の肴に開陳されると噂が噂を呼び、コーライ初の人権派弁護士派閥というのが形成され始めた。

政治談義も盛んになった。

「先生、それにしても最近のパーク政権は酷すぎます!」
「最低賃金法なる愚策は極めつけです。理念はわからないでもないですが、経済の実情を反映しない上意下達の給与水準の強要により、かえって失業率が高まりました。そしてそれを誤魔化すために更に無駄な公務員を増やし、税金が浪費されるのです!」
「経済が不景気極まっているのに、住宅価格はうなぎ登りです。もはや庶民にはマイホームなど夢また夢。それどころか家賃が高騰し、家計を圧迫しています。どの家庭でもただ生活するのにも借金を重ねて塗炭の苦しみをなめています。」

「酷い話ニダね…。なんだか聞いたことがあるような話ニダ。」
コーライで人気の「人狼」と呼ばれる高級焼酎でさんざん酔っ払ったムーンは、誰がそれを思いついたかはすっかり頭から抜けていた。

「なんでもパーク大統領には、怪しい占い師のような人物に入れ込んでおり、こうした苛政はそのうろんな占い師の入れ知恵だとか言う噂もあります!」

それを聞いたムーンは、ハッとした。
「それもどこかで聞いた話ニダ!国政を私した大統領などに存在価値は無いニダ!」
ダーーーンと突然血相を変えて酒杯を机に打ち付ける。

「といったところで、こうして酒場で愚痴をこぼすしかありませんけどね…。」
「またどっかの軍人様が大統領を○○してくれないかなあ」

目の据わったムーンが、言う。
「みんな、そんな他力本願なことで良いニダか?!」
「誰かがヤってくれる、ひょっとすると自然に好転するかもとか、甘い夢を見るのはいい加減にするニダ!」
「夢を見るなとは言わないニダ!しかし、夢を見るなら自分の夢を自分自身で実現させる努力をするニダ!」

「しかし、我が国コーライの民主主義は名ばかりで、平民の政治活動は非常に制限されています。公安警察の活動も盛んで怪しい動きをすればたちまち検挙され闇に葬られます。」
「今までも暴力装置たる軍人によるクーデターや、使嗾された側近による暗殺でしか、政権交代が成されたことはありません。平民にどうしろと?!」

「……。ある国で起きたことを話すニダ…。これは本当の話ニダ…。」

その夜はコーライの歴史を変えた夜であった。

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「いやー昨日はなんだか盛り上がって潰れるまで飲んでしまったニダね。二日酔いになるまで痛飲したのは若いとき以来ニダ。最後の方は記憶がないくらいニダよwww」

「なんだかすごい賑わいでしたよ。みんなに囲まれてとても楽しそうだったので、私は気になってた女給さんを口説いてて、よく聞いてませんでしたけどw」
マルペ君…。

ムーンを背負って帰城した下士官
「……。(おいおいアレ大丈夫なのか…。ていうか上に報告した方が良いのかな…てか、その上司がマルペ・ヨンジューン大尉なんだよなああ)」


Mと愉快な仲間達5 小ネタ集

2021-07-27 08:55:44 | 召喚大統領が異世界を逝く!

ここは、コーライ国統合司令本部直下の特殊技術研究本部”特技本ー横文字ではウルテクと呼ばれた-”の、爆発後の粉塵にむせる秘匿施設。

技術者A
「”観測気球”なるものの実用化の目途は立ちました。ちなみにヘリウム式・熱気球式の二方式で作ってみました。戦場の把握や着弾観測などにおおいに有効に活用できるでしょう。ただヘリウムという非可燃性の希少なガスの入手性に問題があり、大型飛行船のほうはまだですが…。」

技術者B
「今まで、天然ガスの採取など錬金術の研究者しか行っていませんでしたからねえ。天然ガスの採掘の商業化も考慮しないと…。しかし天然ガスなど他に使い道がないのが…。」

ミスターM
「ニカッ?!ウリの国では天然ガス運搬船をたくさん作って世界中から頼りにされていたニダよ?」

技術者C
「そんなにたくさんの天然ガスを何に使っていたのですか?」

ミスターM
「燃やすと暖かいからオンドルという床暖房に使ってたりしていたニダ。」

技術者C
「魔法のない世界は大変ですねえ…。下手すりゃ爆発するでしょうに。」

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技術者F
「ヘリコプターの推進方法ですが、アイディアが閃きました。エンジンとプロペラを四つ積んでカウンタートルクを相殺し、進みたい方向のプロペラの回転数を調節すると、前進するのです!!」

と、模型ヘリを宙に浮かばせて自慢げに有線コントローラで自由自在に飛ばせる光景を見たミスターMが

「ああ、これ知ってるニダ!ドローンというやつニダ!こういう玩具が売ってて孫に買ってあげたことがあるニダ。銀河スマホでワイヤレスコントロールできる優れモノだったニダよ!」

「お、オモチャですか…orz。しかし、時々出てくるその銀河スマホというのは本当に何でもできるんですね…。」

「あまりの高性能に嫉妬した外国の航空機会社が、兵器扱いして、機内持ち込みを制限したりもしたほどニダ。」

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技術者C
「プロペラ飛行機は、比較的安定して飛べるようになりました。しかし長い滑走路を整地して用意しないといけないのが難点ですね。」

「そういえば、ヘリコプターと飛行機のいいとこ取りしたメスプレイという機体もあったニダ。垂直離着陸と飛行機並みの速度・航続距離を誇っていたニダ。ウリナラの誇るドクトク級強襲揚陸艦に着艦したこともあったニダよ!(それ他所の国の機体だろ…)」

技術者C
「船で飛行機を運用するのですか!すごい発想ですね。しかしどうやって飛行機が着陸するのですか?」

「たしか飛ぶときはプロペラが横向きで、着陸するときは縦向きに変形したニダ。」

「なるほど!その発想はなかったです。スゴイ!船や不整地でも着陸できるなら、補給の手配さえすれば運用できそうな気がします。」
興奮した彼は、この後、ティルトローター機の開発に邁進することになるのだが、未だジュラルミンすらなく、炭素繊維もないこの世界で完成させるには極めて厳しいものがあった。
ムーンは、メスプレイは15t(トン)の機体だから、15tの鉄があればできるとか思っていたので、実に無責任な話である。


大洋戦線 ワイハ島の砂

2021-07-26 07:00:25 | 召喚大統領が異世界を逝く!

迫り来るツイステのワイハ奪還艦隊の迎撃に全力出撃したワイハ島の東側から、ツイステ合州国本土から増槽使用で直接進発した別動艦隊が襲来した。

先行生産された潜水艦がワイハ基地を監視し、艦隊がいなくなった場合には襲撃を試みる手筈なのであった。
その構成は、恨み骨髄の復仇を誓った戦艦「ミズウリ改」、重巡4隻、駆逐艦8隻、揚陸艦10隻という歪な編成ではあったが、敵艦隊の釣りだしに成功しなければ、ガム基地からの艦隊と合流するまでの話である。
モトヒノのワイハ駐留部隊も、まさかあれだけの大艦隊が囮であるというのは想像の埒外であり、残存する艦艇は駆逐艦2隻程度で、海戦は鎧袖一触であった。
モトヒノは、制海権を失った水際防御というのが成立し得ないというのを自分自身で証明したために、湾岸部での防衛線構築は監視塔程度しか整備していなかった。
揚陸艦10隻に満載された6個師団が、無傷で上陸した。
制海権掌握を前提にしたモトヒノの駐留陸軍兵力は増強1個師団でしかない。ワイハ制圧に活躍した皇国陸軍の精鋭も遊兵としておく余裕は無く、他の大陸や南方の激戦区に早々に転戦させられていた。
元々存在していたワイハのツイステ陸軍基地はいわば平城であり、平時の利便性はよくても抗堪性に欠けていると、モトヒノ皇国陸軍は湾岸要塞のあったタートルヘッド火山孔を中心に塹壕線、地下トンネル網、ペトンで固めに固めたトーチカなどを整備していた。湾岸砲は時代遅れとして、掩体に火砲を収納し、敵陸戦部隊が取り付いて、艦砲射撃ができなくなってから使用するといった合理的な近代陣地構築であった。
おおよそ5倍の戦力比に、ツイステ陸軍は、エリート戦闘ユニットと言える戦闘魔術師の比率を高めた特殊編成の圧倒的な質、そして、自家薬籠中のものとした火薬式砲兵部隊。
この大軍を相手に、在ワイハ陸軍部隊は、善戦したとは言えよう。
市街地での戦闘はほとんど起こらなかった。モトヒノには市街地での遅滞戦闘を行わせる兵員すら惜しかったのだ。
1年数ヶ月ぶりに見る友軍の姿に市民は感動し歓迎したが、タートルヘッド要塞に籠城したモトヒノ軍を落とさない限り、完全に勝利したとは言えない。

タートルヘッド要塞周辺に構築された塹壕線・トーチカの攻略は難渋を極めた。
従来の毎秒1発程度の従来の魔導式機関銃とはレベルの違う濃厚な弾幕の火薬式機関銃陣地、砲撃の直撃に耐えるペトントーチカ。
この世界初の火薬化兵器で武装した近代軍同士の陸戦はさながら異世界の二三〇高地かハンバーガーヒルかという様相の鉄火の舞う激戦になった。

従来であれば無双していた戦闘魔術師が防殻術式を纏い突撃すれば、機関銃の十字砲火で飽和攻撃され、名のある歴戦の勇士が次々に討ち取られる。
膠着状態にブチ切れ、イかれた中隊長が部隊に一斉突撃を命令すれば、多くの兵員が機関銃の餌食になり、ようやく塹壕までたどり着くと、こんどは白兵戦の鬼たるモトヒノ陸軍のモトヒノ刀の餌食となった。

近代戦には「銀の弾丸」はないと理解するのに、双方ともに多くの戦死者を出した。
入念な陣地構築で粘りに粘ったモトヒノ軍であったが、結局のところ、物量である。
次第に機関銃弾、迫撃砲弾、火砲弾薬の不足が目立ち始め、反撃に精彩を欠くようになる。
一方、ツイステ側は、侵攻部隊と同時に過剰とも思われるほどの大量の弾薬を揚陸させていたし、奪還後の再拠点化を念頭に継続的に補給艦が届く手配をしていた。
機関銃陣地が機能しなくなると、一気に防御線は脆くなり、塹壕への到達の障害がなくなった。
ジグザクに掘られた塹壕の見通しは悪く、ここでは小銃より、銃剣・ナイフ・スコップ・サーベル・刀が支配する戦場で、違う意味で凄惨な闘いになった。
塹壕には隠しトンネルで交通線が引かれており、これを活用したモトヒノの挟み撃ちや奇襲にはツイステ兵はおおいに悩まされた。この闘い以後には心を病む兵士が続出し、塹壕症候群と呼ばれた。
周囲の塹壕をようやくの思いで片付けると、これまた縦横無尽にトンネルが掘られたタートルヘッド要塞本体の攻略である。
まともに突入すれば、また大量の戦死者を出すことは想像に難くなかった。

そこで激戦に心を病んだ魔導将校が悪魔的発想を得た。
「トンネル内に有毒ガスを放り込めばいいんじゃね。あ、引火性のガスを充満させて火炎術式を放り込むのもサイコーだよね、フヒヒヒ…。」
科学的には相対的に遅れているこの世界でも塩素ガスや硫化水素の毒性は知られていた。
農業や木材加工での燻蒸処理もよくおこなわれていた。
屍山血河にヤられていた頭が”塹壕病”(医学的な病名ではない方)の将官達は、名誉もクソもないやりかたにゴーサインを出した。
ワイハの農家から大量の農薬を調達し、錬金魔術師がその知識を生かして塩素系有毒ガスを合成した。
酸素生成術式の有用性は広かったので酸素発生魔道具を使って副産物の水素ガスを作るのも難しくなかった。
焼夷弾に使われていた油脂系の焼夷剤も少しの改良で気化させて利用可能になった。
火砲の発達で、戦場の主役の座を奪われていた火系統魔術師が、ハッスル極まった。
突如スポットライトを浴び、友軍から「先生頼んます!」とお呼びの掛かった火系統魔術師は
「モッピーは消毒だぁーーー!!」と叫びながら嬉々として火炎術式を放つ様子は異様としか言い様がなかった。
化学兵器と火炎放射戦術で、トンネル陣地は、戦場と言うより、もはや害虫駆除の様相であった。
司令部が陥落寸前になり、司令官と幕僚が下級将校の少尉一人を残してハラキリで自決してワイハ奪還戦が終了するには三週間を要した。
ちなみに生き残ったたった一人の少尉は、全員の首を刎ねた後、「おいおい、そういえば、おれの介錯は誰がしてくれるんだよ!!」とか最後に気がついたときに突入され制圧されて死に損ねた。
ちなみに後のモトヒノ陸軍将校の自決には苦痛の少ない拳銃自殺が多かったので、そこまで古式ゆかしいハラキリにこだわらなくてもよかったのでは…と捕虜収容所でガックリしたが、結果的には終戦まで無事に生き抜けたので塞翁が馬ではある。彼は78歳まで生き、天寿を全うした。

一方、ワイハから出撃し、ミドウェーイで敗北し、ワイハの制海権も失われたことを知った、戦艦モトヒノ改を筆頭とした残存艦隊は、結局、モトヒノ方面に撤退をするしかなかった。
しかし、ワイハ-ミドウェーイ間を航行し、戦闘機動した彼らに本土までたどり着けるほどの残存魔力は存在せず、オウイ島基地で立ち往生することとなる。
オウイ島基地にも充魔能力にはわずかにあったが、艦隊全体に充分な補給を与えられるほどの供給能力は無かった。モトヒノ本土から、充魔槽を満載したタンカーの派遣を手配したが、到着までには二週間かかる。
ツイステ合州国海軍も黙って、これらを見逃すほど甘くはない。
本体艦隊は、殿(しんがり)艦隊との戦闘で損傷し、再戦力化にはしばしの整備が必要であったので、先行生産型のタンバ級潜水艦がワイハでの魔力補給を受けた上で、送り狼として派遣された。
オウイ島沖に停泊する残存艦隊に狼たちが襲いかかった。
この時点ではモトヒノにはまともな対潜兵器がなく、機動力の失われた艦艇はただの的でしかない。
モトヒノは、ようやく輪形陣という「肉壁」の必要性を理解し、精一杯、戦艦や重巡を守ろうとした。
多くの駆逐艦が盾として沈められたが、モトヒノにとって不幸中の幸いだったのは、タンバ級潜水艦が4隻しかいなかったことと、潜水艦搭載用魚雷が初期型の通商破壊想定の小型・威力のものであったことと、初期型の潜水艦船体故に搭載本数が少なかったことだろう。
それでも時間をおけば再出撃して来襲すると思われる追撃部隊にみすみすやられるわけにはいかぬと、戦艦「モトヒノ改」に全てのなけなしの魔力補充を行うと、本土に向けて先発させた。その途上で、ランデブーしたタンカーより魔力補充を受けて、本土に向けて最高速度で逃げ帰ることに、ようやく成功した。