遊煩悩林

住職のつぶやき

どっこい

2019年08月19日 | ブログ

今年で8回目になる「福島のこどもたちを三重へプロジェクト」。

多くのお支えによって今年も開催させていただきます。

東日本大震災の翌年から、東北の仲間の声を受けてはじまった「保養」のプロジェクト。

「よし!震災の年に生まれた子どもがハタチになるまでやろう」と。

「年々参加者は減っていくだろうけど頑張ろう」と。

どっこい。

今年は47名もの参加者が、夏休みを三重で過ごしていただきます。

いちおう募集定員30名ではじめたはずですが・・・、キャンセル待ちでも!という方もおいでになります。

数字で表現するのはどうかと思いますが、この募集状況が事の深刻さを物語っているのだと思います。

逆に私たちの「年々参加者は減っていくだろう」という観測は、私たち自身が事を風化させてしまっているのだと。

「オレたちを忘れるなよ!」とわざわざ伝えに来てくれる子どもたちと精一杯遊びたいと思います。

毎年のご支援ありがとうございます。

http://booses.net

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いつどこにいる

2019年08月01日 | ブログ

おぼん

地域によって7月盆・8月盆あるようです。

常照寺のご門徒におかれては7月中旬から8月の中旬にかけて「おぼん」期間といえます。

お盆はいつからいつまで?とよく聞かれますが、常照寺においてはこのヒトツキと言っております。

 

私たちのお仕事は「仏教を伝える」、お釈迦さまの“み教え” をお伝えするというお役割であろうかと思います。

もちろん「お経を読む」ことは、お釈迦さまの法をお伝えすることに他なりませんが、それを今、ここに生きる人々にお伝えするのに、私がいただいた教えを人にお話しするということが大事なお仕事だと。

ただ、この「期間中」は、時間的な制約上ただひたすらに漢文の「経」(厳密には「偈文」ですが)を読むことになり、せっかくの機会にも関わらずゆっくりとお話をする暇を設えられない。

ふとすると経を読む「作業」のようになってしまう。

じゃ、オッさん(住職のこと)どんなモチベーションでおまいりしとるの?

とは、さいわいに誰も聞いてはくれませんが、作業化しないために自問自答。

今年は

穢土に居て浄土を見出す方法が念仏なのです

yasuda rizin 238

この言葉を憶念しながら。

と、8月の掲示板に掲げました。

ずいぶん前にSNSにあがっていたことばです。

安田理深先生の言葉でしょうか。どなたかがrizinとなって仏の道理をネットに刻んでくれています。

この言葉に続いて

穢土に居て浄土を見出す方法が念仏なのです。どこに居てもです。何もだんたん進歩して社会になって念仏が出てくるのではない。それが封建制度であろうが資本主義であろうが原始共産制であろうが、そういうことにはおかまいなしにです。時代が進歩して来て念仏者が出るというものではない。時代が封建制度であろうがその封建制度において封建制度を超えていくのです。社会主義時代においても社会主義時代において社会主義を超えていく。別に社会主義をやめてといことではありません。社会主義をやめれば新しい社会主義になるだけです。

と、ここまで “238” として掲載されています。

「穢土に居て浄土を見出す方法が念仏」だと。

同時にそれは「なんまんだぶ」と発声する音によって、穢土を知らされるということでもありましょう。

「なんまんだぶ」は浄土の喚び声でしょう。それによって「いま」「ここ」という、私が生きている時と場所を教えられる。

「お前はいつどこに居るのか」という問いをいただきつつ「おぼん」に励みます。

http://jyosyoji.info

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体質構造

2019年07月01日 | ブログ

東本願寺の御影堂から参拝接待所をつなぐ廊下に、常時いくつかの法語額が掛けられている。

私の父親は本山にお参りするたびに、この廊下の法語をすべて写真におさめていたことを、幼なごころに記憶している。

いったいこの法語が、どんなタイミングで掛け替えられているのか、誰が選定しているのか、誰が書いているのか、今でもさっぱりですが。

 

 先日、あるご住職の「つぶやき」から、その辺の事情が少し知られてきました。

http://park20.wakwak.com/~insokuji/framepage/framepage-jyusyoku.html

東京の因速寺、武田住職の6月19日と27日の「つぶやき」に、経緯が記されています。

この一件だけでも私たちの教団の体質構造が垣間見られるところですが・・・。

 

とにかく。

結果的に本山の高廊下にこの言葉があげられないのであれば、伊勢の常照寺の掲示板に記させていただこう、と。

 

「悪人が救われる」のでなく

救われた人間の自覚が「悪人」だったのです

武田定光

 

と今月の掲示板に書き出しました。

 

浄土真宗の教義に「悪人正機」。

「歎異抄」に綴られた「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という親鸞さまの境地。

言ってみれば、善人が往生するんであれば、悪人が往生するのは言うまでもない、と。

一般的には、善行を積んで往生成仏すると考えるのが精神衛生上は健全なのかもしれない。

だから善人が往生すると私たちは信じて疑わない。他流はそれでいい。

阿弥陀如来の他力本願は悪人こそ救うという。

「悪人」は誰で、どんな人を悪人というのか。

 

武田住職の言葉を今月引用させていただいたのは、先月の掲示板の言葉

悪意の反省はしても

善意の反省はしない私

からの展開でもある。

5日の常照寺の同朋会で話し合いたいと思います。

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根を訪う

2019年06月25日 | ブログ

5年前、沖縄の佐喜眞美術館で丸木位里・俊 作の「沖縄戦の図」をみた。

昨年、群馬県の太田市足尾鉱毒展示資料室で同じく「足尾鉱毒の図」をみた。

そして数日前、丸木夫妻が描いた「大逆事件」のレプリカのパネルを和歌山県新宮市の「大逆事件資料室」でみた。

この「大逆事件」の図にも、足尾の田中正造の姿が描かれている。「念仏講」の表記とともに。

 

「念仏とは何なのか」、この問いを抱えながらの住職道である。

そんなことも知らずによく住職が務まるな、と自分でも思う。

念仏の道場たるお寺の住職である。

ただの商売道具にしてはいないかと自問する。

 

さて、6月22日に新宮市の浄泉寺にて、かつて大逆事件をでっち上げられて連座した高木顕明住職の事績を訪う「遠松忌」法要が営まれ、お参りさせていただく機会をいただきました。

浄泉寺さまをお訪ねしたのは3度目です。

その都度、大切な学びをいただくのだが、果たしてその学びが行動として実践できているのか。

「念仏を生きた」顕明のこの世の最期は、秋田監獄での「絶望」だったのかもしれない。

そう思うと「絶望」に立てない私の姿こそ、顕明を刑務所に送った張本人かもしれない。

「前を訪う」がテーマの遠松忌で、さらにその「根」を訪っていかなくてはならないことを聞いた。

 

顕明は、部落改善運動を進める虚心会で

「頭の中では排斥しておいて外面だけ体裁よく交際するというのはそれは少々偽善、まぁ偽善ですな」

と語ったともいう。

そして「戦争は極楽の分人の成す事では無い」という顕明の姿勢は、念仏を申す人の真の姿だったと学ぶ。

 

そういえば今月11日、伊勢朝熊の三法寺を訪ねるご縁をいただいた。

かつてそのお寺に住寺されていた植木徹誠は、

「戦争は集団殺人だ」

「宗教者は戦争に反対すべきものである」

と言い切った。

その根拠はやはり念仏に尽きる。

 

念仏は、非戦であり、平等である。

それが体裁であれば本当は「絶望」に値するはずであるのだが。

丸木夫妻の執筆の原動力ももしかしたら「絶望」ではなかったか。

親鸞も絶望を生きたという。

私の南無阿弥陀仏が問われ続けています。

 
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もうひとつ

2019年06月14日 | ブログ

「新宿の猫」

「水辺のブッダ」

妻がせっせと読書に励んでいます。

https://www.amazon.co.jp/本-ドリアン助川/s?rh=n%3A465392%2Cp_27%3Aドリアン助川

 

明日6月15日(土)午後2時から、松阪市の農業屋コミュニティ文化センターで、第38回の真宗公開講座が開催されます。

講師はドリアン助川さん。

司会進行は妻が・・・やります。

どうも雨のようですが、ご都合のつく方は当日券もあるようです。

かつてこの講座は、サブタイトルに「人間性を探る」とあったような気がします。

いつの間にかそのような副題は見えなくなりましたが、ドリアン氏の講題は「生きることのもう一つの意味」とあります。

もう一つ・・・

本当の意味を私たちは見失っていませんか、という問いかけを聞かせていただこうと思います。

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後半戦

2019年06月01日 | ブログ

2023年に迎える親鸞聖人御誕生850年に向けて、

南無阿弥陀仏

人と生まれたことの意味をたずねていこう

というテーマが発表されました。

http://www.higashihonganji.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/05/テーマの願い・趣旨1.pdf

これは50年前の御誕生800年のテーマ

生まれた意義と生きる喜びを見つけよう

をふまえたものでしょう。

おもえば、物心がついたころから京都(東本願寺)に行くと、外壁に大きく書かれたこのスローガンを目にしてきた。

その文字の羅列が自分に迫ってきたのは、中学生の頃、母親が死んでからのことだった。

生まれた意義とか生きる喜びとか、そんなことも意識することもなく過ごしていた私に、同朋会館の講堂に吊るされた布製のタペストリーに書かれたこの文字が問いかけてきたという感じだっただろうか。

生まれた意義って何なのか。生きることの喜びって何なのか。

やがてその問いは「じぶん」って何なのかという問題に転化されていった。

それがそもそも私がお坊さんという道を決断させた課題だったし、それは今でも教えを聞く動機になっている。

人と生まれたことの意味をたずねていこう

とのスローガン。

何もセンセーショナルなものは感じない。

ただ、あの頃と比べて違うのは「意味」を求めることの意味だ。

意味を求めすぎて「存在」の尊さを見失ってきたという反省がある。

うまく言えないが、「意味のない(意味を持っていない、意味を見出せない)」存在に価値が見出せなかった時間がある。

それは相模原の事件のごとく、そこ(存在)に意味を見出そうとしない「じぶん」、そこ(存在)に尊さを見出す教えを持っていなかったということに過ぎない。

最近、息子とカラオケに行くことがある。

「練習」と称して必ず歌っている歌詞に

ぼくが歩いてきた日々と道のりを

ほんとは"ジブン"っていうらしい

スガシカオ「Progress」

さて、

この世は自分を探しに来たところ

この世は自分を見に来たところ

とは、たびたび出てくる河井寛次郎さんの言葉だが、私のじぶん探しもおそらく後半戦にはさしかかっていることだろう。

いつまで探しとるの?

の声なき声も聞こえてきますが、いのちあるかぎり。

ただし都合の良い探し方はもう卒業しなければならないと思う。

悪意は反省しても 善意の反省はしない私

先月末、常照寺の永代経で荒山優さんのお話を聞いていて、春の彼岸会でお父さんの荒山信さんが

悪意の反省はできても善意の反省はできない

と言っておられたのを思い出したので今月の掲示板にしたためた。

ことの程度はとにかく、「悪いことしたな」の反省はできる。

「善いことをした」つもりでいることを反省することは難い。

他人事ではなく「私」を付して。

「じぶん探し」後半戦の課題は「善意の反省」である。

ただ、それができればじぶん探しも完結に向かうかもしれない。

いつまでもそれができない「私」を言い当てられ続けるしかない。

果たして「だれに」言い当てられるか、だ。

南無阿弥陀仏 

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なぜ教えを求めるのか

2019年05月26日 | ブログ

ブログ上の告知を失念しておりました。

本日です。

市内では、この炎天の下、お酒のイベントが開かれているようですが・・・。

伊勢志摩SAKEサミット

https://www.iseshima-kanko.jp/event/2549/

 

どうして我々は酒を求め、酔いを求めるのだろうか・・・。

どうして我々は教えを求めるのだろうか。

同列に考えるのは不謹慎かもしれませんが、延長線上の問題ではないか、と。

お時間のある方は、お寺に足を伸ばしてください。

ほろ酔い程度で・・・。

ご参詣をお待ちしております。

 

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転換期

2019年05月01日 | ブログ

どんな時代。どんな社会か。

平成最後の入学式で、東京大学の上野千鶴子名誉教授の祝辞によれば

がんばってもそれが公正に報われない社会」であると。

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

この社会の現状は、時代が変われば変わるのではない。

考えてみれば、いつだってそうだったのかもしれない。

そういった声は発しにくく、そして聞かないようにしてただけだ。

「ガンバレ!ガンバレ!」

「ガンバレば報われる」の号令の裏に「報われないのはガンバリが足りなかったからだ」という理屈を宿して、ガンバレども報われない、ガンバレない方々の多くの声がかき消されていたと言ったほうがいいかもしれない。

 

問題はそれを聞く耳だ。

 

「新時代」に、少し発想の転換を。

頑張っても報われない時代 頑張らなくても 恩に報いるお念仏

と掲示板に書いてみた。

並列して書くと違和感しかなかったが、こういった転換があってもいいのかなと。

頑張って報われようとした時代を超えて、誰の何に報いて生きるのかという提起、生き方の提案です。

 

南無阿弥陀仏

 

 

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忘れてならぬこと

2019年04月26日 | ブログ

平成最後の!

令和最初の!

なんとなく気分的に昂揚させられるものがある。

なんなのだろう。

「ニッポン」という場所、そして「ヘイセイ」から「レイワ」へと呼ばれる時間にたまたま生きているだけだ。

4月30日が終われば5月1日になることは、いつの間にか知っている。なんでそうなったかは知らずにボーっと生きている。

この昂揚感は、何かが変わるという期待感なのか。

期待感だとすればそれは何かマイナスからプラスへのイメージだろう。

ちょうどあのマック赤坂氏が区議会に当選したとも聞いた。

 

紙幣の顔ぶれも変わるという。

何かしら気分は変わる。

なんなのだろうか。

やはり変わっているのは気分だ。

実際は何も変わってはいないのではないか。

実は何も変わっていないどころではないかもしれない。

 

平成に聞いた昭和の言葉で忘れられないのは、映画監督の伊丹万作さんが1946年8月に発表した「戦争責任者の問題」だ。

さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。(略)

だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばっていいこととは、されていないのである。(略)

「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。

いや、現在でもすでに別のうそによってだまされ始めているにちがいないないのである。

「伊丹万作エッセイ集」抜粋

全部を記憶しているのではないが、忘れられない言葉です。

令和になったら振り込め詐欺が自粛されるなんてことはない。すでに便乗詐欺が横行している。

「だまされることも罪」とは厳しい指摘だが、そう言われると罪を重ねたくはない。

とはいっても騙されているといういう実感も乏しい。常に警戒し予防線を張っているつもりでいるからだろう。

だけど「騙されている」とまでは言わないが、何か違う違和感を感じなくもない。

なんなのだろう。

何か大事なことが置き去りにされたまま、気分だけが変わっていくような。

 

この間は、天皇陛下が近所におみえになられた。

陛下がみえられた神宮は、いま20年ごとに建て替えられることになっている。

これも刷新ということだと思う。維新とでも言ったほうがいいのか。

遷宮という維新の着想は、遷都にあるという説も聞いた。

かつては都を遷した。変わったのは気分だけではなかったはずだ。

都を遷し変える人も財も半端なかったはずだ。

 

さてニッポンにおいてはいざ時代が変わろうとしている。いやあえて、変えようとしていると言ってみる。

ただ神都といわれる場所に住み、念仏を聞く者としてどうなのか。

大事なことを置き去りにしたまま、気分だけが変わっていくのは、誰かの問題ではないのだ。

自己、この「私」の大問題なのである。

 

もうひとつ忘れられないことば。

私たちは戦後1日たりとも平和だった日はありません

沖縄の現地研修で地元の人が語ってくれた言の葉です。 

念仏の人にとって暦が変わることは大きなことではないかもしれませんが、それも法を聞く機縁でございましょう。

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あとからくる者のために

2019年04月05日 | ブログ

さて今年も福島の子どもたちを迎えるにあたってミーティング。

市や教育委員会などの後援申請、宿泊場所の手配など。

夏をイメージしてワクワクしてきた。

http://booses.net

昨年、プロジェクトのスタッフ研修で浪江町のお寺の坊守さまからお話を伺った。

その中で仙台教区が発行した震災情報誌「パリナーマ」の記事を紹介されたなかに、坂村真民さんの詩があった。

 

あとからくる者のために

田を耕し

種を用意しておくのだ

山を川を海を

きれいにしておくのだ

 

ああ

あとからくる者のために

苦労をし

我慢をし

みなそれぞれの力を傾けるのだ

 

あとからあとから続いてくる

あの可愛い者たちのために

未来を受け継ぐ者たちのために

みなそれぞれ自分でできる

なにかをしてゆくのだ

真民

 

自分のために、私だけのために、でなく、あとからくる者のために。

なんのために働くか。なんのために学ぶのか。

あとからくる者のために。

先人がそうであったように。

それが実は私一人のためであり、私が生きることの意味だったのだ。

 

明治、大正、昭和、平成、そして令和へと。

「元号」についての問題はとにかく、その表現は単に時を表しているだけではない。特定の国を意味している。

つまり時と場所を同時に表している表現だ。

そもそも私たちは生まれる時代も国も選ぶことはできない。

ただし幸いに生き方を選ぶことができる時代である。

いま、ここに生きる者として。

 

あとからくる者のために田を耕し種を用意しておくのだ

坂村真民

 

いろいろな憶いを込めて4月の掲示板にしたためた。

 

 
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